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三浦しをんが伝える、『HiGH&LOW』を基にした“小説の書き方”とは? 「小説を書くのは自由な行い」

2020年12月01日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 本書『マナーはいらない 小説の書きかた講座』は、手引書にありがちな著者=先生で読者=生徒なんてかしこまった関係とは異なる、気軽で親しみやすい設定が大きな魅力だ。まずは表紙のデザインを見てほしい。皿の上にフォークとナイフとペン、タイトルの書かれたお品書きの紙と花の飾りが置かれている。そう、小説を教える舞台は教室でも道場でもなくレストランなのである。


 講師兼シェフ役を務める作家・三浦しをんは、前書きで〈小説を書くのは自由な行いだから、細かい作法とか気にしなくてオッケーだぜ!〉と、小説を書くことに興味があるだろう読者をノリノリで歓迎してくれる。


 そして〈ここを踏まえると、もっと自由に文章で表現できるようになるかもだぜ!〉と差し出すコースメニュー風の章立ては、アミューズブッシュとなる一皿目の「推敲について」から食後酒の「プロデビュー後について」まで全24皿と、まさに大盤振る舞いなのである。


 でもいざ本題に入ったら生真面目な先生モードになるのでしょと思いきや、そうはならない。



書くことを仕事としてつづけていきたいなら、複数回の推敲や、書式を整えることぐらい、屁のカッパだという気構えでいなければなりません。失敬、「屁」などと言ってしまって。カッパの尻から出るビーナスの吐息だという気構えでいなければなりません。……この言いまわしもどうなんだ。こういうときこそ、粘って推敲し、文章を練ってくださいね!(一皿目「推敲について」)



 なんて具合に、ボケて自分でツッコんで、ちゃんと伝えるべき要点は押さえてと賑やかに立ち振る舞う。


『HiGH&LOW THE BOOK 月刊EXILE(エグザイル)2016年08月号別冊』

 さらに中盤に近づくと、新たなスパイスが加わる。それが「ハイロー」である。EXILE TRIBEメンバーが出演する青春バトルアクション映画『HiGH&LOW』シリーズに、いつの間にか著者はどハマりしていたのだ。


〈『ハイロー(と略させていただきます)』のことばっか考えてて、おかげさまで仕事がまったく手につきません。ありがとう、琥珀さん!〉


 理性を失ってしまった著者だが、それでも作家として作品の分析は忘れない。作り手の情熱が先走りすぎて〈汲めどもつきぬ泉のように疑問が湧いてくる〉強引なストーリー展開ながら、アクションをはじめ各方面のプロによる高い技術によって、作品としてしっかり成立しているというハイロー。九皿目「比喩表現について」ではこうしたハイローが抱える〈危うい均衡〉から、小説に投入する情熱と技術・技巧のちょうどいい配分を考えていく。


 残りの皿も全部ハイローを推しつつの創作論だと胃もたれしそうだが、そこはシェフも弁えている。第十九皿目「書く際の姿勢について」で〈無尽蔵に湧きでる情熱はありません。恋と同じく、いつかは目減りし、鎮火に向かっていくものなのです〉と語っているように、突如燃え上がったハイロー愛を訴えたいという情熱は、本書の後半になると多少は鎮火。小説を書きたいという人々の情熱に話題は移り、途中で燃え尽きることなく作品を完成まで漕ぎつける方法を伝授していく。


 ここでは自作の中から『あの家に暮らす四人の女』『むかしのはなし』『風が強く吹いている』を例にとり、構想やキャラクターの設定、構成の組み立て方などを解説。メモ書きの写真を公開もしていて、三浦しをん作品のファンにとっても興味深い内容となっている。


 軽妙な語り口でするすると最後まで読むことのできる一冊だが、その味わいを反芻してみると、ある隠し味に気付く。それは小説を書くコツとして語っている内容を、本書の中でひそかに実践してみせる遊び心だ。


 集英社が主催する「コバルト短編小説新人賞」の選者を、14年に渡り担当していた著者。ある年「しまもよう」というお題を応募作に設けてみたところ、ストレートに「縞模様」と解釈して書いてくる応募者がほとんどだった。そのことから、二十二皿目「お題について」では他の書き手と設定や内容の被らない発想方法を提案する。


 よくよく考えると、コース料理を振る舞うように小説を書くコツを教えていくという本書独自の設定は、「お題について」で語られていることの実践例だとわかる。コツの実践は読み返してみると本書の他の部分にも見つけられるはずで、再読にも単なる復習では終わらない、新たな発見の可能性が詰まっているのだ。


 さらには本書をガイドに、実際にハイローを鑑賞して、そのすごさやツッコミどころを確かめてみるのもおもしろそう。そんな本編から逸脱した読み方をしていいのかという、心配は無用。本を読むのも自由な行いだから、細かい作法とか気にしなくてオッケーだぜ!きっと。


■藤井勉
1983年生まれ。「エキサイトレビュー」などで、文芸・ノンフィクション・音楽を中心に新刊書籍の書評を執筆。共著に『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、『村上春樹の100曲』(立東舎)。Twitter:@kawaibuchou


■書籍情報
『マナーはいらない 小説の書きかた講座』
著者:三浦しをん
出版社:集英社
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