トップへ

東京都「コロナうつしたら罰則」、都民ファの条例案が波紋…作成した都議の見解は?

2020年10月19日 13:21  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

新型コロナウイルスに関して全国初の罰則付き条例案が物議をかもしている。他人に感染させた者に対して行政罰(5万円以下の過料)が科されるという内容だ。「都民ファーストの会」が条例案を作成し、12月の東京都議会の定例会に提出する予定だ。


【関連記事:「パスタ2品だけ注文」の客にレストランが怒りのツイート、客に問題はあった?】



この条例案をFNNプライムオンライン(10月15日)が報じると、ネットの掲示板やSNSでは賛否が飛び交った。



行動を制限されることや行政の恣意的な判断への懸念から、「感染させたことをどうやって証明するんだ」「一人暮らしや自宅療養の場合どうすればいいのか」など批判や戸惑いが多数みられた。



●条例案、どんな行動に罰則が科される?

都民ファが作った条例案の「罰則規定(5万円以下の過料)」の要旨は、以下の(A)~(C)となる。




(A)感染の疑いのある者が正当な理由なく検査を拒否した場合(感染症法にもとづく)



(B)就業制限、外出自粛制限を受けている感染者が、それら要請に従わず、新型コロナウイルスを他人に感染させた場合(感染症法にもとづく)



(C)知事が開催の制限や停止を要請した施設・イベントで、規則で定める人数以上の感染者を出した場合。ただし、感染防止対策を守っている場合をのぞく(インフルエンザ特措法にもとづく)




ネットで上がっている疑問の声をどう捉えているのか、作成にかかわったキーマンである弁護士で都民ファの岡本光樹都議に、条例案の狙いについて聞いた。



●岡本氏「国が感染症法、特措法を改正しなかったから」

ーーなぜ罰則のある条例を作ろうと考えたのでしょうか。また、罰則をもうけた条例を作る必要性について教えてください



感染症法と新型インフルエンザ特措法の実効性が不十分な点を条例で補うべきと考えたからです。



具体的な背景としては、「東京都新型コロナウイルス感染症対策強化に関する特別措置条例(案)に対する意見募集」で説明した内容に基づいています。





たとえば、このような事例がありました。




・保健所からのPCR検査の要請を、濃厚接触者がなかなか応じない



・陽性と判明した中京地区の男性が「ウイルスをばらまいてやる」とパブに出向き、女性店員が感染した。



・都知事がインフルエンザ特措法24条9項や45条2項に基づく休業要請や時短要請をおこなったが、要請に従わない事業者がいた。




本来は、感染症法や特措法の改正を国がおこなうべきです。しかし、それがなされないのであれば、上記のような極端な迷惑行為によって感染拡大を起こすケースに対しては、条例により罰則を科すことも、取り組みの実効性を担保する上で検討していかなければならないと考えています。



私たち「都民ファーストの会」が実施した都民へのアンケート調査では、陽性者が要請に従うよう罰則を科すべきだとする人が54.6%と過半を超えており、一方、現状どおりの努力義務でよいとする人は33.4%と、より踏み込んだ対応を求める意見が上回っていました。



それだけでなく、テレビ番組が行ったアンケートでは、罰則付き条例案に、賛成84%:反対16%という結果もありました。また、この条例案を望む声を都民の方々から直接聞いております。



国の法改正がなされる気配がないため、やむを得ず、条例の制定という選択肢を考えています。なお、条例制定を目指すと同時に、法律家の立場から言えば、この条例案提案によって、国における法改正の検討が進むことも期待しています。



●感染させたことなんて、本当にわかるの?

ーー罰則(B)と(C)について、感染したことをどのように立証するのでしょうか



この点は、よく受ける質問です。



陽性者と接触した複数の人が同時期に発症した場合など、間接事実及び証拠を総合評価することで感染の因果関係を証明することが可能です。



この点については、最高裁ルンバール判決を参照してください。




【編注】訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最判昭50年10月24日)




一人への感染では、多くの場合、他の感染ルートの可能性も考えられ、立証上の困難があります。条例の適用は、立証の観点からも、複数人へ感染させた悪質性の高い場合に、一定程度、限定されるものと考えています。



●疑わしきは罰せず

なお、刑事罰ではありませんが、刑事罰に準じて行政罰にも「疑わしきは罰せず」の原則が妥当すると考えます(行政処分は、裁判所におけるほどの厳格なルールによらない、簡易迅速性の要請があると考えられていますが、取消訴訟の対象となり得ることからすれば、裁判に準じた事実認定がなされると思われます)。



もっとも、そもそも条例制定の意義は、罰則適用ばかりにあるのではなく、条例制定自体による啓発効果や都民の行動変容を促すことにあると考えています。



法規範には、行為規範としての側面と事後評価規範の二つの側面があります。立証の問題は後者に関するものですが、条例の意義として前者の行為規範の側面にも期待しています。



実際、2020年4月1日に全面施行されたタバコ規制に関する改正健康増進法・東京都受動喫煙防止条例でも、罰則を設けたことによって、罰則が適用されなくとも国民・都民に大きな行動変容をもたらしたと考えています。



●公共の福祉のため、合理的な規制と考える

ーー条例には「私権の制限」や、罰則を受けた者への差別が起こるのではないかなど様々な反発が散見されます。この点について、どう考えていますか



本条例案は、(A)法律上義務である検査を拒否する場合や(B)感染を生じさせる危険性のある行為の結果として他人に感染させた場合、に限定して罰則の対象とするものです。



他者危害につながり得る行為は、公共の福祉の観点から、権利の内在的制約として「自由」や「権利」の範囲内とは言えず、その制限は人権侵害や憲法違反にあたらないものと考えています。



また、(C)営業すること自体を禁止・制限する条例でもありません。休業要請・時短要請に従わず、かつ、ガイドライン(事業者向け東京都感染拡大防止ガイドライン)にも従わず、さらに実際に、一定数以上の感染者を出した場合に限定して罰則の対象とするものです。



●感染者への差別はあってはならない

感染拡大防止という社会的共同生活との調和を保つためにする一般的な制限で、公共の福祉のため合理的な規制と考えています。



なお、都は、これまで休業要請・時短要請の際に、事業者に協力金を交付してきました。また、既に制定済みの「東京都新型コロナウイルス感染症対策条例」で、「支援」・「財政上の措置」について規定しています。



感染者への差別はあってはならないことであり、引き続き差別解消に向けた都の取組を推進して参ります。制定済みの「東京都新型コロナウイルス感染症対策条例」で、不当な差別禁止について規定しています。



本条例案は、感染自体を否定的にとらえるものでも、感染者等を差別するものでもなく、他人に感染を生じさせる危険性のある行為を抑止することを目的としたものです。また、刑事罰ではありませんので、行政罰を受けた者の氏名・個人情報の公表はなされません。感染拡大行動を防止し、感染者を差別せず、と考えています。