トップへ

付添犬、被害少女ケアのため「刑事裁判に初出廷」…弁護士ら実現に奮闘、日本にまだ4頭

2020年11月01日 10:02  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

虐待を受けた子どもが刑事裁判で証言する際に、精神的負担をやわらげるため、「付添犬」の法廷への同伴が許されたーー。


【関連記事:「歩行者は右側通行でしょ」老婆が激怒、そんな法律あった? 「路上のルール」を確認してみた】



こんな異例のケースが報道で紹介されると、大きな話題になった。



子どものために、犬を裁判手続きに入れる。アメリカでは珍しくなくなっている対応を日本で実現するためには、医師や獣医師、そこに加わった女性弁護士らが積み重ねた6年越しの努力が必要だった。(構成=編集部・塚田賢慎)



●日本初の快挙



被害者が証人として裁判に出廷する。必要な手続きではあるが、事件を振り返ることは、大人であってもつらく、それが幼い子どもであれば、ことさら緊張をしいられる場面だ。



そんな負担を少しでも緩和するべく、画期的な取り組みがなされた。



8月、関東地方の地裁の法廷で、10代女性の本人尋問がなされた。男性から虐待を受けたとされる児童福祉法違反の刑事裁判だ。



落ち着いて証言した女性の足元には、1頭のゴールデンレトリバーが寝息を立てて眠っていたという。この6歳のオス「ハッシュ」こそが、おそらく日本初の「法廷に入った付添犬」だ。



尋問期日、被害女性には、ハッシュ、付添人である弁護士、ハッシュのハンドラー(犬の管理者)、医師、支援者らが付き添っていた。



付添医師、付添人、付添犬を派遣したのは、NPO法人神奈川子ども支援センターつなっぐだ。



代表理事の飛田桂弁護士は「付添犬を刑事裁判手続きに入れるには、5年以上かかりました」と話す。



「つなっぐ」が最高裁に確認したところ、「最高裁としても把握していない」との回答を得たという。日本で初めてのケースとみられる。



●付添犬とは

「付添犬」とは、付添犬認証委員会が2020年7月に作った新しい言葉だ。日本ではハッシュを含め、4頭が活動している。



アメリカでは、虐待や事件の被害者になった子どもの負担を軽減するため、司法面接や裁判所での証人尋問で、「コートハウス・ファシリティ・ドッグ(CFドッグ)」という犬が子どもに寄り添う役割を果たしている。



このモデルを日本にも取り入れようと、多くの人や団体が手弁当で尽力してきた。





2014年に、児童精神科病棟での犬セラピーの経験から犬の力を実感していた新井康祥医師と吉田尚子獣医師が、家裁の調査官調査にセラピードッグを導入できないかと検討を始めた。



その後、丸山洋子医師と山本真理子講師が加わり、彼らはアメリカに渡り、CFドッグ育成の基準を定める機関「コートハウスドッグズ・ファウンデーション」と連携を図りながら、日本の司法制度に適応できる体制をととのえるため、勉強会を始めた。



アメリカのいくつかの州では、裁判所に導入するためには、この基準をクリアしたCFドッグでなければならないとする条例が制定され、制度が厳格に運用されているという。



2016年になって、丸山洋子医師に声をかけられて、子どもの虐待に取り組む飛田弁護士が、この取り組みに参加し、司法との大きな架け橋となった。



日本全国で、医師、刑事裁判の裁判官や、家裁の調査官、児相の職員、弁護士らを呼び、CFドッグの実践例と、地裁に犬を入れることを目標として議論・検討を進めた。



「アメリカの裁判所に行くと、子どもが参加する法廷にスヌーピーの絵が飾られているし、裁判官も飲み物をストローで飲みながら、和やかな雰囲気です。日本の地裁ではそのようにチャイルドフレンドリーではありません」(飛田弁護士)



●付添犬のあゆみ

2020年9月現在、付添犬は10回以上、児童相談所などに派遣されているが、裁判手続きに付添犬を入れるには高いハードルを越えなければならなかった。



活動当初、東海地方の女児が、面前DVによる被害の影響で家庭裁判所の調査官調査を受けられない事態になった。調査官調査を受けられないまま、ただ家裁の手続きが進み、女児の気持ちとは異なる審判が下る可能性が高まった。



そこで、新井医師及び吉田獣医師が、セラピー犬の付き添いを提案した。調査官調査そのものへの付き添いは認められなかったが、調査官調査の前後で、日本動物病院協会のセラピー犬の派遣が認められた。





病院の一室に入ったセラピー犬は、多くの大人がいるなかで、女児にかけよったという。



「部屋で誰が一番緊張していて、助けてほしいか、わかっているかのようでした」(吉田獣医師)



そして、女児は調査官調査を初めて受けることができた。



「結果はまさに奇跡のようなものでした。正直、直前の診察でも話すことはできなかったため、今回の調査も失敗するだろうと予測していました。それがこれまで見たことのない明るい表情で、堂々と自分の意見を伝え、面接を終えてきました」(新井医師)



後日、吉田獣医師のもとに、女児本人から手紙が届いたという。



「めんせつに来たときと、する前、気持ちがぜんぜんちがいました。する前は心が痛くて痛みだけではきそうだった…でも犬にあったら、世界がかわるようにそんな心が変化しました。(中略)めんせつが終わって、犬に会えたとき。がんばってよかったと思いました。先生、これからもがんばってください!」



●一進一退



その数年後、刑事裁判手続きへの付き添いとして、被告人質問を遮蔽の中から傍聴したい、という別の女児からの依頼があった。傍聴による二次被害も懸念されたが、女児の気持ちも大切にしてあげたい。どうか女児と一緒に犬も入れてくれないだろうかーー。



地裁に、犬の履歴書や、アメリカのCFドッグの資料を提出し、要請した。すると地裁の総務部は「OK」を出して、残るは裁判体の判断となった。



法廷参加の準備のため、女児は、会議室で、日本動物病院協会のセラピードッグであるフランとハンドラーの田野裕子さんと対面した。



「フランと会って、ホッとしたお子さんの顔を見たときは、安堵の気持ちでいっぱいでした」(田野さん)



しかし、残念ながら、結局は傍聴の機会そのものがなくなってしまった。



目の前に見えた機会は失われたが、それでも新井医師、丸山医師、吉田獣医師、山本講師と飛田弁護士は、全国で勉強会を開催し続け、そのときまで万全の準備を進めた。





●ワンストップセンターの設立

2019年4月、前述の、弁護士や医師、社会福祉士による、虐待児童支援のNPO法人「神奈川子ども支援センターつなっぐ」(代表理事:田上幸治医師、飛田弁護士)が設立された。



事件・トラブルに巻き込まれた子どもが、病院・警察・裁判所など関係各所で同じことを何度も尋ねられることは、精神的な二次被害となりえる。また、各機関が入手した情報は子どもに原則として還元されない。



そのため、「ワンストップ」で捜査手続きや身体的・精神的ケアを受けられるようにし、情報を子どもの手元におくことが目的だ。警察・検察、医療機関、行政、児童相談所、弁護士が、子どもと子どもを支援する「つなっぐ」を基点として、円滑に連携することを目指している。



現在、子どもの継続的な支援まで行うワンストップセンターがないため、依頼があれば、できる範囲で全国の事案を取り扱っている。主な活動は関東及び東海地方である。



2019年、「つなっぐ」設立と同時に、法人の中に「コートハウスドッグ準備委員会(付添犬認証委員会の前身)」を設置した。2020年6月には、日本動物病院協会に加え、新たに日本介助犬協会とも提携を果たし、より安定した犬とハンドラーの供給が可能となった。



●付添犬によるふれあいの拡大 児童相談所の取り組み

2019年に名古屋市中央児童相談所の常勤弁護士である橋本佳子弁護士が架け橋となって、児童相談所における勉強会が実施された。



2020年からは、丸山医師が同児相に常勤医師として勤務するようになったことにより、捜査機関に対して一時保護された子どもが供述をする協同面接の前後において、付添犬が派遣されるようになった。



「不安や緊張感でいっぱいだった子どもが、犬と触れ合うことで柔らかい表情に変化していきました。精神的に安定して、子どもが事実について話をすることができれば、児相のみならず、法曹三者にとっても良いことではないでしょうか」(橋本弁護士)



「理不尽で不条理な体験を積み、無力感に打ちひしがれた子どもに、一頭の犬が計り知れない力を与えてくれます。子どもたちと犬が触れ合う時間を取り、この機会が子どもにとって少しでも楽しい記憶と結びつくよう、児童相談所で試験的な取り組みを始めています。司法関係者には、ぜひこのような活動を知っていただき、ご支援いただきたいと思っています」(丸山医師)



●寝ていることが安心につながる

冒頭の裁判の事件に話は戻る。





刑事手続きに入ることを地裁から許可された「付添犬ハッシュ」に会いに、日本介助犬協会を訪れた。案内してくれたのは、ハンドラーを務めた協会の桑原亜矢子さんだ。



ハッシュの首輪にはリードが2本つながっている。1本はハンドラーの桑原さんが握り、もう1本は女性が握った。開廷前後にハッシュを触って心を落ち着かせる。いざ、証言が始まると、リードがハッシュとのつながりだ。それが心の安定になる。



また、犬のぬいぐるみも女性は膝に置いていた。「ぬいぐるみはもともと持ち込みOKと判断されることが多いと聞いています。裁判所による負担軽減は始まっていたんですね」(飛田弁護士)



実は、裁判所に入った犬は、ハッシュの他にもう1頭いる。開廷前に、グラディスという別の付添犬が待合室で女性の相手をした。法廷に入ることをもともと許可されていた犬は、前述したフランだった。



あいにくフランは体調不良のため、補欠として登録していたハッシュが代打を務めることになり、見事その役目を果たした。



だから、厳密には「法廷(刑事手続き)に入った付添犬」は1頭で、「裁判所に入った付添犬」は2頭で、「裁判所に許可された付添犬」は3頭になる。





●付添犬は「野比のび太」が求められる世界

ハッシュは当初、介助犬として育成されていたが、適性をみて、途中から病院での活動や、介助犬のPR活動で活躍するようになった。付添犬は介助犬を目指した犬のセカンドキャリアにもなる。



「人が大好きで、撫でてもらいたいんです」(桑原さん)。人なつこい性格で、初対面の記者が相手でも、ヨシヨシとさわることを許してくれた。写真のリクエストにも自在に応じ、人間たちが頭上でインタビューをしていても、かたわらで飽きずにジッと眠っている。利口で穏やかな犬だ。



「介助犬のなかには、温和で寝ちゃうのが得意なワンちゃんもいて、それは介助犬としてはおそらく適切ではないんですけど、付添犬としては、どこでもグーグー眠ってくれるのが大切な素質なんです」(桑原さん)



取材中も寝息をたてていたが、実は裁判のときも被害女性のかたわらで1時間半以上眠っていたという。それが被害者の安心につながるのだ。





たとえば、介助犬は全国に約62頭(2020年4月1日現在)しかいない。育成費は、1頭につき240万円かかると言われている。付添犬の数はいま、4頭。生き物ゆえに、体調次第では、助けが必要なときに出動できないことだってある。



安定した活動のためには、付添犬の数が必要だ。そこで、日本介助犬協会では、クラウドファンディングも実施(10月30日まで)。430万円もの支援金が集まった。「当初の目標は達成しましたが、安定的にたやさずやるには、適性のある子を常にキープしないといけません」(桑原さん)



取材をした9月8日、ツイッターで「付添犬」と検索してみると、わずか4件の投稿しか確認できなかった。



それがどうだ。共同通信が10月6日に成果を記事にすると、付添犬は見事トレンド入りした。



11月3日には、日本動物病院協会の年次総会において、付添犬のオンライン講座も予定されており、社会的反響を後押しとして、このまま導入を全国的に広めていきたいと考えている。



●全国へ広がってほしい

飛田弁護士は、付添犬がひとつの地方裁判所だけでなく、全国レベルで広がってほしいと話す。



付添犬の基準を審査するのは、付添犬認証委員会になる。しかし、最終的に法廷に入れるかどうかは、裁判所が判断するところだ。





「これは法制度が必要ではないかと思います。国としてやるべきでないかと。



裁判所に必ずいる存在になってほしい。そして、将来的には、警察署にも付添犬を入れたい。捜査の初動の部分は、被害者、子どもにとってハードルが高い。なにより、警察にはすでに警察犬がいます。先の話かもしれませんが、そのような展開を願っています」




【取材協力弁護士】
飛田 桂(ひだ・けい)弁護士
神奈川県弁護士会所属
事務所名:ベイアヴェニュー法律事務所
事務所URL:https://bay-ave.jp/staff