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走行距離が短すぎる? 電気自動車「ホンダe」開発者の主張

2020年10月15日 07:02  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
10月30日の発売を前に、初期ロットの数百台が売り切れてしまったというホンダの電気自動車「Honda e」(ホンダe)。先進性やデザインが人気を呼んでいるようだが、フル充電での走行距離が短すぎるとの声もある。そのあたりを作り手はどう受け止めているのか。開発責任者の一瀬智史(いちのせ ともふみ)氏に聞いてきた。

○目指したのは情緒的なEV?

――外観も中身も、面白いクルマに仕上がっているようですが。

一瀬氏:ホンダは、特に欧州でのプレゼンスがとても低いんです。1%ぐらいでしょうか。しかも、高齢の使用者が多い。そんな中でEVを作ろうとしたので、「CAFE」(メーカー全体での燃費規制)に対応することだけを目的とする“つまらない”クルマにはしたくありませんでした。そんなことをすると、またホンダのプレゼンスが落ちてしまうからです。やっぱり、ここでみんながびっくりするクルマといいますか、未来を見せて、ユニークで個性的で、「あ、やっぱりホンダは面白いクルマを作るな」と思わせるクルマにしたかった。だから、これができたんです。

――頑張りましたね。

一瀬氏:どこを見てもこだわりだらけのクルマです。徹底的にやって、ダメなら落とす。新しいことをやれば失敗も起きる。そんな時にはすぐに見直す。そういうスタンスが大事です。これは昔ながらのホンダのやり方ともいえる部分で、今回は若い技術者がそれを体験し、理解したはずです。結構投資もかかっていますが、いろんな技術が蓄積され、さらに人的な財産も蓄積できたと考えています。

――具体的には。

一瀬氏:例えば「サイドカメラミラーシステム」は、カメラの位置がもっと下にあると、ライトが映り込んでしまって眩しくなる。かといって、位置を上げすぎると後ろがよく見えないし、外に出せば楽なんですが、車幅が広がってしまって「街中ベスト」になりません。

一瀬氏:「パーキングパイロット」(自動駐車システム)にしても、途中までは大変だったんですが、「こういう制御をするとこうなる」というノウハウがいっぱい溜まりました。

「パーソナルアシスタント」(音声でナビの目的地検索などができる車載AI)は、まだちょっと“おバカ”なところがありますが、逆に可愛い。冷たい口ぶりのキャラクターだと、間違えたときイラッとしてしまいますが、あのキャラクターであれば、怒る気にもならない(笑)。

ホンダeでは情緒的な感じというものを大切にしました。いえばきりがないんですが、特許も数百というレベルで獲得していて、それは技術が蓄積できた証拠です。

――内装も情緒的な感じですね。

一瀬氏:結構、センスがいいと思っています。木目のブラウン、グレー、黒で統一しました。大きなポケットをたくさん配置し、荷物を積むスペースがたくさん用意することばかり考えていると、あんな風にはまとめられません。量や数値にあまりこだわらないで、リビングのような心地よさを目指したんです。リビングに荷物をがさがさと置いたり、荷物置きをたくさん作ったりは、しないじゃないですか? そう思って、リアシートも5:5や2:1といった分割可倒にせず、わざわざ一体型にしました。だって、リビングのソファーは半分に分かれませんよね。

――航続距離についても、同じような考えですか。

一瀬氏:ウチのクルマ(ホンダe)のバッテリーは35.5kWで、日本だと大体、一晩で充電できる容量です。カップヌードルでいうと、大体400杯ほど作れるエネルギー量だと考えてください。一般家庭で使う3日分ぐらいのエネルギーです。それで、286キロ走れます(フル充電での航続可能距離:WLTCモードはホンダeが286キロ、ホンダe アドバンスが259キロ)。

その倍の70kW級のバッテリーを積むと500キロは走れますが、実際のところ、1日あたり90キロも走っていないのが現状だと思います。そうすると、残りの400キロ分は使っていないのに、わざわざ重くて大きいバッテリーを積んで走っているということになります。航続距離が心配だから、それを解消するためにやっている。

そんな大きいバッテリーを充電しようとすると、家庭では3日かかります。外にある急速充電設備は今、パワーをどんどん上げようとしていて、例えばポルシェなんかは350kWの設備を整備していますが、そんなのが増えちゃうと、地域は停電してしまいます。

充電インフラというのはすでに各家庭にあるわけですから、EVであれば、ガソリンスタンドに行かなくても自分の家で充電できる。「だから、電気がいいんじゃないですか」というところから始めたいというのが私の考えです。大きくて無駄なバッテリーをいざという時のためだけに持ち歩いて、インフラにもガンガン投資をする。そういうことをやりたかったんでしょうか? 私は違うと思います。「だから、このサイズがいいんです!」というのがホンダeの主張です。

航続距離競争の中で、重くて大きいバッテリーを積み、EVにとっては苦手分野である高速走行も前提とするクルマを開発するのは、社会的にどうなのだろうか。それは得意なクルマに任せればいいのではないだろうか。それが、ホンダeの考え方だ。そんなマインドシフトができれば、「EVの方がいい」という街中ユーザーが増えてくる可能性も、結構ありそうな気がした。

原アキラ はらあきら 1983年、某通信社写真部に入社。カメラマン、デスクを経験後、デジタル部門で自動車を担当。週1本、年間50本の試乗記を約5年間執筆。現在フリーで各メディアに記事を発表中。試乗会、発表会に関わらず、自ら写真を撮影することを信条とする。 この著者の記事一覧はこちら(原アキラ)