新型コロナウイルスが世界中に広がり始めてから早9カ月。ウイルスとの戦いはまだ続いていますが、足元のコロナ禍は、私たちの生活様式を半ば強制的に進化させたというプラスの側面もありました。
その代表例が、テレワーク・リモートワークの導入促進です。最近は、固定的なオフィス出勤の必要がなくなったことで、いわゆる通勤手当の在り方を見直す動きも出ています。全日空やホンダなど一部の企業では既に通勤手当の固定支給を廃止し、交通費の実費精算に切り替える旨発表しています。
こうした交通費の支給方法の見直しは、私たちが将来受け取る年金額に影響を与えるとの見方もありますが、これは一体どういうことでしょうか。詳しく見ていきます。(文:楽天証券経済研究所・ファンドアナリスト 篠田尚子)
通勤手当は“標準報酬月額”に含まれる
そもそも会社が従業員に支払う各種の手当のうち、通勤手当を含む以下の3項目については、非課税として扱うことが認められています。
1. 通勤手当のうち、一定金額以下(※)のもの
2. 転勤や出張などのための旅費のうち、通常必要と認められるもの
3. 宿直や日直の手当のうち、一定金額以下のもの
(国税庁ホームページより)
※公共交通機関を利用する場合の非課税限度額は1カ月あたり15万円。
一方、通勤手当は賃金の一部とみなされるため、社会保険料算出の元となる標準報酬月額には含まれます。つまり、通勤手当が廃止されてその分の標準報酬月額が下がると、社会保険料も下がることになります。将来の年金受給額は、現役時代に納める社会保険料によって決まるので、理論上は年金額が減少する可能性があるということです。
しかし、これはあくまでも「理論上」の話。自分の勤務先の会社が通勤手当を廃止すると聞いて慌ててはいけません。
通勤手当の額や、その他の手当によっては影響がない場合も
標準報酬月額は、報酬月額(基本給のほか、各種手当を加えた1カ月の総支給額)のレンジに応じて1等級から32等級まであります。各等級の金額の幅は、数千円から3万円ほどです。仮に通勤手当が廃止されたとしても、そもそもの額が少なかったり、在宅勤務手当など別の形で手当を受けたりしていれば、等級に変化が生じない可能性もあります。また、昇給等によってお給料が増えた場合は等級が上がりますから、現在の標準報酬月額に固執する意味はあまりないともいえるかもしれません。
もう1つ、先述の通り通勤手当は一定額まで非課税扱いとすることが認められていますが、「通勤」の実態がないのに通勤手当の名目で非課税支給を続けることは、税務上の観点で問題があるという見方もできます。
奇しくもコロナウイルスの感染拡大によってもたらされた急速な働き方の変化に各種の制度が追い付いていないことは事実です。新時代の働き方に合った、社会保障制度の抜本的な制度の見直しに期待したいところです。
【筆者プロフィール】
篠田 尚子(しのだ しょうこ)
楽天証券経済研究所 ファンドアナリスト
AFP(日本FP協会認定)
国内の銀行において個人向け資産運用のアドバイス業務に携わった後、2006年ロイター・ジャパン入社。傘下の投信評価機関リッパーにて、世界中の機関投資家へ向けて日本の投資信託市場調査および評価分析レポートの配信業務に従事。同時に、世界各国で開催される資産運用業界の国際カンファレンスで日本の投資信託市場にまつわる講演も数多く行う。2013年にロイターを退職し、楽天証券経済研究所に入所。各種メディアで投資信託についての多くのコメントを手掛けるほか、銘柄選びに役立つ各種コンテンツの企画や、高校生から年金受給層まで、幅広い年齢層を対象とした資産形成セミナーの講師も務めるなど、投資教育にも積極的に取り組んでいる。著書に「本当にお金が増える投資信託は、この10本です。」、「新しい!お金の増やし方の教科書」(ともにSBクリエイティブ)などがある。