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アニメ化果たした『池袋ウエストゲートパーク』 時代に左右されないヒーロー像を考察

2020年10月22日 18:42  リアルサウンド

リアルサウンド

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 石田衣良の「IWGP」シリーズには、特別な思い入れがある。なにしろ舞台が、若い頃によく遊んだ池袋だ。当時からオタクであったが、そういう人間でも、ちゃんと遊べるのが池袋のいいところ。名画座で映画を観て、古本屋を回り、安い飲み屋で仲間と一緒に高歌放吟する。青春の日々をおくった場所のひとつは、間違いなく池袋であった。だから1998年に「IWGP」シリーズの第1弾『池袋ウエストゲートパーク』が出たときは驚いた。


 池袋西口公園・西一番街・ホテルメトロポリタン……。自分が知っている場所が、次々と登場するではないか。もちろん東京を舞台にした小説は、それまでにも無数にあったが、なぜかこのシリーズを読んでいると、物語の片隅に己が通行人Aとして存在しているような気がした。だから作品にのめり込んだのである。


 しかも登場人物が魅力的だ。主人公は、工業高校を卒業した後、池袋西一番街にある母親の果物屋を手伝っているマコト。高校時代の友人に、池袋のストリートギャングを束ね、キングと呼ばれるタカシがいる。関係は良好だが、マコトはGボーイに加わることはない。誰に対しても態度を変えることなく、地元で独自の立場を貫いている。


 シリーズの第1話となる「池袋ウエストゲートパーク」は、そんなタカシが絞殺未遂事件を繰り返すストラングラー(首絞め魔)を追うことになる。内容の詳細は省くが、ミステリーとしてよく出来ていた。以後、マコトのもとに、さまざまな事件が持ち込まれ、これを解決するうちに、知る人ぞ知る存在になっていく。現代的な若者でありながら、強い正義感を胸に抱き、感情のままに動くマコトの活躍が楽しいのだ。


 また、マコトと人気を二分するタカシを始め、ヤクザ者のサル、情報屋のゼロワン、マコトの母親など、主人公を取り巻く人々も個性的。彼らとマコトのアンサンブルも、たまらない読みどころになっている。


 それとは別に注目したのが、物語の時間軸だ。現在も続いているシリーズだが、開始からすでに20年以上の歳月が経っている。


 「池袋ウエストゲートパーク」を見てほしい。「おれのPHSの裏側にはプリクラが一枚貼ってある」という、冒頭の一文だけで時代を感じることが出来るだろう。ところが最新刊『獣たちのコロシアム』は、タピオカミルクティ・ブームの話から始まる。そう、このシリーズは、現実と同じスピードで時間が流れているのだ。しかしマコトたちは、いつまでも変わらない。まるで主要人物だけ、時間を超越しているようなのだ。もの凄く、割り切った書き方をしているのである。だが、それによりマコトやタカシは、時代に左右されないヒーローとして、池袋の街に屹立しているのである。


 ところで作者は、シリーズ・ガイドブックである『IWGPコンプリートガイド』に掲載されたインタヴューで、「フレームが強固だったがゆえに、その時その時を象徴するような事件を入れることができた」といっている。


 たしかにシリーズは、舞台とキャラクターが強固であり、だからこそ多彩な題材を投入できたのだろう。ちょっと思い返してみただけでも、ストリートギャングの抗争、育児放棄、地域通貨、ラーメン・ブーム、ビルマ難民、ネット自殺、振り込み詐欺、シングルマザーなど、時代々々で話題になった題材が取り上げられている。時代を切り取る手腕は抜群なのだ。


 しかも作者は、題材の組み合わせ方が巧い。『獣たちのコロシアム』の収録作を例に挙げよう。「タピオカミルクティの夢」では、タピオカミルクティ・ブーム、大企業の追い出し部屋、若者への✕✕の蔓延が、見事に組み合わせられている。他にも「獣のコロシアム」では、児童虐待とダークウェブが結びつき、現代ならではの地獄絵図が露呈する。繰り返しになるが、常に“今”の空気が伝わってくるところが、シリーズの重要なポイントとなっているのである。


 なお、池袋を舞台としたシリーズが、映像映えすることは、いうまでもない。2000年に放送されたテレビドラマは、大きな人気を集めた。さらに今年の10月から、テレビアニメも放送されている。小説から始まり、マルチに展開する「IWGP」の世界に、いつまでも浸っていたいものだ。


■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。


■書籍情報
シリーズ最新刊『獣たちのコロシアム 池袋ウエストゲートパークXVI』
著者:石田衣良
出版社:文藝春秋
発売日:2020年9月3日
価格:本体1,500円+税
出版社サイト


<傑作選>池袋ウエストゲートパーク ザ レジェンド(文春文庫)
著者:石田衣良
出版社:文藝春秋
発売日:2020年10月7日
価格:本体950円+税
出版社サイト