2021年限りでのF1活動終了会見から2週間、10月16日(金)に行われたホンダのブランド・コミュニケーション本部の渡辺康治本部長による会見に参加して、つくづく感じたことがある。それは、自動車メーカーがF1活動を行うときの適正なスタンスとはどうあるべきかという点だ。
今回の会見で、渡辺本部長もF1活動がホンダの技術者を育てる良い環境となっていたことを認めつつも、カーボンニュートラル実現のために、その限られた人材をF1から先進パワーユニット・エネルギー研究所へ配置転換せざるを得なかったことは、苦渋の決断だったと明かした。
今回のF1活動終了の発表を聞いて、多くのファンはホンダはF1を捨てたと今回の決定を悲しんだものだ。F1の取材を生業にしている筆者もその気持ちはよく分かる。
しかし、同時にホンダを近く見てきたから言えることは、ホンダほどF1を愛し、真摯に挑戦し続けた自動車メーカーはいないということだ。ただし、それがF1から幾度となく退く悲劇の遠因を作ってしまったのではないかと推測する。ホンダほど、会社としてリソースをF1に集中させた企業はないと思うからだ。
現在、F1には4つのパワーユニット・マニュファクチャラーが参戦している。メルセデス、フェラーリ、ルノー、そしてホンダだ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と環境問題は、ホンダだけでなくほかのマニュファクチャラーにも共通している課題。だが、少なくとも2021年限りで参戦を終了すると発表しているのは、現時点でホンダだけだ。
それはホンダとヨーロッパのマニュファクチャラーとの間にF1に参戦するスタンスの決定的な違いあるからだ。フェラーリは言わずと知れた、レース屋だ。レースをするために高級スポーツカーを売っているわけだから、ほかの自動車メーカーとは立ち位置が異なる。
メルセデスとルノーは、本社とは独立した組織がF1活動を行なっている。メルセデスのパワーユニット部門はイギリス・ノーザンプトンシャーのブリックスワークにあるAMGハイパフォーマンス・パワートレインにあり、車体部門も同じくイギリス・ノーザンプトンシャーのブラックリーにあったブラウンGP(前身はホンダ)を買収して現在に至っている。
メルセデスの本社であるドイツ・シュトゥットガルトは基本的に財政面を支援しているが、技術的、人的サポートは行なっていない。
ルノーのパワーユニット部門は、ルノーのモータースポーツ部門であるフランス・パリ郊外のヴィリー=シャティヨンにあるルノー・スポールが行い、車体部門はかつてベネトンだったイギリス・オックスフォードシャーにあるエンストンのチームを買収し、運営を任せている。
これに対して、ホンダは第二期も第三期も、そして今回のF1活動も、研究所から多くの人材が駐在または出張で現場に赴き、国内にある研究所、現在で言えばHRD SakuraにもF1部門を作り、多くのスタッフを従事させている。結果、これが本業の首を絞め、休止、撤退、参戦終了に至ってしまったと思っている。
■レッドブルの選択はホンダの将来にも重要な意味を持つ
もし、将来ホンダがF1に復帰するのなら、今度はルノー・スポールのようにモータースポーツ部門を独立させ、その組織がF1活動を行うようにするが理想だと考える。
ホンダほどモータースポーツ活動を行なっている企業であれば、もう少し前にそのような四輪レース部門が独立して存在していても不思議はない。というのも、インディはアメリカのHPD(ホンダ・パフォーマンス・ディベロップメント)が運営し、Moto GPはホンダの2輪モータースポーツ専門会社であるHRC(ホンダ・レーシング・コーポレーション)が活動を行なっているからだ。
モータースポーツがDNAだと公言しているのであれば、ホンダはいまこそ本社の経営(親)から四輪のモータースポーツ部門(子)を独立させ、本社の経営に影響を受けない形でモータースポーツ活動に専念してはどうか。それは、いつの日か、ホンダが再びF1に戻ってくると信じるきっかけになる。
10月2日の会見で、八郷隆弘社長は「再参戦のことは考えておりません」と語ったが、それはホンダが未来永劫F1から姿を消すという意味で語った言葉ではない。
渡辺本部長は、こう説明する。
「休止だと、必ず次があるという前提となる。撤退も戦略的に後ろに下がるというイメージがある。今回はそうではなく自分たちの意思で活動をやめるという意味で使いました」
「だから、金輪際、(F1に)戻らないということを確約するために使ったわけではありません。F1は魅力がないからとか、F1はお金がかかるからやめるのではなく、あくまでカーボンニュートラルを実現するためです」
2022年以降のレッドブルのパワーユニットの供給元はいまだ決定しておらず、ホンダがなんらかの協力を行うという選択肢もまだ残っている。それは、次戦ポルトガルGPで開催が予定されている2022年以降のパワーユニットに関するレギュレーションの在り方を決める緊急会議次第だろう。
もし、その会議で、現在ホンダが有している知的財産が2022年以降もそのまま有効活用できる見通しが立った場合、そのときがホンダがモータースポーツ部門を独立させる最初で最高の機会となるはずだ。なぜなら、いまイギリス・ミルトンキーンズにあるファクトリーには、本社社員とは別にF1活動のためだけに採用した現地スタッフが多くいるからだ。
渡辺本部長も「レッドブルが2022年以降も活動しやすいような協力をしていきたいというスタンスでいます。やれることは協力していくし、できるだけ前向きにやっていきたいと考えています」と語っている。今後、レッドブルのパワーユニットはだれが供給するのか。これはレッドブルのためだけでなく、ホンダの将来にも重要な決定となる。