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同一労働同一賃金といっても、日本企業に「ジョブの格付け」までやれるのか 最高裁判決から考える人事制度のあり方

2020年11月15日 09:01  弁護士ドットコム

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2020年10月、正社員と非正規雇用労働者の同一労働同一賃金に関する最高裁判決が立て続けに出されました。大阪医科大学(現大阪医科薬科大学)事件(10月13日)、メトロコマース事件(10月13日)、日本郵便事件(10月15日)の3件です。


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注目されたのは、正社員と非正規雇用労働者の待遇差について、大阪医科大学事件とメトロコマース事件では「不合理ではない」と判断しながら、日本郵便事件では「不合理」としたことにあります。



今回、社会保険労務士及び人事制度ジャーナリストの立場で今後、企業で対処すべき方向性について考察していきます。(坪義生)



●同一労働同一賃金を考えるための視点

この記事の内容を、大まかにまとめると以下の通りです。



・「賞与」や「退職金」は、基本給をベースとする企業が一般的。長期雇用への期待を前提として、正社員の基本給の扱いについては、使用者の広い裁量権を尊重しており、待遇差は「不合理ではない」と判断された。



・「手当」については、正社員だけを厚遇することは、経営方針・経営戦略に照らしても適切に説明することは困難。「不合理」と判断しても、「賞与」「退職金」とは矛盾しない。



・同一労働同一賃金というのであれば、職務の格付けによる定量判断が前提条件となる。ただ、職務給(いわゆる最近流行りの「ジョブ型雇用」)については見直しのコストがかかるため、長期雇用のもとでは、導入のメリットが低かった。



・職務給が増えているとはいえ、賃金制度を抜本的に改定し、同一労働同一賃金を導入することは、すべての企業にできることではない。不合理な待遇・差別的取扱いの排除、そして、職務内容や配置の変更の範囲を明確にしておくことが重要。



以下、詳しく分析していきます。



●企業経営者や人事担当者からあがってきた声

3つの判決における格差の争点は、大阪医科大学事件では「賞与」、メトロコマース事件では「退職金」であり、いずれも正社員と非正規雇用労働者の職務内容に一定の相違があることを理由に非正規雇用労働者に対する不支給を「不合理ではない」としています。



日本郵便事件における待遇差は、「年末年始勤務手当、祝休日手当、扶養手当、夏期冬期休暇、私傷病の有給休暇」であり、両者の職務内容等に違いがあるとしながらも、待遇の趣旨を個別に考慮した結果、「不合理」なものと判断しました。



今回の判決が出された後、私のクライアント(社会保険労務士としての顧問先)と人事制度専門誌の取材先の経営者や担当者に判決の感想を聞いてみました。やはり共通しているのは、労働条件についての「不合理ではない」「不合理」の矛盾です。



賞与や退職金は金額が大きいから企業の立場を忖度してくれたのではないか、という声が複数ありました。逆に諸手当・休暇は少額だから、労働者側の立場を重視したのではないかと。しかし、ことはそう単純ではありません。



「賞与」「退職金」と「諸手当・休暇」の違いをどうとらえればよいのでしょうか。人事制度における位置づけで考えるとわかりやすいと思います。いずれも法律的には支払義務はなく、基本的に制度として定めていれば就業規則の相対的必要記載事項とされるものです。



ポイントとなってくるのは、賞与と退職金については、種々の調査を見ても基本給をベースとする企業が一般的だということです。



●基本給は経営方針・経営戦略と密接な関係

基本給は、その企業の人事制度における賃金制度の根幹をなすものです。労務管理の視点からすれば、基本給を属人給(年齢給、勤続給)、仕事給(職能給、職務給、役割給)、総合決定給(年齢、勤続、学歴、職務遂行能力、担当職務等を総合的に勘案)のどのタイプにするかは、企業の経営方針や経営戦略とも密接な関係にあります。



企業が経済活動をしていく上で総合的に裁量が認められてしかるべきものです。また、民間企業では、基本給の昇給(降級)額は人事考課(査定)によって決まることになります。



この点について、判例では人事考課は「基本的には使用者の総合的裁量的判断が尊重されるべきである」とし、人事権行使の一環としての裁量行為と捉えてきました。



加えて、今回の「賞与」に関する大阪医科大学事件の判決では、「賞与は、財務状況を考慮しつつ支給され、賃金後払い、功労報奨的な趣旨を含む。そして、正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば、賞与は、正職員としての職務を遂行できる人材を確保し、定着を図る目的で支給している」とし、人事制度上、正社員を厚遇する「有為人材確保論」を採用しています。



長期雇用への期待を前提とする有意人材確保・定着のために使用者の広い裁量権を尊重したものです。



判決は、こうした認定をした上で、2020年4月1日から施行された「パートタイム・有期雇用労働法」の第8条「不合理な待遇の禁止」における「均衡待遇」について3要素の判断をしています。「均衡待遇」とは、双方に違いがあれば違いに応じた待遇をすべきことを意味しています。



長期雇用を前提とした正社員と、非正規雇用労働者の相違を認め、①職務内容、②その職務内容や配置の変更の範囲、③その他の事情、による待遇差が「不合理ではない」と判断したわけです。「退職金」を争点としたメトロコマース事件の判決も同様のパターンといえるでしょう。



●諸手当・休暇は趣旨と支給・付与ルールが単純

一方、日本郵便事件では「年末年始勤務手当、祝休日手当、扶養手当、夏期冬期休暇、私傷病の有給休暇」を争点としています。これらの労働条件については、制度上も支給趣旨・要件が単純・明快であり、正社員を対象とした就業規則には明記してあるはずです。



判決では、「均衡待遇」の3要素について相応の違いがあることを考慮しても、正社員にだけ支給することは「不合理」と判断しました。



例えば、「年末年始勤務手当」については、支給趣旨は「年末年始の最繁忙期に業務従事することへの対価」であり、業務の難易度にかかわらず支給されているにもかかわらず、契約社員に支給しないことを不合理としています。



正社員だけを厚遇することは、経営方針・経営戦略に照らしても適切に説明することは困難かと思われます。他の手当・休暇についても同様の判断がされました。



こうしたことから、大阪医科大学事件・メトロコマース事件における「不合理ではない」という判決と、日本郵便事件の「不合理」という判決は決して矛盾しているわけではなく、整合性はとれているものと考えます。



ポイントになるのは、これまでの判例でみられる使用者の総合的裁量的判断が認められるかどうかではないでしょうか。



企業には経済活動する自由が憲法の保障する基本的人権の一内容として保障されており、その一環として採用の自由のほか、配置転換等の人事権が認められています。法律その他で特別の制限がなければ、使用者の総合的裁量的判断を尊重するというのが司法の姿勢であると理解しています。



客観的合理性と社会通念上の相当性がなければ、人事権の濫用であり、「パートタイム・有期雇用労働法」における均衡待遇、均等待遇の規定もその枠組みでとらえることができるものと考えます。



●同一労働という以上、「職務」の格付けが前提条件になる

そもそも、正社員と非正規雇用労働者について同一労働同一賃金を実現することは容易なことではありません。すでに述べたように賞与や退職金等のベースとなる基本給を均衡待遇にするには、不可欠な前提条件があるからです。



何をもって客観的に定量判断できる指標とするのでしょうか。同一労働という以上、「職務」の格付けということになります。



基本給タイプでいえば、職務給を主体とする仕事給です。日本では、基本給タイプでも職能給を主体とする企業が多くを占めています。単に賃金制度というなかれ、人事制度の背骨である資格制度だからです。職能給は個人の職務遂行能力を格付けした職能資格制度に基づくものであり、日経連が昭和40年代に能力主義をうたって普及を図りました。



年功的運用に陥ったことで導入企業が減っていることは事実です。とはいえ、最近の調査でも非管理職については8割程度を占めています(公益財団法人日本生産性本部「日本的雇用・人事の変容に関する調査」 )。



一方、職務給は、導入企業が大幅に増加傾向にあることは間違いありません。ただし、非管理職では6割程度にとどまっています。人ではなく、仕事に着目し、企業横断的に客観的に定量判断ができる賃金制度ですが、詳細な職務分析を実施し、職務評価によって各職務について格付けすることが不可欠となります。



また、仕事は不変であるわけではなく、実情に合わなくなればメンテナンスをしなければなりません。非正規雇用労働者に限らず、中途採用を頻繁に行う企業ではメリットが大きい制度ですが、長期雇用を前提とする場合には、あえて導入に踏み切る理由がなかったといえるでしょう。



●非正規労働者の位置付けを明らかにすべき

厚生労働省は、「パート・有期労働ポータルサイト」を設け、同一労働同一賃金の普及促進を図っています。この中で「職務分析・職務評価導入支援サイト」を併設し、外部専門家の無料派遣、セミナー等を実施しています。



しかしながら、職務給を導入することは人事制度の抜本的改定であり、企業の総合的裁量的判断にかかわることです。経営者団体ではなく、国が直接、関与することに違和感を感じるのは私だけではないと思います。



今回、政府は同一労働同一賃金を導入するに当たって、『同一労働同一賃金ガイドライン(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針)』を作成しています。



基本給をはじめ、労働条件について「問題とならない例」「問題となる例」を詳細に挙げています。大手企業については、すでにこれを参考に対応策を講じていることと思います。



最後に実務家の立場から意見を述べるとすれば、賃金制度を抜本的に改定し、同一労働同一賃金を導入することは、すべての企業にできることではないと考えます。



重要なことは、不合理な待遇・差別的取扱いの排除であり、そのためには均衡待遇・均等待遇における①職務内容(業務の内容だけでなく、業務に伴う責任の程度も含む)、②その職務内容や配置の変更の範囲(労働者に期待する役割などから事業所で導入されている人材活用の仕組みや運用)を明確にしておくことです。



これらがきちんとしていれば、企業が経営活動する上で総合的裁量的判断が許容される人事制度といえます。



非正規雇用労働者をどう位置づけるのか、どう活用したいのか、こうした点を曖昧にせずに明らかにすることを常に念頭に置いておくべきでしょう。



制度の運用は、むしろ現場の正社員にかかわっています。日々、労働するパートタイマーや有期雇用労働者が、正社員と自分たちの働きぶりを比較し、均衡待遇・均等待遇で不信感を持たないよう、正社員自身が自覚することを忘れてはなりません。