2020年11月09日 10:21 弁護士ドットコム
「ちょっと1000円借りるわ。明日返すから」。
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神奈川県内の私立大学に通う大学生のユカリさんは、アルバイト先で先輩(20代男性・アルバイト)の信じられない言動を目撃した。
ユカリさんによると、その日、先輩は財布に所持金が数円しかなく、帰れなくなっていた。
そこで先輩が思いついたのが、レジのお金を「借りる」ことだった。
たまたまその日は先輩がレジ締め業務をしていたため、店長をはじめとする社員に気づかれることなく1000円を「拝借」したという。
翌日、先輩は早番のシフトを入れており、レジ開けの担当だった。そのため、このときも社員にバレることなく1000円を返金したそうだ。
「本当に大丈夫なんですか?と何度も先輩に聞きました。それ、犯罪じゃないの?と思ったので…」とユカリさんは話す。
先輩の行為は犯罪にあたるのだろうか。また、それを止めることができなかったユカリさんも責任を問われるのだろうか。刑事事件に詳しい星野学弁護士に聞いた。
ーー先輩の行為はなんらかの犯罪にあたる可能性はあるのでしょうか。
たとえレジから抜いたのが1000円と低額であったとしても、先輩の行為は窃盗罪(刑法235条)にあたります。
お金を管理する立場にあるのは店長をはじめとする社員であり、アルバイトである先輩はお金を管理する立場にないと思われます。そのため、他人の管理するお金を盗んだということで窃盗罪になります。
なお、横領罪は自分の管理している他人のお金を使ってしまった場合に成立するので、先輩がお金の管理の責任者でない限り横領罪は成立しません。
ーー先輩としては、翌日1000円を返すつもりであり、実際に翌日に全額を返金しています。そのため「借りただけ」という認識のようです。それでも窃盗罪が成立するのは、なぜでしょうか。
窃盗罪は「故意犯」なので、窃盗の故意(認識)がなければ成立しません。たとえば、お店のお金をポケットに入れたことを忘れて帰ってしまったとしても、これは過失(ミス)なので窃盗罪は成立しないことになります。
ただ、すこし難しくなりますが、窃盗罪が成立するためには先ほどの「窃盗の故意」に加えて「不法領得の意思」があることが必要となります。
この不法領得の意思とは、裁判例や学説によれば「権利者を排除し他人の物を自己の所有者と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」であるとされています。
たとえば、勤務先で同僚の了解を得ずに同僚の私物のカッターを使ってしまったからといっても窃盗罪は成立しません。これは、使ったらすぐに返却するつもりであり、カッターを確定的に自分のものとする意図(権利者を排除)はなかったので、不法領得の意思がないと評価されるからです。
ーー今回のケースの場合は「不法領得の意思」があると評価されるのでしょうか。
そうです。先輩は帰宅のためにいったんお金を使ってしまい、翌日、使ったお金とは別の自分のお金を返金していますよね。
そうすると、先輩の行為は店長をはじめとする「社員」というお金を管理する権利者がお金を使うことをできなくしたうえで(権利者を排除)、そのお金を交通費等の支払にあててしまっています(経済的用法に従い処分)。
そのため、不法領得の意思ありとなり、窃盗罪が成立します。
これに対して、レジに珍しい2000円札が入っていたので家族に見せようとして自宅に持ち帰ったような場合には、持ち帰ることで権利者が使えなくなっていますが(権利者を排除)、それを何かの代金の支払等(経済的用法に従った処分)に使ったわけではないので、不法領得の意思がないとして窃盗罪は不成立になる可能性があります」
ーー窃盗罪が成立するならば、実際に先輩が刑事責任を問われる可能性もあるということでしょうか。
ただちに先輩が刑事責任を問われるとは考えられません。
金額が低額であることや翌日に返金していることなどの事情があるので、お店側が問題視しなければそもそも警察沙汰にはならないでしょう。
仮にお店が警察に被害届を出したとしても、お店として反省してもらいたいという気持ちはあるものの実際に刑事処罰までは求めるつもりはなかったというような事情があれば、警察による注意くらいで終わるのが通常でしょう(これを「微罪処分」といいます。なお、未成年者には微罪処分はなく、警察沙汰になればいわゆる「全件送致」といって全て家庭裁判所で手続がおこなわれます)。
ただ、実は先輩が何度かレジからお金を盗んでおり、今回はユカリさんに見つかったために交通費が足りないといってごまかしたような場合には、たとえ翌日に返金したとしても刑事責任を問われる可能性があります。
ーー先輩を止めることができなかったユカリさんも責任を問われる可能性はありますか。
ユカリさんが刑事責任を問われる可能性はありません。先輩の行為について関わっていませんので、共犯になることはないためです。
一般的には、犯罪行為を止めなかったことが「不作為犯」として犯罪になる場合があります。しかし、ユカリさんには特に先輩の行為を止めなければならない法的義務まではありません。したがって、先輩の犯罪行為を止める義務を果たさなかったという事情がないので、刑事責任は問われません。
ただ、先輩から「店長に見つかるとまずいので、店長が来ないか見張っていて」と頼まれて見張っていたような場合には共犯(幇助犯)として刑事責任を問われる可能性があります。
【取材協力弁護士】
星野 学(ほしの・まなぶ)弁護士
茨城県弁護士会所属。交通事故と刑事弁護を専門的に取り扱う。弁護士登録直後から1年間に50件以上の刑事弁護活動を行い、事務所全体で今まで取り扱った刑事事件はすでに1000件を超えている。行政機関の各種委員も歴任。
事務所名:つくば総合法律事務所
事務所URL:http://www.tsukuba-law.com