2019年3月に「Abema Towers(アベマタワーズ)」(渋谷・宇田川町)への本社移転を果たしたサイバーエージェント。ここで3000人の社員が勤務していましたが、新型コロナ禍の今年3月末からしばらくの間は、ほぼ無人の状態が続きました。
緊急事態宣言が解除された後は、6月に「原則リモート」を解除。現在は週3日をオフィス出社日、週2日を全社員がリモートワークを行う「リモデイ」(在宅勤務推奨日)としています。
やろうと思えばできるはずのIT企業が、フルリモートへの移行に慎重に見えるのはなぜか。そこには安易な横並び感覚で流行りに乗らないサイバーエージェント流の、並々ならぬこだわりがあったようです。(キャリコネニュース編集部)
感染対策にとどまらない“次世代の働き方”を議論
「ステイホーム」が呼びかけられる間、多くの企業ではコロナ禍が事業に与える悪影響を試算し、採用中止やコストカットなどの守りの施策を固めていました。
同じころサイバーエージェントでは、ドラフトで選抜された社員とともに、役員が藤田晋社長に新規事業案や経営課題の解決策を提案し、チームに順位をつける「あした会議」がオンラインで初めて開催されています。
ここで提案されたのが、社員の新しい働き方を検討する「次世代ワーク推進室」の設置。初代責任者に任命された専務執行役員の石田裕子さんは、プロジェクトの趣旨をこう説明します。
「社員の働き方をどう考え、サイバーエージェントらしい制度をどう作るかという話は、これまでも通常課題として議論してきました。それを感染対策としてではなく、コロナによって働き方が抜本的に変わるであろうこのタイミングで、中長期的に見た“次世代の社員の働き方”に視点を置いた議論を始めようとなったのです」
2ヶ月間のフルリモート期間では、さまざまなメリットが判明しました。オンライン会議の利便性や移動コストの削減、通勤ストレスの軽減など予想以上の効果があったそうです。
一方で、デメリットも。全面リモートワークにするには「成果主義」や「個人主義」に振りきる必要があること、「チームワーク」や「熱量」「一体感」が損なわれるおそれがあることも見えてきました。
これを踏まえ、緊急事態宣言が明ける前の5月の役員会議では、ひとつの意思決定が下されます。それは、リモートワークの良いところは取り入れつつ、原則リモートの状態から「通常に戻す」ということでした。
横並びで事を決めず、自社の強みにこだわる
次世代の働き方を「成果主義への移行」と捉え、多くのIT企業がリモートワークへシフトしていく中で、同じようにリモートワークに完全に移行すると予想していた石田さんは、この決定に驚いたそうです。
「意思決定で大事にされていたのは、《業績を伸ばすには?》とともに《自社のカルチャーや企業風土に合うのは?》という観点でした。流行りに追随するのではなく、自社の文化やコミュニケーションの取り方、チームワーク、一体感といった《サイバーエージェントのよさ》が活きる働き方はどちらなんだろう、ということを冷静に見極めたときに、こういう決定になったのだと思います」
2月から全面リモートワークに入る会社も少なくない中、サイバーエージェントが踏み込んだのは3月下旬から。意外と遅い印象を受けますが、石田さんによると「ぎりぎりまで検討を続けていた」のだそうです。
「リモートワークをやりましょう、ということ自体は簡単です。IT企業でもあるので、遠隔で仕事ができないことはない。でも、全社員がリモートワークになることで、業績へのインパクトはどのくらいになるか、働きにくくなる人へどう配慮するのか、セキュリティリスクをどう担保するのかなど、大事なことを決めないまま踏み込むことはしなかったのです」
決して横並びで事を決めず、自社の強みを失わないという軸を守るサイバーエージェントのこだわりが現れています。
6月の原則リモートワーク解除後は、「感染予防の徹底」「3密を避ける時差出勤」とともに、「9人以上の会議・会食はオンライン」「毎週月曜日をリモートワークの日に指定(リモデイ)」が基本ルールに。社員の評判がよかったリモデイは、7月から週2日に増やしています。
「社員が楽しくいきいきと働く状態」を保つ
石田さんは、オフィス(対面)とリモートを混在させる「ハイブリット型の働き方」を考えるため、それぞれの特徴を洗い出していました。
リモートワークは集中的なタスク処理には向いていますが、オフィスの方が緊密なチームワークを構築しやすい、といった違いが見えてきます。
継続的な成長を実現するためには、社員が楽しくいきいきと働けている状態が欠かせない――。そう考えているサイバーエージェントでは、「リモートワークの環境下でも“熱量の高い組織”を創る」ことは、次世代ワーク推進室のゴールにもなっているそうです。
「“チーム・サイバーエージェント”という言葉がありますが、組織の熱量高く、社員同士がお互いいいところを尊敬し合いながら、チームとして成果を出していくという考えが根底にあります。決められたジョブ・ディスクリプションの中で自分の仕事だけやっていればいい、という文化ではありません」
組織の熱量というと、営業など特定の部門では重要ではあるものの、管理部門などは冷静に粛々と業務をこなせばいいと考えがちですが、サイバーエージェントには「そのような例外はない」とのこと。
「私の属する全社機能でも“チャレンジ8割、ルーティン2割”という標語を壁に掲げています。事業部や職種にかかわらず、組織を盛り上げながら、変化し続ける文化がもともとサイバーエージェントには根付いています。それは新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の状況下でも変わりません。
次世代ワーク推進室では、新しい働き方提案に加え、これまでのリモートワーク下で組織や個人で培った工夫やノウハウの集約・発信を通じて、新たな社内コミュニケーションを模索して行くつもりです」
変化に対応し続け、第三の新しいやり方や仕組みを創る
サイバーエージェントの慎重さやこだわりを強調してきましたが、事業環境の変化に対する対応の速さや柔軟さは他社を大きく先んじています。
「あした会議」での決議のもと、コロナ禍を機会に変える新規事業が続々と立ち上がりました。エンタメ業界の収益化のデジタルシフトを支援する新会社OEN(オーイーエヌ)を4月27日に設立。官公庁・地方自治体向けDX推進の専門部署「デジタル・ガバメント推進室」も同じ日に設置しています。
巨大LEDウォールによる高精細CGの背景空間での撮影ができる「LED STUDIO」を西五反田のカムロ坂スタジオに11月開設するなど、withコロナ時代を見据えたリリースが矢継ぎ早に出されています。
4月に入社した217人の新卒社員は、フルリモートでも充実したメニューの研修を行い、各部署に配属。オンラインを活用したオリジナルの育成プログラムの充実にも取り組んでいます。
他にも、入社以来リモートワークが続いた若手エンジニアのつながりを活性化しようと、新卒3年目までの179人が、事業部を超えたタテ・ヨコ・ナナメのつながりを構築する部署横断のプロジェクトをエンジニア自ら企画して立ち上げたそうです。
現在サイバーエージェントでは、評価の軸を成果とミッションという2つの軸に分ける「成果ミッション5対5」を10月よりテスト導入しています。ミッションとは、採用や育成、組織活性化などの全社貢献の動きを指し、個人の成果だけでなく組織貢献も業務としてきちんと評価することで、さらに強い個人、強い組織を創ることを狙っているとのことです。
「仮にコロナが落ち着いても、元の働き方にすべて戻すということは、もうないと思います。オフィス出社の良さとリモートワークの良さを踏まえながら、第三の新しいやり方や仕組みを創り出し、変化に対応し続けることが重要だと考えています」