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マツダ「MX-30」に試乗して納得できたこと、できなかったこと

2020年12月08日 07:02  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
マツダがマイルドハイブリッド車(MHV)「MX-30」を発売した。電気自動車(EV)として登場すると思っていただけに拍子抜けしたが、試乗してみるとマツダ車らしくドライビングポジションは適切で、乗り味からも同社のこだわりが感じられた。ただ、やはり納得のいかないところはある。

○EVありきのクルマではないとのことだったが…

2019年秋の東京モーターショーでマツダは、同社初の電気自動車(EV)として「MX-30」を発表した。その「MX-30」が先ごろ、マイルドハイブリッド車(MHV)として発売となった。「EVじゃなかったの?」。周囲ではこんな声が聞かれたし、私自身も誤報ではないかと耳を疑ったのだが、マツダとしては先にMHVバージョンを投入し、EVは2021年に発売する予定であるらしい。

思い起こせば、東京モーターショーでMX-30を取材したとき、開発責任者からは「EVありきで商品企画をしたクルマではない」「新しい価値のクルマを創造することが使命だった」との話を聞いていた。

新しい価値の創造には、物ではなく人を見て商品を企画していかなければならない。そんな考えのもと、MX-30の企画では人の生活を研究し、そこから空間づくりをしていったのだという。米国カリフォルニア州のシリコンバレーで学生や若い世代を対象に実施したインタビューで、「いま考える未来は、明日には過去だ」と彼らが語ったことが忘れられないと開発責任者は振り返っていた。

車内で心を整えられる空間づくり。そんな構想がMX-30の根幹にある。あとから加わった「EVバージョンを作る」という開発条件は、このクルマにとって最適であったはずだ。なぜなら、EVの室内はエンジン車に比べはるかに静かだし、緻密に制御したモーターによる加減速はなめらかで、リチウムイオンバッテリーを床下に搭載することによって得られる低重心な安定性と重厚な乗り味は安心と安らぎをもたらしてくれるからだ。

とはいえ、先に世に出たMHVバージョンの出来栄えも気になるところなので、試乗してきた。
○マツダらしい作り込みが光るクルマではある

MX-30の運転席は、さすがはマツダといったところ。近年のマツダは「正しい運転姿勢」にこだわり続けてきたが、ペダル配置、形状、適切に体を支える十分な寸法を持つ座席などにより、運転席に座っただけで安心感が広がった。ダッシュボードの造形はごく普通に見えるが、上質に仕立てられた快さがある。

センターコンソールの造形は目新しい。シフト操作部分が1段高くなった作りで、その周囲にはコルクを用いた装飾が施されている。コルクは、マツダが東洋工業として100年前に創業した当時に扱っていた商品でもある。シフトレバーの操作方法も新しい。「P」(駐車)の位置からいったん左へレバーを動かし、そのあと前後方向へ移動させることによって「R」(後退)や「D」(前進)にシフトを入れる。

イグニッションを入れると、エンジンが始動する。MHVなのでモーター走行はできない。モーターの役割はエンジン出力の補助と減速時の回生だ。

走り出すと、マツダがこれも熱心に開発・進化を続けている手応えの確かな操縦安定性と引き締まった乗り心地の調和が、五感を通して体に染みわたる。いいクルマを運転しているという実感が嬉しい。静粛性にも優れていて、EVを想定して開発されたクルマであることを感じさせてくれる。

それでもやはり、エンジンで走っているのである。速度調整も、アクセルペダルだけのワンペダル操作で楽に行うことはできない。

MX-30はEVで発売になると思い込んでこの1年を過ごしてきたので、運転していても、普通のガソリンエンジン車を運転するのと変わらない操作に退屈してくる。加速はアクセル、減速はブレーキという代わり映えのしない操作をしなければならないことに、失望感があった。MX-30はいいクルマではあるものの、単なるエンジン車だという気持ちだ。

なおかつ、2.0Lのガソリンエンジンは、毎分2,000回転という日常的によく使う回転の少し手前で力不足の症状を示す。MHVなのだが、モーターがそこを補助している実感もない。この症状を開発者へ伝えたら、うなずいていた。自覚しているのだろう。これがもしモーター駆動なら、不足を覚えるような力の変化はなく、アクセルペダルの踏み込みに応じて期待通りの速度を手に入れることができるはずだ。しかもこのエンジンは、マツダが渾身の開発をし、世界初の量産に成功した「SKYACTIV-X」ではなく、普通のガソリンエンジンなのである。

観音開きの「フリースタイルドア」は、まず前側を開け、次に後ろ側を開けることで後席への乗降を容易にする。後席は十分な空間が確保され、頭上にも余裕があり、足元も窮屈ではなく、座席の大きさや形状もよく、快適に座っていられる。しかし、後輪近くに座るせいか、前席に比べ上下振動をより強く感じた。同じ座席でも、低重心で重厚な乗り味が提供されるはずのEVであれば、より落ち着きのある快適さがもたらされるかもしれない。

運転しているときも、同乗しているときも、折に触れ「これがEVであったら、どれだけよいだろうか」という思いが頭をよぎるのであった。
○EVが先に出ていれば…

欧州では2020年9月からMX-30のEVが販売されている。フル充電での走行距離を約200キロと割り切ったことに対する意見はさまざまなようだが、例えば英国では、クルマとしての評価が高いとも聞く。日本には2020年1月にもEVが導入になるとのこと。しかし、なぜ日本ではEVが後回しになったのだろうか。

マツダは今年、東洋工業の創業から数えて100周年を迎えた。その前年には、究極のガソリンエンジンといえる「SKYACTIV-X」搭載の「MAZDA3」を発売。そして今年、次の100年へ向け、マツダ初のEVであるMX-30が発売となっていれば、同社にとって大きな節目となっていたはずだ。たとえ欧州でEVを発売したとしても、本国日本にMHVしかないというのでは、何とも拍子抜けな話である。

日本には「集合住宅問題」という大きな課題があることは理解している。マンションなどの駐車場に充電設備を後付けで設置することは確かに困難で、EVやプラグインハイブリッド車(PHEV)の普通充電は、戸建て以外ではやりにくいという事情がある。この問題は、日産自動車がEVの「リーフ」を2010年に発売して以来、10年を経ても解決には至っていない。これがネックとなり、自動車メーカーがEVやPHEVを日本に導入することを躊躇していることも間違いないだろう。

しかし、それでも、本国日本のモーターショーでEVとして発表したMX-30を、まずはMHVで発売するというのは順序が逆ではないか。先にEVとして登場させるか、あるいはMHVとの同時発表とし、マツダのEVを心待ちにしていた消費者に次世代の姿を見せておくべきだった。EVを導入する一方で、集合住宅問題や車両価格などからEVは難しいという人にMHVという選択肢を示すことが、思いやりのあるやり方だったと思う。

これほどすばらしくて新しいクルマを世に出しているのに、経営判断には疑問が残った。MHVから導入した背景には、足元の販売台数への配慮があったのではないか。しかし消費者は、クルマ社会の未来に期待しているのである。

御堀直嗣 みほりなおつぐ 1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。 この著者の記事一覧はこちら(御堀直嗣)