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又吉直樹『劇場』は単なる“ダメ男と献身的な彼女の物語”ではない 不器用な2人の「生存方法」を考察

2020年10月24日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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〈いつまでもつだろうか。次に不安が押し寄せて来るのはいつだろうか。それを考えないように。視界が狭くなって叫びたくなったら今のこの感じを思い出せばいい。そしたら余裕ではないか。僕はちゃんとできている。あとは、なにも考えなければいい。朝まではもちそうだ。〉


 売れない劇作家である永田が、偶然同じように画廊を覗き込んでいたことをきっかけにして出会った沙希と別れた直後、電車に乗りながら思っていた言葉である。この瞬間、奇妙な人物として頭の中に登場させていた永田が、私の中に滑り込んできた。


 お笑いコンビ「ピース」のボケとして活動しながら、『火花』によって芥川賞を受賞し作家としても活躍する又吉直樹による2作目の作品である『劇場』。2020年の夏には映画化もされ、注目を集めた。


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 『劇場』の核には、劇作家の永田と、役者を夢見て上京した沙希の2人がおり、その核を取り囲むように永田の劇団仲間や沙希のバイト先の店員などが配置されている。始めは各々の生活を持っていた永田と沙希だが、同棲をきっかけにして時間を共有するようになる。しかし、距離の近さや、互いが外に持っている「社会」と関わる中での変化によって、2人が当初持っていた自然なテンポ感が徐々にずれるようになっていく。


 永田と沙希は、普通の価値観からすると少し奇妙なのかもしれない。たまたま画廊で同じ絵を見つめていたということをきっかけに、逃げる沙希のあとを追い話しかける永田も、それに怖がりながらも対応し、入ったカフェで永田の真似をしてアイスティーを飲む沙希も。しかし2人は初対面のその後も連絡を取り合い、同棲をするまでになる。まるで、パズルのピースがパチっとはまったかのように、2人は2人の世界を作ってしまう。


 沙希は自分の部屋を「ここが一番安全な場所だよ!」と言う。それは、外の世界では少し生き疲れてしまう2人を象徴しているかのようだった。


 しかし、人間はパズルのピースではないので変化していく。永田は自分の感情をどんどん表して沙希にぶつけ、沙希はそれを少しずつ減っていく笑顔で許す。もはやはまらない凸凹を無理やり合わせているかのような関係に転がっていく。沙希を笑わせることに必死になる永田は、「僕は沙希に、僕がのぞむ沙希でいることを強制していたのかもしれない。」と回想する。永田は2人の世界が崩壊寸前でいることに気づきながら、どうにか食い止めようとしていたのだ。その世界は結局壊れてしまうのだけど。


 『劇場』の構造を、ダメ人間な彼氏と献身的な彼女の物語、としてしまうのは簡単である。ところが、そんな簡単な説明で終われるほど、永田と沙希という人間は単純ではない。


 役者を志望して東京に来た沙希にとって、劇作家の永田は憧れていた東京そのもので、永田を受け入れることは、自分が東京にいる存在理由になっていたのだろう。永田にとってもまた、沙希は、世界から弾かれる自分を無条件で受け入れてくれる存在であり、救いであったのだろう。


 永田にとって沙希が必要であったように、沙希にとっても永田は必要だった。それは、若さゆえの共依存でもあるかもしれないけれど、「東京」という2人にとっては馴染みのない土地で生きていくための生存方法だったのかもしれない。悩んで、迷って、疲れて、それでも生きていくしかない彼らにとって、最後の拠点が互いの存在になっていたのだ。


 そんな不器用な2人は、演劇を通してようやく本音を言い合うようになれる。もっと早くここまで来られたら良かったのに、そうしたら間に合ったのに、と思ったりもしたが、もう間に合わないからこそ来られる場所もあるのだろう。2人がいた場所を「劇場」にすることで、そこにあった時間は幕が下りる。2人はまた各々で新しいストーリーを描き始めることができるようになるのだ。


 不格好だけれど、必死に生き抜く永田と沙希の姿に、私の姿がちらついて消えないままだ。


(文=ねむみえり)