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夫の不倫で2度泣いた妻…慰謝料請求したら「自己破産する」と告げられて

2020年11月12日 11:02  弁護士ドットコム

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「旦那に不貞行為の慰謝料を請求したところ、自己破産すると言い出しました。阻止する方法はありませんか」。弁護士ドットコムにこのような相談が寄せられている。


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相談者によると、夫は何も言わずに妻である相談者や子どもの前からいなくなり、不倫相手と同棲していた。不倫やギャンブル、日サロにお金を使っていたという。



夫は当初、慰謝料については「支払うつもりはある」と言っていた。そこで、相談者が待っていたところ、突然、「破産する」と言い出したという。



家族を捨てた末にすべてをなかったことにしようとしている夫に、相談者は憤りを感じている様子だ。自己破産しようとしている夫を止めることはできるのだろうか。田中克幸弁護士に聞いた。



●自己破産の阻止は難しい?

ーー自己破産における免責(借金などの債務の支払い義務がなくなること)を阻止することはできるのでしょうか。



自己破産手続上、債権者は免責について意見を述べることができますが、ほとんどの場合、自己破産による免責を阻止することは困難です。



たとえば、浪費やギャンブルは免責不許可事由(破産法252条1項4号)ですが、免責不許可事由があっても、ほとんど裁量免責(破産法252条2項)されているのが現状です。



多額の財産を隠していたとか、破産手続に全然協力しなかったとか、極めて悪質な場合のみ免責不許可になっているということですね。不貞や日サロに浪費し、ギャンブルをしていたというだけでは、免責不許可にならないことがほとんどでしょう。



ただし、破産しても免責の対象とならない債権(非免責債権)もあります。たとえば、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」については免責されないとされています(破産法253条2号)。



●不貞の慰謝料請求権は「非免責」にならない?高いハードル

ーー不貞行為は、この「悪意で加えた不法行為」に該当しないのでしょうか。



ここにいう「悪意」は、単なる故意ではなく、他人を害する積極的な意欲(害意)を意味し、個別の判断になります。ただ、残念ながら不貞慰謝料が非免責になるのはハードルが高いと思われます。



たとえば、東京地裁平成15年7月31日判決は、夫ではなく、夫の不貞相手の女性(破産免責済み)に慰謝料請求した事件ですが、「不法行為としての悪質性は大きいといえなくもない」としながらも、「原告に対し直接向けられた被告の加害行為はなく、したがって被告に原告に対する積極的な害意があったと認めることはできない」と判断しています。



「故意」では足りず、「悪質性が大きい」でも足りず、判決の書きぶりからすれば、家庭を破壊することそのものが目的だったということが必要であるように読めます。



しかし、不貞というのは、一般的に他の人を好きになってしまったとか、性欲に負けたといったことが動機であり、家庭を壊すのが主な目的というのは、あまり考えられません。





しかも、非免責であるかどうかは、破産を担当する裁判所は判断してくれません。



そのため、破産手続が終わって免責許可決定が出た後、夫が自ら支払いに応じない限り、相談者が裁判を起こして、非免責であるという主張を別途、裁判所に認めてもらう必要があります(なお、既に判決を取得していたり、破産手続上慰謝料の存在が認められたりしていれば、破産者の方から請求異議訴訟を起こす場合もあります)。



私は、不貞の慰謝料請求権が非免責債権であることを肯定した裁判例を知りません。否定する裁判例はいくつかありますが、それでも少ないです。非常にハードルが高いので、費用と時間をかけて訴訟を起こす人はほとんどいないということなのでしょう。



●免責許可決定後の訴訟や合意書作成の効果は…

ーーでは、訴訟を起こすのを免責許可決定が出た後にすれば、払ってもらえる可能性はあるのでしょうか。



免責許可決定が出る前に訴訟しても、出た後で訴訟しても、破産手続よりも前に慰謝料請求権が発生しているのですから、破産で免責されてしまいます。



破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった債権は免責されませんが(破産法253条1項6号)、慰謝料請求をしないかのような態度を取った結果、記載されなかったという場合であれば、破産者に過失はなく、免責の対象になってしまうでしょう。



そもそも、相談者が破産手続開始決定が出たことを知ってしまった場合、破産者名簿に載せられていなくても免責されてしまいます。



――慰謝料だけは破産とは関係なく支払ってもらうという合意書を作れば、支払わせることができますか。



破産しても免責されないという合意をしても、免責の対象から外すことはできません。たとえば、消費者金融が、契約書に「破産しても免責されない」と書いておけば、借金が免責されないというのでは、破産制度が無意味になってしまいます。個別の合意で非免責債権を作り出すのは破産という制度の趣旨に反するのです。



また、免責許可決定が確定して、破産手続が全て終わってから、「支払う」という合意書を作っても、無効の可能性があります(免責後の弁済合意は免責の趣旨に反し無効とする裁判例として横浜地裁昭和63年2月29日)。



せっかく破産したのに、債権者から迫られて、破産者が道徳的な後ろめたさを感じて「支払う」という合意をしたら、それが有効になるというのでは、免責した意味がないだろうということですね。



ただ、破産手続が終わった後、破産者が自発的に支払った分については、返す必要はないとされています。



●相談者に打つ手はない?自己破産を回避したケースも

――相談者としては、もう打つ手がないのでしょうか。





慰謝料を長期の分割払いとすることによって、自己破産を回避したケースは見たことがあります。これは、それまでギリギリ借金を返済してきた人が、数百万円もの慰謝料を請求されたことがダメ押しとなって、自己破産を決断したという事件でした。



相手としては、本音では自己破産を回避したいという気持ちが強かったようなので、月に5000円という低額の分割払いに応じることによって、自己破産を回避させたのです。



しかし、一般的には、どんなに低額の和解を提案しても、一度自己破産を決断した人を翻意させるというのは簡単ではないと思います。破産すれば支払わなくて良いわけですからね。




【取材協力弁護士】
田中 克幸(たなか・かつゆき)弁護士
新64期(福岡県弁護士会)。2019年4月、同期の辻陽加里弁護士と一緒に福岡市中央区で事務所を設立。
債務整理、離婚・男女問題、労働事件などを中心に、一般民事全般を取り扱っている。
事務所名:天神ベリタス法律事務所   
事務所URL:https://www.tenjin-veritas.com/