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映画『白爪草』がミニシアター存続支援とエンタメに託した希望とは「魅力や恩恵をもう一度掘り起こしたい」

2020年11月19日 17:02  マイナビニュース

マイナビニュース

画像提供:マイナビニュース
●VTuberでエンタメ業界を盛り上げるために
出演キャスト全員がVTuberのワンシチュエーションサスペンス映画『白爪草』。「エンタメ業界をVTuberでいち早く元気にしよう!」というスローガンのもと制作され、2020年9月19日から2週間限定で池袋HUMAXシネマズ・109シネマズ大阪エキスポシティの2館にて上映。池袋HUMAXシネマズの週間映画ランキングでは1位を獲得するなどの反響を呼んだ。

そんな本作の製作委員会が、今後、同作をミニシアターで上映した場合、チケット興行収益全額を各劇場の収益にすることを発表。この取り組みは、新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、苦境が続くミニシアターの存続を支援したい、という製作委員会の想いから実施されるもの。このミニシアター支援プロジェクトは2021年3月末日まで続くという。

本取り組みと本作の魅力を伝えるべく、マイナビニュースでは製作スタッフ・出演者にインタビューを実施。第1弾の今回は、監督の西垣匡基氏とプロデューサーの宮川宗生氏に、本映画の制作経緯や、支援の取り組みを行うに至った経緯などについて話を聞いた。

なお、第2弾インタビューでは、主演の電脳少女シロが登場する。
○●映画製作のきっかけは「電脳少女シロ」

――映画『白爪草』プロジェクトが立ち上がった経緯を教えてください。

宮川 もともと別件でもう一人のプロデューサーと話をしていたときにVTuberの話が出て、「VTuberさんと一緒に映画を作れたらいいね」という話をしたのがスタートだったんです。その時はまだ出口も固まっていない状況でしたが、「やるからにはスピード感を持ってやりたい」という話はしていました。

ただ、映画を形にするのは簡単なことではないので、諸体制を考えていたんです。そんなときに、新型コロナウイルス感染拡大の知らせ。様々なエンタメが自粛を余儀なくされました。

一方でこのプロジェクトは、むしろ自粛期間が明けた時に、いち早く楽しんでもらえるものとして提供したいと思ったんです。それまではフワッと話を進めていたんですけど、一気に上映に向けての話を加速させていきました。

――エンタメの自粛が余儀なくされているなかでも、エンタメを止めてはいけないと思った。

宮川 そうですね。こういうときだからこそ、エンタメ業界を盛り上げたいと思って。変な話、ふわふわしていた企画のコンセプトが「VTuberさんのお力を借りて、エンタメ界を盛り上げるものにしよう」という方向で固まったんです。

――少し話が戻ってしまいますが、そもそも、シロさんと一緒に映画を作れたらと思った理由は?

宮川 実は弊社、90年代から伊達杏子というバーチャルアイドルが所属していたんですよ。でも、当時はちょっと早すぎたみたいでして(笑)。その伊達杏子の娘であるVTuber・伊達あやのも、いま弊社に所属しているんですよ。僕はその縁があって、2019年3月に伊達あやのの番組に出演したのですが、その時にVTuberの面白さを知ったんです。

そういう背景があるなかで、もう一人のプロデューサーから映画起用にあたっておすすめのVTuberがいることを伺い、それがシロさんだったんです。シロさんは私が所属する部署が制作に関わっている『超人女子戦士 ガリベンガーV』にもレギュラー出演して頂いていて、そういった色々なフィールドで活躍する彼女を見て、一緒に映画を作りたいなと思ったんです。

――作品の内容決めなどを含め、製作はどのように進んでいきましたか?

宮川 予算的にも表現的な面でも制約があるなかで、どのような作品にするのか、という話し合いから始めました。……というよりも、このプロットづくりの部分に一番時間をかけたと思います(笑)。プロデューサー陣と脚本家の我人祥太さんと話し合っていく中で、ワンシチュエーションで展開することなどの骨格を決めていき、そこから監督に加わってもらったという流れになります。

――監督は全キャストがVTuberのみという本プロジェクトを知ったとき、どのように思いましたか?

西垣 印象としては、舞台っぽく考えたらいいのかなと思いました。制約が多く、ワンシチュエーションならば、想像の余地があるようにすれば楽しいものが作れそうだと思って。そもそも、物語以外にVTuberが初主演するなどのレイヤーがいっぱいあったので、その時点で既にドキュメントとして、面白いなあと思いました。

――実際に製作していくなかで難しかった点や苦労した点は?

西垣 苦戦してばかりでした(笑)。プロデューサーに滅茶苦茶迷惑をかけたと思います。というのも、作業工程が分かっているようで分かっていない、不思議な感覚だったんですよね。会議では「これくらいで撮れるんじゃない?」って予測をするのですが、実際にやってみたら何倍も時間がかかっちゃって。

――それはVTuberと、リアルの人間による違いからくるズレ?

西垣 そうですね。カメラも4、5台使って、一気に撮って処理するので、単純に人手も体力も必要なんです。そうすると、予算もかかってきて、なおかつご時世的にテレワークでの作業が多かったので、想定していないことがたくさん起き、だんだんと予定がズレていって……。

もうあまりにも出来なさ過ぎて、絶対に駄目なんですけど「公開日ズラしてもらえませんか?」っていう相談までしたんですよ。そしたら、宮川さんから「それをやったら崩壊しますよ」と言われ目が覚めて(笑)。「そうだ、そうだよな」と思い直しました。

――それほどまでに切羽詰まっていたんですね……!

西垣 ただ、相談したら皆さんが人員を配置してくださって。何回も宮川さんから「ウルトラC出しますか」って言って頂きました(笑)。

宮川 何回かね(笑)。

西垣 本当に誰かが「無理だ」って言ったら、きっと期間内に完成しなかったと思います。

宮川 僕としては、制作していく中で、作品をより高めていこうっていう「監督魂」を発揮していただけたのが嬉しくって。そういう想いが作品にも表れたと思っています。

西垣 当時は、怒られると思っていましたが、今そう言ってもらえて本当によかったです(笑)。
○●あえて綺麗にならないようにする「ノイズ」

――続けて、製作をするうえでこだわった点について教えてください。

西垣 今回の映画では、ノイズをずっと入れようと思っていたんですよ。

――ノイズ……?

西垣 映画を観るときって、どこか緊張すると言いますか、ちょっと構えちゃうじゃないですか。その敷居を下げたくって。だから、冒頭に音楽で人の声の息を入れてもらったり、芝居も、1テイク目のものや、本番前でまだ声が立ち上がっていない状態のものを採用したりして、あえて綺麗にならないようにしました。

カット割りも、一筆書きみたいに、ざっとやっちゃっています。それは時間がなかったとかそういうことではなく、そうすることで、VTuberというアニメーションに、生きている感じが出る気がしたからなんですよね。それが、ノイズです。

――表現として適切かどうか分かりませんが、「生っぽさを残す」みたいな感じ?

西垣 そうですね。「芝居をしている」感が出ちゃうと、一気にこの作品が観られなくなる気がしたんですよね。

――実際に、主演のシロさんのお芝居はいかがでしたか?

西垣 今回、シロちゃんはちょっと普通じゃない双子の役を演じているんですけど、それがちゃんと成立していて、感情が上手く表現できているんですよ。いま、しれっと言葉にしていますけど、こういう役って、できる人は意外と限られていると思います。

そういう難しい役もこなせる対応力、そして準備してくる姿勢がとにかくすごい。例えば、僕が「もうちょっと優しめで」と伝えたときに、すぐに何パターンもその声の芝居ができるんですよ。言い方が正しいのかは分かりませんが、化物だなと。異様なものに触れている感覚に陥りましたね。ああいうタイプの役者さんって、そうはいないと思います。

――監督から見て、役者としての魅力も感じた。

西垣 大いに感じました。

――そういう意味では、もちろん絵はいわゆるアニメーションですが、「VTuberが芝居をしている」というのを変に意識しすぎなくても見られる映画になっている?

宮川 そうですね。企画が立ち上がった当初、もちろんシロちゃんやVTuberファンの方々に楽しんでいただこうという想いはありました。一方で、VTuberを知らない人たちにも、純粋にワンシチュエーションサスペンス映画として楽しんでもらいたいという想いもあって。それが、そこまでVTuber業界に特化してない、いち映像制作会社のうちがVTuberさんとご一緒させていただく意味でもあると思ったんです。よい化学反応になればと考えていました。

●エンタメの恩恵をもう一度掘り起こしたい
○●映画の魅力は「没入感」

――製作について聞いてきましたが、改めておふたりが本作を通じて伝えたいこととは。

西垣 「没入感」ですかね。スマホやSNSや仕事のこと、そういうのを断ち切って70分の映画を純粋に楽しんで欲しいです。そのために、展開もテンポ感もあえて速くしていますし、音なども含めてすべて「没入感」を意識しました。

宮川 別に監督と示し合わせたわけではありませんが、僕も「没入感」ですね。本作は劇場に足を運んでいただき、大きなスクリーンで見てもらうことを想定して製作しました。だからこその「没入感」です。いま、世の中に色々な想いが巡る中で、それら全てを忘れさせてくれる旅に連れていってくれる、ある種、映画館がそういう異空間になる。本作がそういう作品になればという想いは、常に持っていました。

――本作は、チケットの興行収入全額を各シアターの収益にするという取り組みもされています。それも、作品に込めた想いなだと感じました。こういった取り組みに踏み切った理由についても教えてください。

宮川 自粛が緩和されたものの、ミニシアターさん全般がまだ苦戦しているということを耳にしました。一方で、ミニシアター支援のために立ち上げられた任意団体「ミニシアター・エイド基金」さんや、「#SaveTheCinema 『ミニシアターを救え!』プロジェクト」といった、ミニシアターを支援する施策が、早くに動いていたんです。

映像製作やエンタメに関わるいち人間として、そういう動きって本当に素晴らしいなと思って。リスペクトの気持ちも込めて、我々も何かできないかと委員会で話したところ、今回の取り組みを行うことにしました。また、色々とチャレンジした作品でもありますので、一人でも多くの方に目を向けていただきたくって。だから、もう採算は置いておいて、ちょっとでも上映していただけるミニシアターが増えて欲しいと願っています。今までにない施策だと思いますが、どうにか形になれば、と思っています。

――それが、エンタメを止めないことに繋がると信じている。

宮川 はい。新型コロナウイルスの感染が拡大するなかで、エンタメ業界がバッシングされることも決して少なくありませんでした。世の中が、そういう気持ちになってしまうのは仕方ないと思いながらも、、やはり悲しい気持ちもあって。作る側として、エンタメの魅力や恩恵をもう一度掘り起こしたいという想いは強くありました。

○●エンタメは能動的なものへ

――そのエンタメのひとつとして、本作でも核となっているVTuberの活動が挙げられると思います。おふたりは本作に関わってみて、VTuberというエンタメにどのような魅力や可能性を感じましたか?

西垣 VTuberって、見ている方々が応援して育っていく、もしくは一緒に育っていくような「参加感」があると思うんです。それは、俳優さんを応援している感覚とは微妙に違う。もっと身近な存在と言えるかもしれません。

そんな応援しているVTuberが、役者として芝居をしている。何とも言えない不思議な感覚をこの映画を通じて体感した方もいらっしゃったのではないかと思います。今後、こういう映画が増えるかもしれませんね。VTuberによって、インタラクティブなメディアがより切り開かれるような気がします。

宮川 VTuberさんとガッツリお仕事をご一緒させていただき感じたのは、ファンの強さ。まず、シロちゃんが映画に出演すると発表したとき、皆さんの喜びの爆発力がすごかったんです。公開に至るまでの道のりでも、シロちゃんを温かい眼差しで見守り、のし上げていこうっていうバックアップ感がすごくって。

いざ公開となって、初日に劇場に足を運んだところ、ファンの方々が上演後に拍手してくださったんですよ。劇場のスタッフさんは「物販ではファンの方が譲り合いの精神を持って、マナーよく並んでいらっしゃいました」と話していました。そういう温かい空気って、色々なことを飛び越えてプラスなことに派生していく力を秘めていると思うんです。VTuberによっていい波長の空気が広がっていく、その可能性を感じました。

――おふたりにとって、エンタメはどういう存在でしょうか。

西垣 僕は、もう「受け取るもの」ではなくなってきているのかな、と思っています。テレビが中心のエンタメだったときは「受け取る」という印象を僕は強く持っていたのですが、インターネットの普及によって、見る側が自分で「選び取る」ものになってきたと感じています。

これからエンタメは、自分で楽しみ方を見つける、より能動的なものになってくるんじゃないかな。例えば、作品を考察して楽しむ、スピンオフを自分の中で作るなどの動きがより活発になる気がします。個人的には、面白い時代になったなあと思いますね。

宮川 ある記事で知ったのですが、子どもって1日に300~400回ほど笑うらしいんですよ。一方で、大人は1日で15回くらいしか笑わない。それは、子どもにとっては、触れるもの全てが新鮮な驚きと感動を得るもので、喜怒哀楽の感情を揺さぶられるものが多いからだと思うんです。

大人になるにつれて、その感動や感情の揺さぶりは、どんどんデクレッシェンドになっていくんでしょうね。ただ、エンタメは、そういう喜怒哀楽の感情をもう一度呼び起こしてくれるものだと思います。

――自粛期間中に家で過ごしているとき、一日中笑わなかったという人も決して少なくはなかったかもしれません。

宮川 だから、家でも映画なり演劇なり音楽なり、何かのエンタメに触れて、喜怒哀楽を引き起してもらいたい。それって、人生においてもすごく大切なことだとも思うんです。エンタメが感情を揺さぶり、人生を豊かにするチカラになる。提供する側として、そのチカラを信じています。

(C)映画「白爪草」製作委員会(M.TOKU )