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【レースフォーカス】タイトル争い決着間近か。ミルの初優勝と対照的になったヤマハ/MotoGP第13戦

2020年11月10日 08:51  AUTOSPORT web

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ジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)
2020年シーズンのMotoGPには、本当にいくつものターニング・ポイントが存在する。そしておそらく、この第13戦ヨーロッパGPもそのひとつとなるだろう。チャンピオンシップのポイントリーダーであるジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)がついに最高峰クラスで初優勝を上げ、チームメイトのアレックス・リンスが2位表彰台に上がった。一方、チャンピオンシップを争っていたファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)を筆頭とするヤマハ陣営は消沈の週末を過ごしていた。

■スズキのワン・ツーフィニッシュとミルのチャンピオンシップ
 ミルがチャンピオンシップのランキングリーダーに浮上したのは第11戦アラゴンGPからである。最高峰クラス2年目のシーズンを送っていたミルは、第13戦ヨーロッパGPを迎えるまでに12戦中6度の表彰台を獲得していた。混戦模様の今季にあって、安定感はピカ一。ただ、優勝にだけ手が届いていなかった。

 シーズン最後の3連戦の初戦となったヨーロッパGPは、雨で始まった。木曜日にはまるで嵐のような悪天候だったという。金曜日と土曜日はほぼウエットコンディションでの走行。日曜日には天候は回復したが、ドライコンディションで走行したのはウオームアップセッションのみという、ライダーにとって悩ましい状況となった。

 とはいえ、天候の条件はライダーすべてにとって同等である。迎えた決勝レースで、ミルは5番グリッドからスタートすると、1周目で3番手、4周目にはリンスに次ぐ2番手に浮上。そして17周目の11コーナーでリンスがラインを外したすきを見逃さず、トップに立った。リンス曰く、このときギヤのミスを犯してしまったのだそうだ。

 リンスを交わしてからのミスは終盤にもかかわらず、安定したラップタイムを刻み続けた。ミルのタイムは序盤からほとんど落ちなかった。

 ミルはレース後、「今週はシーズン中でもベストンウイークだったんだ。金曜日はウエットコンディションと、ウエットパッチが残るドライコンディションに苦戦していた。でも土曜日にはかなり変わって、バイクはよく走っていた。今日のウオームアップセッションでは今週末初めてドライコンディションになったけれど、バイクの感じがすごくいいことがわかって、今日は優勝に挑む日になるかもしれないと思っていたんだ」と、自信をもってレースに臨んでいたことを明かした。

 もちろん、初優勝への緊張もそれなりに感じていたらしい。「最終ラップはレースがすごく、すごく長く感じた」と、初優勝に挑んだライダーらしいコメントも添えていた。

 2番手のリンスも終盤のペースの落ち込みとしては大きなものではなかったが、今回はミルの強さが勝った。ミルに交わされてからは「ジョアンとの差をキープしようとしたけれど、毎周、彼が差を広げていくのがわかって、考えを変えたんだ」ということだ。

 ミルとリンスはワン・ツーフィニッシュは、スズキにとって最高峰クラス38年ぶりのスズキのワン・ツーフィニッシュという快挙でもあった。最高峰クラスでスズキがワン・ツーフィニッシュを果たしたのは、1982年シーズンの最終戦、ホッケンハイムリンクで行われた西ドイツGPで、ランディ・マモラとバージニオ・フェラーリが達成して以来。このときは、3位もスズキのロリス・レジアーニだったと記録されている。

 さて、ヨーロッパGPの勝利、そして後述するクアルタラロやビニャーレスの結果により、ミルはぐぐっとチャンピオンの可能性を手元に引き寄せた。現在の獲得ポイント数は162。ランキング2番手につけるクアルタラロ、同ポイントで3番手に浮上したリンスと37ポイントの差がある。次戦バレンシアGPでミルがチャンピオンを獲得するためには……と、細かく見ていくときりがないのだが、ミルが表彰台を獲得すれば無条件で戴冠が決まる。ポイント数で見ると、クアルタラロとリンスに対し、獲得ポイントが14ポイント以上のポジションでフィニッシュすればよいのである。そして、開催地はヨーロッパGPと同じくバレンシアのリカルド・トルモ・サーキット。ミルにとって追い風が吹いていることは間違いない。

 懸念があるとすれば、MotoGPクラスで一度もタイトル争いを経験していない、という点だろうか。ただ、2017年シーズンにはMoto3クラスでチャンピオンに輝いた経験がある。ミル自身は懸念を一蹴している。

 予選日のあとには「僕は精神的に、すごく強い、本当に強いと思うんだ。これはライフスタイルや人生などすべてから、トレーニングできるものだと思っている」と語り、決勝レース後には「僕にとって、プレッシャーが大きな問題ではないと(優勝によって)示したと思うよ。大事なのはポテンシャルを示し続けること、そして、プレッシャーを自分にとってマイナス要因にしないことだね。それをマネジメントするのは難しいから。でも僕は、うまくやっていると思うよ」ともコメントした。

 チャンピオンがかかるレースのプレッシャーは生半可なものではない、ともいう。次戦バレンシアGPのグリッド上で、ミルが直面するのは前向きなプレッシャーだろうか、それとも。答えはバレンシアGPの日曜日に明かされるだろう。

■クアルタラロ「今日、チャンピオンシップを失った」
 ヨーロッパGPについて触れるなら、ヤマハ陣営について書かねばならないだろう。まず、木曜日にはヤマハの技術的な変更において、必要な承認を得なかったことからペナルティが科された。

 これについて少し詳しく補足しておく。motogp.comで公開されているヤマハのモーターレーシング・マネージメントディレクターのリン・ジャービスが語っているところによれば、問題の焦点はエンジンのバルブだったということだ。「2社によって製造された同一仕様のバルブ」だったのだが、承認を得ていたのは一方のみだった。日本のヤマハの判断の誤りだった、という。

 このペナルティにより、ヤマハはコンストラクターズタイトルのポイントから50ポイントはく奪。また、モンスターエナジー・ヤマハMotoGPは20ポイント、ペトロナス・ヤマハSRTは37ポイント、チームタイトルのポイントからはく奪された。

 承認を受けていないバルブが用いられているエンジンは、シーズン序盤からほとんど使用されていないという。シーズン序盤に、ヤマハのエンジン使用基数が話題になったことを覚えている方もいるだろう。その問題の根幹はここにあったというわけだ。そのため、今季は5基のエンジンでシーズンを戦わなければならないところ、エンジンのマネジメントが苦しくなってしまった。

 この話題は、今大会で6基目のエンジンを投入せざるをえなくなったマーベリック・ビニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)につながっていく。ビニャーレスは6基目のエンジンにより、ヨーロッパGPはピットレーンスタートとなった。コンセッション(優遇措置)を受けないマニュファクチャラーの場合、今季は5基のエンジンで戦わなければならない。その上限を超えたために科せられたペナルティだった。

 ビニャーレスは初日セッション後、アラゴンGPですでに厳しい状況だったと明かしていた。

「アラゴンではもうエンジンがなかった。テルエルGPでは、ひとつしかエンジンがなく、それはずいぶん長い距離を走ったものだった。それで、少ない周回しかできなかったんだ」

「もしかしたら、大変な転倒を喫してしまうかもしれない。それで、新しいエンジンを投入した。安全のためにね。新しいエンジンではあるけれど、関係ないよ。スピードは同じだから」

 モータースポーツは、ほかのスポーツに比べて使う物(=バイク)が占める比重が大きい。ヨーロッパGPまでチャンピオンシップのランキング3番手につけていたビニャーレスは「タイトルは難しいだろう」とも言った。ビニャーレスは取材を受ける際、あまり表情も声色も変えない。このときも、淡々としたものだった。けれど、その胸中は計り知れないものがある。

 そしてまた、チャンピオンシップのランキング2番手につけているクアルタラロにとっても、ヨーロッパGPは不運のレースとなった。いや、レースばかりではない。週末を通じてまったくと言っていいほど上位に浮上できなかった。予選では今季ワーストグリッドの11番手。予選日のあとには「フィーリングはゼロだ」とコメントしていたくらいだ。

 そして決勝レースでは、1周目に転倒を喫した。レースに復帰したものの、結果は14位。2ポイントもぎとるのが精いっぱいだった。

 1周目のクラッシュでは前を走るアレイシ・エスパルガロ(アプリリア・レーシング・チーム・グレシーニ)がクラッシュし、そのために「ちょっとブレーキをかけないといけなくて、それでクラッシュしてしまった」のだという。転倒後はスターティング・デバイスに問題が発生してしまい、マシンが沈みこんだままレースをしなければならなかった。普段は前向きなコメントが多いクアルタラロだが、この日ばかりは少し違っていた。

「今日、チャンピオンシップを失った。アラゴンGPではよかったというわけじゃないけれど、でも、フロントの空気圧を下げてスタートしたかったんだ。でも、ヤマハの規定で、彼らはノーと言った。僕にとっては人生で最悪のレースだったよ。0ポイントだった。あのレースは5位、6位争いができたと思うんだ」

 クアルタラロがさかのぼってまで言及していたアラゴンGPは、ポールポジションからスタートしてずるずると後退し、18位で終えたレースだった。確かにレース後、「フロントタイヤの空気圧が異常だった。コントロールできなかった」と語っていたのだ。クアルタラロは、アラゴンGPをよほど悔やんでいたのだろう。そして、ヨーロッパGPでは何をやってもうまくいかないという状況に陥り、決勝レースでは転倒。チャンピオンシップのランキングトップにいるミルとは、37ポイントの差が開いてしまった。

 もうひとり、トラブルとともにレースを終えたライダーがいる。バレンティーノ・ロッシ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)だ。PCR検査で陽性の結果が出たために第11戦アラゴンGPからレースを離れ、ヨーロッパGPの予選日から3戦ぶりに復帰した。「24日間も家で、ひとりで過ごしていたんだよ」と語っていたロッシ。

 決勝レースでは、マシントラブルによってリタイアを余儀なくされた。気になるトラブルの内容だが、ロッシがレース後に語ったところによれば、エンジンではなく電子制御についての問題だった、ということだ。

 シーズンは残り2戦である。冒頭でも触れたが、ヨーロッパGPはシーズンの大きな節目になったのだろうか。