2020年11月29日 10:01 弁護士ドットコム
"社会現象"といわれるほどのムーブメントとなった『鬼滅の刃』。10月16日公開の劇場版アニメ「鬼滅の刃 無限列車編」は11月25日現在、興行収入259億円、観客動員数1939万人を突破し、国内の歴代興行収入ランク3位となるなど、快進撃をつづけている。
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コンテンツ産業にくわしいiU(情報経営イノベーション専門職大学)准教授で、国際大学GLOCOM客員研究員の境真良氏は、大ヒットの要因に「メディアミックス」と「クオリティの高い作画」をあげる。境氏に語ってもらった。
実は『鬼滅の刃』がこれほど国民的人気作品になるとは思いませんでした。本当です。
この作品に出会ったのは4年ほど前。単行本を手に取ったんです。冒頭の数巻は読んだはずですが、そのときは、さしたる感動もなく、次第に遠ざかってしまった。ただ、『鬼滅の刃』という名前だけは脳内にはっきり残ってました。
再会は、それから3年後のこと。場所は、サウジアラビアの首都リヤドです。オタク系イベントの国際団体の一員として参加した『SAUDI ANIME EXPO 2019』で、現地のコスプレに意外なものを多数発見しました。
市場調査などの目的で、ときおり海外イベントにも行くことのあった経験から、当初は『進撃の巨人』が一番人気だろうと想定していました。もちろん『進撃』も多かったのですが、それに負けない、いや、それ以上の存在感を発揮していたのが『鬼滅の刃』の現地コスプレイヤー軍団でした。
禰豆子のコスプレイヤーがいなかったら気づかなかったかもしれませんね。思い返せば、たぶん、一緒にいた日本人に指摘されて気づいたんじゃないかな。コスプレで人気だったキャラクター、胡蝶しのぶなどの「柱」はもとより、(我妻)善逸や(嘴平)伊之助すら登場する前に読むのをやめてたわけですから、ある意味、仕方ないですけど。
ですが、脳内にあった『鬼滅の刃』という言葉がそこから疼き始めたわけです。
今や国民的作品とも言われる『鬼滅の刃』、そのムーブメントにはいくつかの特徴が指摘できます。それは一言で言えば、見事なメディアミックスです。
ファンの罵声を覚悟で言えば、『鬼滅の刃』の中心にあるのは、テレビアニメ版『鬼滅の刃』であり、原作マンガではありません。
しかし、アニメ版が2019年後半からブームを作っていく中で、原作マンガは早くも(後で説明するが、けして早くはないのだけど)クライマックスを迎え、その最終話に向かって異様な盛り上がりを見せました。最終話の公開と第20巻(全23巻中)の発売が絡み合い、さながら祭りのようになったのは記憶に新しいところです。
本来なら、先ごろ公開された映画版の公開は、この祭りの軸になるはずだったのだと思います。新型コロナの影響で映画版公開は3月から10月にずれ込んだわけですが、それは祭りを台無しにするどころか、ただおそろしく息の長いブームにするという結果につながったわけです。
この息の長いメディアミックスをテレビや出版物などのメディア(コンテンツの公開媒体)の運動のみで維持するのは不可能です。この『鬼滅の刃』祭りについて注目すべきことは、このメディアミックスがここまで長く続いている背景として、それ以外のメディア、つまり一般商品とのコラボがあることです。
衣料品ではユニクロ、GU、文具では三菱鉛筆、食品はベビースターラーメン(おやつカンパニー)やUHA味覚糖(味覚糖)など数知れず、それだけではなく、くら寿司などの外食産業からコンビニのローソン、ここには書ききれないほど多くのビジネスとコラボ商品を展開しています。これらすべてが人々に『鬼滅の刃』をささやき、忘れさせないメディアとして機能しているわけです。
そして、このコラボ戦略を可能にした要因の一つが、アニメ『鬼滅の刃』を支えるANIPLEX、集英社、ufotableのタッグです。
アニメ『鬼滅の刃』は、いわゆる「製作委員会方式」をとっていないとする評論もあるようですが、映画のエンドロールでも「製作委員会」って書いてありますよね。そもそも製作委員会というのは民法上の(出資)組合の一種であり、この三社のタッグも(出資)組合であれば、メンバーは限定されていますが、製作委員会なんですよ。ただし、この"メンバーの限定された"というのが今回のポイントです。
そもそも製作委員会方式とは、財政基礎が弱いアニメ会社がアニメ作りをおこなう際、アニメを利用したビジネス展開を準備し、その提携先から先行的に支払いをおこなってもらう代わりに「資金提供=投資」、つまり提携先を投資パートナーとして捉えることで生まれました。
支払いを投資として捉える必要はそもそもないのですが、作品制作前の資金提供であることから、投資と見なす余地はたしかにある。それは提携相手にとっては、利益配分の余地を意味するので、提携の魅力を増加させると思います。
他方で、製作委員会方式には、アニメのビジネス展開についてマイナスの要素も少なくありません。
なぜなら、投資パートナーと捉えることで、提携先企業は共同の著作権者として、アニメ作品の公開や他企業とのコラボの意志決定に参画することになります。その結果、提携先企業の事業領域で、その競合企業が提携できる余地はほぼないといってよい。つまり、それだけ提携の範囲が狭まることになります。
この視点から見て、この三社連合はとても自由度が高い。
ANIPLEXは、そもそも音楽やパッケージメディアの領域から誕生した映像配給事業者で、SONYグループであること以外の縛りはない。アニメの制作を担うufotableは、さらに縛りがなく、ANIPLEXとufotableのコンビは過去にも提携例がある気心のしれた関係です。
集英社は言わずと知れた著名出版社ですが、今回、原作マンガが同社の週刊少年ジャンプ連載作品であることからの参加で、これで提携に制約がでることは出版事業以外にはない。つまり、この三社はメディアミックスにおいて極めてしがらみがなく、作品に最適な事業提携を自由に執行できるチームになっているということです。
これをはっきり見せてくれるのは、テレビ放送の活用法だと思います。
アニメ作品をテレビで放送するにあたって、放送局は作品の使用料を支払うことが基本形ですが、映像作品は公開されなければ何にもならないことから、テレビ局の立場は強く、この使用料をとば口に製作委員会に名を連ねることも多くあります。『鬼滅の刃』の初放送時には、東京のTOKYO MXTVを始め、全国の地方局を連ねてテレビ放送をおこなったわけですが、この際、TOKYO MXなどのテレビ局が投資パートナーとなることはありませんでした。
映画版の公開を控えた2020年10月中旬、初放送の中心にあったTOKYO MXからフジテレビにパートナーを乗り換えてテレビキャンペーンを打てたのはそういう理由からです。フジテレビは、映画版の前部分にあたる部分を二週にわたり特番として全国放送し、『めざましテレビ』などの番組も動員しての大キャンペーンを展開しました。
ストーリー全体の中途部分である映画版を公開するにあたって、その前提部分を広く見せておくことは、映画版プロモーション上、不可欠です。そのためにNetflixなど、動画配信サイトにも広く展開していますが、この面で、やはり最大の武器は地上波のテレビ全国放送で、これを有効に活用できたことは最良の選択だったと言ってよいのではないでしょうか。
アニメ版を中心とした広範囲なメディアミックスが『鬼滅の刃』を国民的人気作品にまで押し上げられた力だとは思いますが、しかし、メディアミックスだけで成功が収められるはずはありません。もちろん、作品のクオリティが一番の力でしょう。
私が『鬼滅の刃』について中心がアニメだと断言する理由、それは、その映像が傑出して美しいことにあります。
一つの作品において、マンガに比べて圧倒的に多くの数の絵を描かなくてはならないアニメは一般的に、その品質管理の失敗、いわゆる「作画崩壊の危機」といつも隣り合わせです。
透過光を多用した絵画的美しさ、アニメらしいメリハリのきいた作画、印象的な音楽・音響とシンクロしたテンポの良い演出は、アニメ『鬼滅の刃』の特徴ともいえるでしょうが、特筆すべきはシーズン1、全26話を通じて、その作画の乱れがほぼないことです。作画の品質が賞賛されるアニメは過去にいくつもありますが、その多くは時間を十分かけられる映画作品であり、毎週放送されるテレビアニメでここまでの品質保持に成功した作品はそう多くないのではないでしょうか。
しかも、このアニメ版の画風は、マンガ『鬼滅の刃』の単なるアニメ版を越えて、オリジナルなものになっていると思います。
マンガ原作の画風は、どちらかというと「堅い線」を数多く描くタイプであって、アニメ的ではありません。いや、まったく異なるわけではなく、カラーイラストにするときには、むしろアニメ版に近い色使い、描線になるので、アニメ版の制作ではむしろこちらを下敷きにしたのかもしれません。
もちろん、各キャラクターのデザイン、ストーリーや台詞、キャラクターの性格付けはマンガ原作に忠実です。そして、これほどの人気の中で、作品を引き延ばさず、自然にエンディングに導いたことで、マンガとしてのクオリティも素晴らしく高められている。
マンガ原作の最終回に向かっては、「本当に話を終わらせるのか?」という驚きがネット上などで出てきましたよね。『ドラゴンボール』などで見られた、ラスボスを倒すと今度はさらに強いギガボスが出てきて話が続くような引き延ばしが印象深かったのでしょう。とはいえ、そのやり口はマンガ産業でも今ではあまり流行らなくなっているので、集英社としてはごく自然な判断ではあったでしょうが。
そんなわけですから、やはりアニメ『鬼滅の刃』はマンガ『鬼滅の刃』のアニメ化なわけで、如何にアニメ版を推す僕でも、両者を異なる作品だと強弁することは不適切だとわかっています。それでも、アニメ版に特徴的な画風で、マンガ原作のシーンすべてを再解釈、再表現していく事業を見事に達成したことは、少なくとも作画という点で、アニメ版は相当にオリジナルな作品を生み出したと評価してよいのではないか、と思うわけです。
こうした映像美は、国内のブームの最大の推進力となっただけでなく、海外の視聴者に対しても強い印象を与えたようです。
冒頭記したサウジアラビアでのコスプレイヤーの話などはまさにそうで、彼ら・彼女らは作品を(おそらくは違法にアップロードされた)映像共有サービスで触れたと言っていました。
正規配信は、米国では、huluやNetflixで視聴可能ですが、ネット記事(GIGAZINE『鬼滅の刃は世界でどれだけ人気なのかNetflixの再生数ランキングを見られる「FlixPatrol」を使って調べてみた』=https://gigazine.net/news/20201101-netflix-ranking-kimetsu/ )によれば、日本と台湾、そして南米で好評であるほかは今イチ伸び悩んでいるようです。
海賊版が市場を開拓するというのはめずらしい話ではないが、『Variety』等、この現象に注目する欧米メディアも増えているようなので、正規の放送や動画配信がもっと成功することを期待したい。メディアタイアップというのは各国毎に市場で支配的な事業者がいるメディア産業の領域ではどの国でも面倒なものですが、その枠を越え、一般の産業を巻き込んで展開する社会全体でのメディアミックスという戦略は、世界市場でも有効だと思うのです。
間違いなく、『鬼滅の刃』は、原作であるマンガ作品も、そしてアニメ版も特級品のエンターテインメントです。だが、その成功の背景には、作品そのものの品質と、社会現象を生み出していくメディアミックスの仕掛けの両面があります。このメディアミックスの仕掛けをも鑑賞してみるというのも、作品の、また別の楽しみ方かもしれません。