2020年11月28日 09:01 弁護士ドットコム
中央省庁に勤務する公務員の長時間労働が深刻化している。ワーク・ライフバランス社がことし6~7月、国家公務員480人を対象に実施した調査では、1カ月の残業時間が100時間を超えたとの回答が4割に上った。河野太郎行政改革担当相も、10~11月の職員の在庁時間を調査するよう、全省庁へ要請すると表明した。
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元厚生労働官僚(2001年4月~2019年9月)の千正康裕氏は、このほど出版した著書『ブラック霞が関』で、こうした労働実態に警鐘を鳴らす。官僚時代から省庁の働き方改革に取り組んできた千正氏に、長時間労働解消の方策をたずねた。(ライター・有馬知子)
――著書では朝7時に始業し、午前3時過ぎに退庁するといった、官僚の過酷な仕事ぶりを取り上げています。「ブラック労働」の背景には、どのような時代の変化がありますか。
かつて中央官庁の仕事は大半が「官僚主導」で、組織が仕事を回せるスピードで政策を作っていました。
例えば、ある法律を改正する際には、3年後とか5年後とか次の改正のタイミングまで法律に書き込まれていて、改正した制度スタートまでの準備、スタートした後の状況の把握、改善点の検証、次の法改正というスケジュールが見えるので、計画的に必要な人員を配置できていました。
しかし近年は、国民の注目度が高い社会課題については、政治主導・官邸主導で世の中の熱が冷めないうちに、急いで政策を打ち出すようになりました。各省庁も、そうした急な要請に素早く対応して政策を打ち出すことが求められるようになりました。
例えば私が在職中に関わった児童虐待の分野では、昔から悲惨な事件は同じようにありましたが、近年は世論にこたえるために、4年間で3回という異例の頻度で法律が改正されました。
――それによって各省庁の現場では、何が起きているのでしょう。
官邸主導によって、国民が期待する政策を早く大きく打ち出すようになったのはよいことです。ただ、人が増えるわけではなく、省庁の人事管理も、省ごと、部署ごとの縦割りで硬直的なままなので、政策のスピードに人繰りが追い付かず、注目度の高い政策を担当する役所の負荷はどんどん上がっています。
この結果、職員が長時間労働を強いられます。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う厚労省職員の超繁忙状態は、この構造の問題点を鮮明に浮き上がらせています。
――ワーク・ライフバランス社の調査でも、最も残業が多かったのは新型コロナ対策本部のある厚労省でした。
厚労省は、本省に約4000人の職員がいますが、突然約500人のコロナ対策本部ができて、毎日夜中まで働いていて体調を崩す職員も増えています。あらゆる部署からコロナ本部に職員を派遣しているので、コロナ本部以外も、開いた穴を残ったメンバーが必死で埋めている状態。人員を拡充しなければ、組織そのものが崩壊してしまいます。
人員を拡充といっても、公務員全体の人数を増やすのはコストも時間もかかるので、まずは省庁の垣根を越えて、業務量と人員体制のバランスをとるべきです。これは政府が決めればすぐにできます。
――霞が関の長時間労働を解消するには、どうすればいいでしょうか。
まず、ペーパーレスやタブレット化、業務のオンライン化を進め、大量のコピーや資料のお届けや不必要な移動など余計な作業を止める。
そして、必要な業務であっても、政策の専門家でなくてもできる定型的なものは外注するなどして、職員のパワーを政策の立案や執行といった本来の仕事に集中させる必要があります。予算は必要ですが、政策のアウトプットを向上するためには必要不可欠です。
そして、「深夜残業・休日出勤がデフォルト」という意識を改めることも大切です。在庁時間の調査によって、ブラックボックス化されていた省庁の残業実態が明らかになれば、各省庁も本腰を入れて取り組むのではないかと期待しています。
――なぜ「深夜残業・休日出勤がデフォルト」の意識は変わらないのでしょう。
役所内部のことで言うと、幹部職員の意識の問題も大きいと思います。彼らが若いころは、男性が生活のすべての時間を仕事に使うことが許されている時代でした。
今は、霞が関の働き盛りの30代男性も、育児など家庭のこともやるのが当たり前になっています。さらに 、女性活躍の方針で2015年から国家公務員の採用は女性比率が3割を超えています。彼女たちは、働き盛りの時期と子育てが重なり長時間労働が難しい。加えて、公務員の定年引き上げも検討されています。深夜残業・休日出勤ができる職員はどんどん少なくなっています。
しかし、幹部自身は相変わらず「24時間働ける」人ばかり。今でも、当たり前のように夕方になってから 「明日の朝までに」と指示したり、休日に会議をしたりする幹部もいます。後輩たちが生活者として置かれている状況が変わっていることを理解していないと思います。
――深夜残業の「元凶」は、国会開催中、議員から出される質問通告だとも訴えています。
議員が国会で質問する項目は、事前に省庁へ通告され、大臣や幹部が正確に答弁できるよう、担当部署が回答を用意します。
この事前の質問通告は諸外国の国会でもやっていますし、日本の地方議会でもありますが、数日前に余裕を持って行われます。
ですが、日本の国会だけは前日の夕方から夜に行われます。質問が出るまで、どの分野が取り上げられるか分からないため、多くの部署の職員が夜まで待機を強いられます。また質問が当たった部署は、通告を受けてから作業を始めるので、深夜・早朝まで働かざるを得ません。
本当は、通告期限は原則2日前の正午、という与野党の取り決めがあるのですが、守られていません。ルールが守られれば就業時間中に作業が終わり、残業できない子育て中の職員らも、国会で取り上げられるような重要政策を担当することができるし、若い人も平日の夜に民間の人と勉強会をしたりできます。職員の残業代や、帰宅のタクシー代に使われる税金も節約できます。
――ルールはどうして守られないのですか。
質問する個々の議員の努力も必要ですが、そもそも審議日程が直前まで決まらないことが根本的な問題です。急に委員会開催が決まるから慌てて質問を作ることにもなります。
国会の冒頭の段階で、会期中にどの法案を審議するかということは決まっているので、審議のスケジュールを最初から決めてしまえば、質問を作る議員も答弁する役所も計画的に仕事ができます。
そうならないのは、昭和の時代の与野党の権力の均衡点で出来上がった日程闘争政治が続いているからです。
内閣の提出する法案は、国会提出前に与党の了解を得ることになっています。そして、了解した法案には、党議拘束と言って与党のすべての議員が賛成することになります。だから、法案を国会に提出した段階で過半数の国会議員が賛成することが確定しているのです。
法案に反対の立場の野党は、審議を先延ばしにして、会期内の成立を阻止しようとします。法案の内容よりも審議日程そのものが政治的な駆け引きの対象なのです。
このような日程闘争政治は、官僚の働き方をブラックにするだけでなく、国民のために政策を議論するという国会の本来の役割を考えても変えるべきと思います。
ただ、単に審議と採決の日程をあらかじめ決めることにすると、野党の立場から見た場合、与党が賛成する法案が淡々と成立するだけになってしまうので攻め手がなくなってしまいます。採決の前に、野党が対案を表明し、議論できる日を設けるなど、バランスをとる方法をセットで導入する必要があるでしょう。
このやり方なら、野党が与党の追及をするだけでなく、自らの政策を積極的にPRすることができ、国民にとって政策の選択肢が生まれます。
――議員を動かし審議のプロセスを変えるには、世論の後押しが不可欠です。
官僚は多くの人にとって遠い存在で、得体のしれないエリートみたいなイメージもあるかもしれません。そういう人たちがブラック労働になっていると言っても、自分には関係のない話と思うかもしれません。
でも、本当はどの省庁も国民生活を支える大切な仕事をしていますし、国民の役に立ちたいと思って官僚になった人が多いのです。ここが伝わらないと、この問題を変えようと世論が盛り上がらないでしょう。世論が盛り上がらなければ、国会改革は実現しないので、政治も政策もよくなりません。
官僚というのは、官僚という職業を理由に批判される経験をたくさんしているので、表に出るのを避けたがります。僕も居酒屋で職場の先輩と飲んでいる時に、隣の席のサラリーマンに「お前らのせいで日本は悪くなったんだ」と絡まれたこともあります。そういうのがいやだから、官僚は省を「会社」、大臣を「社長」と呼んで、身分を隠そうとしたりします。
でも、本当は、官僚たちも自信を持って自分たちの政策や思いを表に出て伝えていけば、もっと公務や政策の大切さが国民に伝わると思います。政策は中身ももちろん大事ですが、信頼できる人が作っているかどうかもとても大事です。
官僚の味方になってくれと言いたいわけではないのです。「国民のために働かせるために、みんなの税金から給料を出しているのだから、無駄な仕事を官僚にさせるな」そんな風に思ってくれる人が増えていけば、必ず霞が関も永田町も変わると信じています。