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「コロナ離婚」の危機、夫婦の対話を改善するための方法  大手前大学・武藤麻美准教授に聞く

2020年10月20日 10:11  弁護士ドットコム

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新型コロナウイルスの感染拡大でリモートワークが浸透し、家で過ごす時間が長くなっています。そんな中でインターネット上では夫婦間の喧嘩が増えたという声も上がり、「コロナ離婚」という言葉まで生まれました。弁護士ドットコムニュースではこれまで法律的な観点から夫婦間のトラブルについて取り上げてきました。今回は心理学を専門にする大手前大学の武藤麻美准教授に、パートナーとの対話や物理的な距離の取り方を聞きました。(ライター・国分瑠衣子)


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●お互いのジェンダー観について話し合おう

ーー「コロナ離婚」という言葉が生まれるほど、夫婦間のトラブルが増えた要因は何だと考えますか。



「『コロナ離婚』について先に注意しておきたいことは、コロナはあくまできっかけで、コロナが原因で離婚に至るのではないということです。何らかの形ですでに存在していた夫婦間の問題がコロナの感染拡大防止に伴う在宅勤務の増加や休校、外出自粛などによって浮き彫りになってきたと考えられます。そして、この夫婦間の問題が露わになった原因として次の2点が考えられます。



1点目は在宅勤務が増えたことで、夫婦によっては家事シェアの配分がもともと対等でなかったりうまくバランスが取れていなかったりしたところに、さらに妻に家事の負担が集中したということです。特に共働き家庭の女性においては家事、育児、仕事 (テレワーク) を行うことになり例えば3食の食事作りなどこれまでよりもいっそう負担がかかることになりがちです。



以前から夫婦でよく話し合っていて家事の分担が対等で、うまくバランスが取れているカップルは基本的に大きく関係性は変わらず、互いに補い合って不安と緊張をほぐし合うことも可能です。



しかし、もともとどちらかが家事育児等の重荷を背負っていたカップルでは、すでに過重な負担がかかっていた人に在宅や休校による影響でさらなる負担が加わり、精神的な不満や体力的な限界など問題が深刻化したという点です。



2点目は、各自がパーソナルスペース(心理的な縄張り)を思うように確保できないことからフラストレーションがたまっていると考えられます。



例えば、テレワークを行う自分専用の部屋やスペースがないといったことや、オンとオフの切り替えがうまくできないといったこと、周囲の音が気になって仕事に集中できないといったことなどから、男女ともに在宅勤務によるストレスを感じてしまうと考えられます。



今回のコロナの問題(例えば感染拡大防止に伴う在宅勤務の増加や外出自粛など)が起きる前は、共働きまたは片働きをしていたことで、家族が自然に適度な心理的距離が取れていました。日中は別々の空間や時間を過ごし自分のペースやリズムを確保し精神的な安定やバランスを取ることができていたと考えられます。



しかし、急激な生活環境の変化が起き、一つの場所や環境を共有せざるを得なくなり、フラストレーションがたまってけんかなどを引き起こしてしまうのではないかと考えられます」



ーー家事や育児の分担を決めることで問題は解決しますか。



「テレワークが増えたことで家庭内の家事のシェアのあり方を再考する機会にもなるかもしれません。この機会に今後の家事・育児の配分について話し合うことも対策となるでしょう。



話し合いにあたってはもっと深い部分での話し合いが大事で、夫婦お互いのジェンダー観 (性役割態度)についても話し合うべきだと思います。ジェンダーとは社会的・文化的な性差のことをいい 、人間が生まれつき持つ生物学的な性差とは異なります。



例えば「女性は●●であるべき、男性は●●であるべき」といった社会的に期待・要求される役割や価値観なども含まれます。このジェンダー観は、人々の結婚観や教育観、職業観、社会観にも影響します。



例えば伝統主義的なジェンダー観を持つ人は、男性の居場所は職場で女性の居場所は家庭であるといった考え方や家事や育児は女性が担うべきといった考え方を強く持っています。一方、平等主義的なジェンダー観を持つ人は男女は平等であると考えており家事や育児を女性(妻)の役割と限定して考えない人といえます。



ただ、このジェンダー観は各自がこれまでの生活 や人生の中で長期間かけて次第に身につけてきた価値観であるため簡単には変化しません。そのため互いに容易なことではないですが相手のジェンダー観を尊重したうえで、どこまでが歩み寄ることができてどこまでは譲ることができないのか話し合うことが大切です。



どんなジェンダー観が正しく何が間違いかを決めることは難しいですが、女性が社会進出し長時間働くようになった今、例えば伝統主義的なジェンダー観に沿って仕事もしながら家事や育児も全て女性が担うということは、体力的にも精神的にも厳しいと考えられます。



また意外かもしれませんが、自分は平等主義的だと思っていても、潜在的には伝統主義的ジェンダー観を持つ人もいますし、逆のケースもあります。



価値観の固定化は女性だけではなく、男性にとってもしんどいことになります。男性が『自分が一家を背負わなければならない』と思い込み、それができないと自分を追い詰めたり、自尊心が低下したり、フラストレーションがたまったりしてしまう。そしてそのはけ口が暴力や暴言という形で子どもや妻に向かってしまう可能性もあります」



●攻撃的にならないための「Iメッセージ」

ーー夫婦のジェンダー観に違いがあると、一緒に生活することは難しい気もします。



「対話によって着地点を見出すことができると思います。誰もが『これは譲れない』こと、『ここまでは折り合える』ことがあると思います。コミュニケーションをとり、お互いを知ることが第一歩です。



大切なポイントは、コミュニケーションの方法です。最初に効果的ではない2つのコミュニケーションを紹介します。1つは『ノンアサーティブコミュニケーション(非主張的な自己表現)』という、本当は言いたいことがあるにもかかわらず自身を抑圧して、言い淀んでしまう状態です。本音が言えない状況ですね。



背景には自信のなさ、不安感があります。自分の気持ちを表現できないことで、自身への嫌悪感や劣等感を持ってしまいます。



もう1つ、効果的ではないコミュニケーションとして、相手を攻撃する『アグレッシブコミュニケーション(攻撃的な自己表現)』があります。相手の意見や気持ちを考えずに感情に任せて一方的に責めてしまう話し方です。



一時的にはすっきりするかもしれませんが、相手に自分の考え方を押し付けることに繋がったり、自分が攻撃的コミュニケーションに出ることで相手からも攻撃的コミュニケーションが返ってきて、そのやり取りが続きエスカレートすると大きな喧嘩やDVに発展する可能性もはらんでいます。関係性が最も悪化しやすいコミュニケーション方法と言えます。



お勧めしたいのは『アサーティブコミュニケーション(自他を尊重した自己表現)』です。英語で『I(私は)』『YOU(あなたは)』がありますが、相手に求める時に、例えば『あなたはお風呂を洗ってくれない』と言うのではなく『私はお風呂を洗ってもらえるとすごく助かる』と言ってみてください。



『あなたは●●をしてくれない』だと相手は自分が責められている、攻撃されている気持ちになってしまうので、『Iメッセージ』を勧めています。伝え方一つでコミュニケーションが円滑になります。子どもに対しても応用できると思います」



●怒りを感じた場面を紙に書くと、客観視できる

――とはいえ怒りを抑えきれない時もあります。



「怒りを感じることは人間にとって自然な感情です。自分が大切にされていない、理不尽に扱われるなど権利が侵害された時に感じる心理的な防衛反応です。自分の中で抑え込んでしまうのはよくありません。



ただ、感じた怒りを相手に攻撃的に伝えるのではなく、『Iメッセージ』を使うことが大事です。



ただそうは言っても『そんな余裕はない』という時もあります。その時は、今いる場所を一度離れて冷静さを取り戻してみてください。もう一つお勧めしたいのが怒りを感じた場面やその時考えたことや感じたことを紙に書き出すことです。数日間続けると、自分自身の感情を客観視できます」



ーーパートナーと物理的に距離を置くことも有効でしょうか。



「今も夫婦で在宅勤務という家庭もあり、いやおうなく向き合う時間が増えました。散歩やベランダ、庭の手入れは自分のパーソナルスペースを確保する良い方法です。ヘッドホンをつけて集中してドラマを見ることも自分の世界に集中できます。



新型コロナウイルスが拡大し、緊急事態宣言が出た今年4月、全国の自治体が運営する配偶者暴力相談支援センターには前年同月比3割増の1万3223件の相談が寄せられました。また、政府が24時間、メールや電話で受け付ける緊急相談窓口『DV相談プラス』では4月20日から5 月19日までの約1カ月間の相談件数が4000件を超えました。



家族の在宅時間が増えた今、家族関係の悩みを気軽に相談できる窓口があれば多くの人が救われるのではないかと考えます。家庭内の悩みは例えば心配をかけまいとして近い人には意外と相談しにくいものです。夫婦間に限らず、高齢で単身生活をしている人や一人暮らしの人などの支援の拡充も求められます」