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人事の流行「ジョブ型雇用」の誤解 成果主義や解雇と直結? 佐藤博樹・中央大学ビジネススクール教授に聞く

2020年12月06日 10:01  弁護士ドットコム

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富士通やKDDI、日立製作所、三井住友海上火災保険など大手企業が相次いで「ジョブ型」人事制度の導入を発表している。社員の職務や勤務地を限定せず、さらにフルタイム勤務で残業を前提とする「メンバーシップ型」の雇用システムに対し、職務や職場をあらかじめ契約で決めているのが「ジョブ型」雇用の特徴だ。


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ただ「ジョブ型」雇用については「成果がより厳しく問われる」「長時間労働が解消される」「女性の活躍の場が拡大する」あるいは「解雇しやすくなる」などの言説が飛び交い、何が正しいのか分からなくなることも…。



中央大学ビジネススクールの佐藤博樹教授に、改めて「ジョブ型」雇用の定義や、従来の「メンバーシップ型」雇用による人事処遇制度との違いを整理してもらった。(ライター・有馬知子)



●「メンバーシップ型雇用」に課題があるが、「ジョブ型」雇用が「万能薬」ではない

――改めて「ジョブ型」雇用の定義を教えてください。



雇用システムの類型として「ジョブ型」と「メンバーシップ型」という概念を提起したのは、労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口桂一郎所長です。



それに対して私は「限定雇用」と「無限定雇用」という概念を使っています。「無限定雇用」は「メンバーシップ型」とほぼ同義ですが、「限定雇用」には、勤務地限定(配属先の職場限定)や職務限定、さらに労働時間限定などいずれかが限定されているものが含まれ、「ジョブ型」雇用は、職種と職場の両者が限定されています。この点が重要です。



「ジョブ型」雇用では、担当する職種や配属先の異動には、本人の希望、または同意が必要です。また、採用は、職務に欠員が生じた時、当該職務に必要な能力を備えた経験者を補充するのが一般的で、賃金も職務によって決まります。



――日本企業の主流である「メンバーシップ型」との違いは何でしょうか。



「メンバーシップ型」雇用の特徴は、配置や異動に関する人事権を会社が握っていることです。日本の大企業は多くの場合、訓練可能性が高い新卒者を採用し、さまざまな仕事を経験させながら社内で育成します。配置の柔軟性を確保するため、賃金は、担当する職務ではなく、保有している能力、つまり「職務遂行能力」による「職能給」になります。



――日本企業の雇用システムは、課題も大きいとの指摘があります。



その通りです。「メンバーシップ型」雇用は、男女役割分業の下、長時間労働や転勤を受け入れることができる男性社員を前提にしていました。共働き世帯が増え、男女ともに子育てや介護を担うようになった今、雇用システムを見直す必要があるのは明らかです。



ただし「ジョブ型」は、こうした課題をすべて解決する万能薬ではありません。「成果主義」と「ジョブ型」雇用を同一視している企業も見られます。理念型としての「ジョブ型」雇用では、賃金は担当する職務で決まるいわゆる職務給で、成果で決まる訳ではないのです。「ジョブ型」雇用の流行から、社長の「鶴の一声」で、ジョブ型まがいの制度を導入した、という企業すらあります。



日本企業のうたう「ジョブ型」はほとんどの場合、社員が担当する職務の範囲を明確にしただけで、そこに誰を配属するか、という人事権は企業が握っています。これではジョブ型雇用には該当しません。欧米企業の「ジョブ型」雇用では、職務や勤務地を選択するのは社員です。





●ジョブ型と成果主義は別の概念 理念と実態に差も

――「ジョブ型」雇用では社員が「業務する職務の範囲が決められ」「成果が厳しく問われる」のですか。



大卒などのホワイトカラーでは、欧米でも、担当する職務の範囲は事前に決められていますが、当該職務の中で担当するタスクまでは事前に決めてはいません。例えば人事の採用担当であれば、採用業務の範囲内であれば、上司が担当業務を変えることが可能です。タスクまで事前に細かく決めると、仕事の変化へ対応などの柔軟性が損なわれ、技術革新や環境の変化に対応しにくいためです。



「ジョブ型」雇用と成果主義は全く別の概念で、理念型としてのジョブ型では、職務が同じなら賃金水準も同じです。ただ欧米企業では大卒ホワイトカラーなどでは、職務等級の数が削減されており、同じ職務等級でも責任の重さや貢献度に応じて、賃金にかなりの幅があります。いわゆるブロードバンディングです。



――「ジョブ型」雇用にすると「社員が解雇されやすくなる」というのは本当ですか。



「メンバーシップ型」雇用では、事業再編や工場閉鎖などの場合、企業には田の事業所への配置転換などで社員の雇用維持が求められます。それは、当該事業所などに社員が配置されたのは、社員の選択ではなく、企業が人事権を行使して配属したことによります。



他方、「食料品スーパーのレジ担当」として、当該店舗のレジ業務に限定した雇用されたパート社員などの場合、いわゆる「ジョブ型」雇用に対応し、レジが無人化され担当職務そのものがなくなる場合では、無期の労働契約でも契約解除の可能性が高くなります。つまり、企業による雇用維持に関する責務のあり方は、雇用システムに依存するわけです。



ただ欧州の企業では、企業側に解雇を避ける努力が求められており、ジョブ型が一概に解雇されやすいとは言えません。



――職能給が年功序列になりがちで、硬直化していることも、ジョブ型がもてはやされる一因ではないでしょうか。



職能等級制度や職能給自体が悪いのではなく、評価基準となる「職務遂行能力」が抽象的・一般的すぎることが問題です。そのため社員の何を評価すべきかが不明確で、結果的に年功的な運用になりがちなのです。職能等級制度を導入する際に、実際の職務の分析を行っていることが大事になります。



こうした企業は、ジョブ型に変えてもうまくいくとは思えません。職務遂行能力を具体的な職務に基づいたものに改め、社員の保有能力と賃金を連動させることで、かなりの問題は解決するのではないでしょうか。





●「ジョブ型」雇用で高まる社員のモチベーション 「人事権」と「採用」が課題

――日本企業が「ジョブ型」雇用を導入する際の、課題は何でしょうか。



企業が、現状の人事権を手放すことができるかです。企業が、社員を意のままに配置できるメリットをどう考えるかです。ただ、例えば化学大手の三菱ケミカルは「管理職のポストを全て公募制にする」と表明しています。まずは同社のように、社内公募の割合を高めるなどして、社員の意思を人事に反映させる方式へ変えることができるかです。これができないと「ジョブ型」雇用ではないです。



もう一つは採用です。「ジョブ型」雇用では、当該職務のスキルを保有している人材、つまり即戦力採用が主になります。そのため、欧米の大学生は、在学中の長期インターンシップや卒業後のトレーニング・プログラムを経験しながら、就業を希望する職務のスキルを身につけながら、当該職務の下位職務に空きポストができる企業を探して、就職することが一般的です。こうした結果、大学を卒業しても就職先がないということが多くなるわけです。



日本で、新卒採用と「ジョブ型」雇用を両立する場合、入社後の20歳代は、従来の「メンバーシップ型」雇用として、企業が配属を決め、さまざまな部署を経験させ、ある程度経験を積んだ段階で、本人に希望する職能領域を選ばせて「ジョブ型」雇用への移行を選択できるようにすることなどが考えられます。



また「ジョブ型」雇用の下では、社内に希望するポストに空きが出なそうなら社外で探す、という転職圧力が高まるため、優秀な人材のリテンション(定着対策)を強化する必要もあります。



――日本企業の雇用システムは未だに、メンバーシップ型が主流です。社員はどのようにキャリアを形成すべきでしょうか。



「メンバーシップ型」雇用でも、社員が自分のキャリア形成を自己選択できる余地はあります。自分の「人事」を実質的に決めている「キーパーソン」を見極め、目指すキャリアを伝えておくのです。ただし、希望が叶うとは限らないので、転職も念頭に置いておく必要はありますが。



また、「メンバーシップ型」雇用の企業から「ジョブ型」雇用の企業への転職した人からは「疲れる」という声も聞きます。常に次の異動先を探して自分を売り込む必要があり、気が休まらないというというのです。



「メンバーシップ型」雇用でも、一定のキャリア段階からは、通常、「経理畑」「人事畑」といった専門領域はおのずと定まってきます。その後は、キャリアを会社に委ねるというのも一つの考え方かもしれません。



●大事なのは「生活改革」に結びつけること

――「ジョブ型」雇用の働き方は、社員にどんな変化をもたらしますか。



職務と勤務地を自分で選べるため、その限りでは、社員のモチベーションが高まり、成果に対する責任感も強まると期待できます。



しかし「ジョブ型=残業がない」という考えは誤りで、大事なのは働き手自身が「何時までに仕事を切り上げて帰る」と決めることができるかです。そして父親、夫、地域の役員など、仕事以外の役割を担うことが大事だと思えるかです。



一人の人間が複数の役割を担う「パーソナルダイバーシティ」は、異なる価値観を受け入れる力や、急激な環境変化への対応力を高めます。コロナ禍で在宅勤務が普及し、残業も少なくなったこの時期、仕事以外の生き方を大切にする「生活改革」を始めることをお勧めします。



【佐藤博樹氏プロフィール】
中央大大学院戦略経営研究科教授。法政大教授、東大社会科学研究所教授などを経て2014年から現職。内閣府・男女共同参画会議議員や経産省・新ダイバーシティ企業100選運営委員長なども歴任した。 専門は人事管理論。日本の雇用システムやダイバーシティ経営、ワーク・ライフ・バランスなどの領域にも詳しい。「ダイバーシティ経営と人材活用」など著書多数。