2020年10月15日 10:41 弁護士ドットコム
インターネット上の誹謗中傷は、大人の世界にかぎった話ではない。子どもが加害者や被害者になることもある。
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埼玉県川口市の中学校でいじめに遭い、不登校になった元男子生徒(18歳)の場合、匿名掲示板で3000件をこえる誹謗中傷の書き込みをされた。
特に悪質な4件の書き込みについて発信者情報開示請求をおこない、投稿者3人を特定。2人は元同級生、残る1人は元同級生の父親だったという。その後、3人と和解している。
事件を担当した荒生祐樹弁護士は、相談があった2018年から誹謗中傷をめぐる状況は変わっておらず、子どもが当事者となるケースは今も少なくないという。
「中傷する側の意識を変えるためのアプローチが必要なのではないか」と指摘する荒生弁護士に、詳しく話を聞いた。(編集部・吉田緑)
ーー子どもや保護者、学校の先生などからネットトラブルに関する相談はありますか。
川口市の事件が報道されてから、誹謗中傷を受けた子どもの保護者や直接学校の先生からの相談がいくつかありました。子どもから直接ネットトラブルの相談が来たこともあります。
最近多い「ネットいじめ」といえるものとしては、LINEグループの問題です。中学や高校入学後にまずはクラスや部活などのグループが作られると聞きますし、そのほかには塾などコミュニティの数だけグループがあるように思います。
LINEでのネットいじめの内容としては、典型的なものは直接の誹謗中傷やブロックする・した・された、といったことですが、他にも特定の子どもにグループの存在を教えず「裏アカウント」を作成してやりとりをしていたり、グループ内で特定の子どもをスルーしてやりとりがおこなわれたりといったトラブルを聞きます。
LINE以外ですと、インスタに同級生の家族の写真を上げてしまった、ユーチューブに面白半分で動画を載せたら全くの他人に拡散されてしまった、というものがありました。また、中傷してしまった側から「実名を匿名掲示板に書いてしまったけれども、どうやって消したらいいか分からない」といった相談もありました。
「おもしろいから」と気軽な気持ちでおこなったことが、思わぬトラブルに発展したり、いじめや権利侵害につながったりしてしまうケースがみられます。
「ネットにこれを載せたら(書いたら)どうなるのか」という想像力を働かせることが必要でしょうし、この点について子どもたちが学ぶ機会も必要だと思います。
ーー元生徒に対する中傷をおこなった投稿者の中には、元同級生だけではなく、元同級生の父親もいました。誹謗中傷を減らすため、大人と子どもそれぞれに対して、どのようなことが必要だと思いますか。
大人も子ども同様に、SNSの使い方について学ぶ機会が必要だと思います。
特に、大人になってからスマートフォンやインターネットに関わった世代だと、SNSをめぐる問題以前に、SNSというものの理解が十分ではない、ということが少なくありません。これは保護者だけではなく、学校の先生も同じことだと思います。
そういった意味では、子どもと大人とでは違った視点での啓発、教育が必要だと思います。
子どもの場合は、「誹謗中傷することで相手がどんな気持ちになるのか」「自分がやっていることがどういう意味を持つのか」ということを理解できていないように感じることが少なくありません。まずは、この点に関する教育が必要だと考えています。
子どもたちや保護者・教員向けに弁護士会が法教育の一環で出張授業をおこなう取り組みがありますが、このように外部から専門家を招いて学ぶ機会を設けることについて私は賛成ですし、今後も積極的におこなわれていくとよいと思います。
ーー誹謗中傷を減らすためには、加害者への「刑罰」が必要という声も上がります。
子どもに関しては、まず、誹謗中傷は「やってはいけない」ことだと理解してもらうことが大切だと考えています。このことを子どもが理解できていないまま罰を科したとしても、あまり意味はないように思います。
まず、優先すべきは学校、家庭等での教育です。ただ、現状では、学校や家庭でのコントロールがうまくいっていないのが問題の根本にあるように思います。
一方、大人に関しては、場合によって刑罰は必要でしょう。特に、悪意が強く窺(うかが)われる場合や、意図的・継続的に攻撃するような誹謗中傷であった場合には躊躇する必要はないと考えます。
もちろん、被害者への真摯な謝罪があったり、示談の措置を取っているかどうか、という点は刑罰を科すにあたっての考慮要素にはなりますので、刑罰ありきでこの問題をとらえるべきではありません。
しかし、ネット上の誹謗中傷は、人一人の精神を崩壊させ、人生まで壊してしまう、それだけ強い影響を与えかねないものです。少し前は、こういった相談があっても、「見なければいい」「裁判するほどじゃない」などといった声もありましたが、もはやそういった次元でとらえられる問題ではありません。
あまりにも悪質な誹謗中傷には、刑事罰の発動も抑止のためには必要ではないかと考えます。
ーー発信者情報開示請求が容易ではなく、時間を要することも訴訟に進むことを躊躇する一因となっているように感じます。
川口市の元生徒のケースの場合、相談から最後の和解まで1年8カ月かかりました。投稿者を特定できてから最後の和解成立までも約9カ月かかっていますし、情報開示に至るまでも時間がかかりました。
現状の制度では、開示にたどりつくまでに時間がかかることはやむを得ないところもあります。被害を受けた本人からすれば誹謗中傷と考えられる投稿であったとしても、プロバイダには『通信の秘密』があります。そのため、プロバイダが簡単に情報を開示できないのは当然のことともいえます。
現状では、概ね裁判所の判断があって初めて開示される、という仕組みとなっており、裁判を経ないで開示されるケースは極めて少ないのが実情です。
裁判所で権利侵害の有無を判断するということ自体は正当なことだと考えます。しかし、昨今、誹謗中傷の問題は極めて多くなっています。また、時間が経つにつれて被害が深刻化していくという特徴もあるため、できるだけ早い解決が求められます。
そういった観点からすれば、発信者特定までこれだけの時間がかかることはやはり改善の余地があると思います。
ーー総務省は「発信者情報開示の在り方に関する研究会中間とりまとめ(案)」を7月に公表しました。今後、どのようなことが期待されるでしょうか。
とりまとめ案では、電話番号やログイン情報など開示対象の拡大や、現状の発信者情報開示手続きの問題を踏まえ、新たな裁判手続きの創設などが提案されています。
ログイン情報を開示対象に加えることについては、これまで裁判例が分かれていました。そのため、はっきりと定めることには賛成です。また、最近はSNSの登録の際に電話番号が必要とされる場面も多くなっています。電話番号が開示されれば、その後の開示の手続きも省略できると思われます。
新たな裁判手続きについても、今よりもう少し利用しやすい制度になっていけば、今まで声をあげられなかった人たちが立ち向かうことも増えるでしょう。こうして事例が積み重なれれば、更なる抑止的効果も期待できるのではないか、と考えます。
ただ、これらの取り組みはどちらかといえば『被害回復』に焦点をあてるものです。誹謗中傷の予防という観点からすると、啓蒙活動や教育をおこなうなどのアプローチを今まで以上に積極的に併せておこなう必要があると思います。
【取材協力弁護士】
荒生 祐樹(あらお・ゆうき)弁護士
埼玉弁護士会会員。中小企業向けの法務、特にインターネットビジネス(webサイト制作に伴うトラブル、利用規約の作成等)、個人情報保護などに関する事件やクレーマー対策等に力を入れている。2019年8月に「仮処分等を活用した反社会的勢力対応の実務と書式第2版(民事法研究会・共著)」が公刊。
事務所名:さいたまシティ法律事務所
事務所URL:https://saitamacity-law.jp/about