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【特集】トヨタが作る未来のクルマ? 新型「ミライ」とは 第1回 トヨタの燃料電池自動車「ミライ」がイメチェンする理由

2020年11月02日 07:01  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
トヨタ自動車が燃料電池自動車(FCV)の「MIRAI」(ミライ)をフルモデルチェンジする。その名の通り近未来的だった初代からイメージを変え、新型の見た目はオーソドックスなセダンといった感じに。水素で走る未来のクルマは、なぜ2代目で方向性を変えたのか。

○水素で走るクルマの普及に向けて

FCVとは、搭載する燃料電池で水素と酸素を反応させて電気を作り出し、モーターを回して走る自動車だ。電気で走るという意味では電気自動車(EV)と同じ仕組みだが、水素はEVの充電に比べて短い時間で充填できるのが特徴。例えばホンダのEV「ホンダe」は、急速充電を行った場合、30分程度でバッテリーを約80%まで充電できるとしているが、初代ミライは約3分で水素の充填が可能だという。

FCVに乗るうえでネックになるのは、肝心の水素を充填できる水素ステーションの数が少ないことだ。2020年7月現在で、全国には157基(うち計画中が26基)の水素ステーションがあり、2025年度までには320基程度まで増えるとされているものの、ガソリンスタンドは全国に約3万カ所、EVの充電設備は3万基以上というので、FCVのインフラが不足していることは間違いない。

そんな状況ではあるが、トヨタは水素を「将来の有効なエネルギー」と位置づけている。商用車(トラックやバス)で水素の使用量拡大を図りつつ、乗用車であるミライは量を出して普及させ、水素の社会受容性を上げていきたい意向だ。つまり、新型ミライはFCVの普及という使命を帯びたクルマなのである。FCVが普及し、水素の使用量が増えれば、インフラ整備にも拍車がかかる。そんな相乗効果が狙いだ。

○FCVであることは魅力の一部?

「目指したのは、本当に欲しいと思ってもらえるクルマ。FCVであることは魅力の一部です」。新型ミライの開発責任者を務めたトヨタの田中義和チーフエンジニアによれば、新型ミライではクルマの本質的な価値を追求したという。走りと美しさを兼ね備えた上質なセダンとするべく、開発ではプラットフォームを一新し、燃料電池ユニットは全て新設計として、レイアウトもゼロから見直した。

デザインはリア駆動のセダンとして正統派のスタイルで、初代の新進的な姿に比べると、よりクルマっぽい形になったといえそう。ロングノーズ、ショートデッキ、ワイド&ローなど、クルマの格好を表現する古典的な言葉がピタリとはまるたたずまいだ。

走りは新感覚だと田中さん。「新プラットフォームとFCスタックの出力向上、理想的な重量バランス、細部までこだわった剛性向上で、リア駆動ならではの滑らかさ、力強さ」を追求したという。ガソリンエンジンを積んでいないのでブーンという走行音は聞こえないが、アクセル開度などに合わせて人工の走行音を鳴らす機能も搭載している。

新型ミライは水素を満タンにすると約850キロ走れる(WLTCモード)。初代は約650キロだったので、約3割増しだ。水素のタンクは初代の2つから3つに増えている。航続可能距離850キロというのは、東京から大阪に安心して乗って行けるくらいの性能だ。

初代ミライの価格は740万9,600円だった。ここに国と自治体から補助金が入るので、地域によっては300万円くらいは安く買えたそうだ。新型の価格は非公表だが、開発陣の何人かは「初代よりも高くはできない」と口をそろえていた。ただ、補助金がどのくらいになるかはまだ不明で、開発陣からは「半分くらいになるかも」との言葉も聞いたので、実質的には新型の方が高くなるのかもしれない。売り方としては、法人や役所へのリースよりも個人向けに販売する(売り切る)台数が多くなりそうであるとのこと。初代も割合としては個人向けの方が多かったそうだ。

水素ステーションは東京、大阪、名古屋、福岡、福島の5都市を中心に整備が進んでいるというが、現時点でFCVを買う人のほとんどは、ガソリンで走るクルマやEVなどに乗る人よりも、燃料を入れるという観点で不便な思いをするはずだ。そんな中で、FCVの普及という難しい課題に挑戦するのが新型ミライである。

普及させるためには、「FCVだから」という理由で買ってもらうクルマではなく、「いいクルマだから」と思って買ってもらえるクルマにしなければならない。そんな思いからトヨタは、新型ミライをこの方向性で開発したのだ。「燃料電池車に対する先入観を取り払って、一度、乗ってみていただきたいんです。FCVはキワモノだと思っている方、水素ステーションがなくて不便だろうと思っている方、そんな方にこそ乗ってもらいたい」。これが田中チーフエンジニアの思いだ。

ただ、ちょっと気になったのは、自動車業界で今、EV開発競争が活発化しているということだ。FCVを作るのも大切だとは思うのだが、EVのラインアップをそろえるのが先決なのではないだろうか。この点について聞いてみたところ、田中さんの答えは以下の通りだった。

「EVは、やっています。近い将来、発表済みのSUVタイプを含め、トヨタのEVがずらずらと登場してきます。ただ、FCVは逆に、トヨタがやらなければなりません。うちがやらないと、せっかくの水素ステーションも止まりかねませんので、FCVは適切なタイミングで出していく必要があるんです」

トヨタは年間550万台の「電動車両」を販売するという目標を掲げている。当初は2030年までに達成するとしていたこの目標だが、現時点では5年くらい前倒しになりそうな情勢だ。550万台というのは、トヨタグループのグローバル販売台数の約半分を意味する数字である。

電動車両にはハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、EV、FCVが含まれる。550万台のうち、EVとFCVで100万台を売りたいというのがトヨタの考えだ。FCV全体では年間3万台の生産能力を構えるそうなので、新型ミライを初代よりもハイペースで販売しないと、せっかくの生産ラインも力を発揮できないことになってしまいかねない。

この3万台という数字について田中さんは、「FCユニットは数を出さないと価格が下げられませんが、年間3万台は十分に『量産』ですから、コストを下げることができます。その量産効果をバスやトラックにもいかしていきたいですし、その効果があれば、SUVタイプのFCVなども、欲しいという声があれば作れます」と話していた。(藤田真吾)