2020年10月10日 08:21 弁護士ドットコム
日本型終身雇用にあぐらをかき、仕事の手を抜く「働かない人」たちに目をつけたドラマ『働かざる者たち』(テレビ東京系)が9月30日、最終回を迎えた(パラビで配信中)。
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新聞社を舞台に、若手社員の目を通して、社内に存在する働かない人たちの悲哀を描きだした。
ドラマの原作となった同名漫画の作者・サレンダー橋本さん(32)は兼業漫画家。職場の働かない人たちを冷静に、愛をもって観察してきた。彼らはなぜ働かなくなってしまったのだろうか。(編集部・塚田賢慎)
ドラマの設定は漫画とほぼ変わらない。20代の「橋田」は、会社に内緒でギャグ漫画を描きながら、新聞社のシステム部で働く「兼業漫画家」だ。兼業であるがゆえに、本業に身も入らないこともある。企業で働きながら漫画を書く橋本さんの「分身」のような存在だ。
彼の目を通して、新聞社の、校閲、販売、記者など様々な「働かない人」たちが生まれた経緯や、その境遇に彼らがどうやって折り合いをつけているのかを丁寧に描いている。
ーードラマの放映中に、お子さんがお産まれになられたとか。おめでとうございます
ありがとうございます。
ーーまずは「職場の働かない人」を漫画にした理由はなんでしょうか
同じ部署にいた1人の働かないおじさんがきっかけです。社内をプラプラしたり、ゲームをしたりしていても、注意されず放っておかれている様子は、就活中の学生時代には全く見えなかった異世界でした。
そういう人に限って、やたらと新人に缶コーヒーを奢ってくれたり、話しかけたりしてくれるので、話をする機会は多くあって。
一体この人はどういう経緯で今の状態になったのか。入社したときは何か志のようなものがあったのか、どういう部署に配属されて、どういう人の下で働いて今のような状態に至ったのだろうか。また、本人は働かない上でのポリシーがあるのか、家族には会社のことをどのように伝えているのだろうか…。
社会人として正しいか間違っているかは別にして、一人の人間として純粋な興味がわき、掘り下げたいと思いました。
ーー2017年からウェブで漫画連載が始まりました。ドラマ化にあたり、なぜ、テレビ局がこのテーマに目をつけたと思いますか
ドラマ化の提案をもらった理由はよくわかりませんが、テレ東にも働かない人がいるからじゃないでしょうか笑。
あとは、後々で「妖精おじさん」(出社しても存在を認識されないほど働かないおじさん)、「50G」(次世代モバイル通信「5G」について知ろうともしない50代のおじさん)のようなワードがピックアップされていったのも理由かも知れません。
ーー登場人物は、実在の人がモデルでしょうか
飛躍させた部分もありますが、会社で働きながら、見聞きした人たちがモデルです。あとは友人などに他の会社の話を聞きました。
ただやっぱりいろんな人がいて。自ら働かないと言って本当に働かない人もいる一方で、口では適当な事を言っていても、陰では汗をかいている人もいたり。
そういう大人の照れ隠しというか無頼の振る舞い的なものが、昔はよく分からなかったですね。
あとは人によって働いている働いていないの評価が分かれたり。利益に直結している部署もあれば、それを支える部署もあり、一概には言えないなと。
ーー働かない人に、何か共通点のようなものはありますか
言い訳がましい、という点でしょうか笑。「この仕事をやれ」と言われたとき、やらないための理論武装がしっかり出来ているタイプが多いと思います。
また、損したくないという考えが根底にあるんだと思いますが、権利を使うことへの意欲は高く、存在するけど誰も使わずに形骸化していた福利厚生などの利用には積極的だったりします。
決して悪いことではありませんが、福利厚生で安く泊まれるホテルとかをやたら使っている人はいますね。
ーー作中、働かない人たちが図鑑のようにカテゴリーされています
「アガリ型」評価を完全にあきらめた…中年に多い 「スネたガキ型」能力を不当に低くみられていると不満持つ…立場の弱い高卒、派遣、子会社に多い 「成果泥棒型」周囲の人間を利用するものと考える…成果主義の会社に多い 「腰掛け型」…副業を優先 「嘘パワハラ型」…診断書や労組を悪用
この辺りは、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』(講談社現代新書)という本のモデルを元に描きました。非常に参考になった1冊です。
ーー新たなタイプは生まれていますか
タイプとは違いますが…。某メーカーに勤める知人から聞いた話で、会社PCのWindowsOSがアップデートされ、標準搭載されていたソリティア、マインスイーパーなどがなくなったそうです。これまでゲームで時間を潰していた年配の社員が暇になり、社内に解放されてプラプラ歩き回るようになったと言っていました。
ーー橋本さんが兼業でなければ、働かない人を第三者の立場で冷静に見つめることはできなかったと思いますか
かも知れません。実際漫画を描き始める前は、今より当事者としてイライラすることが多かった気がします。働いていない人を見ていると、どこか自分が損しているような気になっていました。
7年くらい前に漫画を描き始めてからは、なぜこの人はこんなことをするのだろう、とか目の前の出来事を第三者視点で観察したり分析したりするクセがつき、あまり感情が揺れ動かなくなりました。
会社の外に楽しい広い世界があると知ったことと、そこで評価される喜びを知ったのも大きいと思います。
ーー批判すべき対象、それとも何かしらの被害者…。働かない人たちをどのように描こうとしたのでしょう。仮に被害者だとするならば、彼らを「働かない人」にしたのは「何者」でしょうか
少なくとも、批判したりバカにする意図はありません。私自身、働かない人間になる可能性があると考えています。友人などの話を聞くと、上司とそりが合わずに心のバランスを崩したり、嫌がらせのような転勤を命じられたりという話はざらにあります。
時代の変化によって会社員人生の大半を費やして学んだ技術の価値が無くなったり、部署自体の存在価値がゼロになったり。
家庭もある中で、転職するスキルも無く、会社員人生の先も見え、何の興味も沸かない仕事に向き合わなければならなくなった時、働かないおじさんにならないとは言い切れません。
私もかなり弱く、放っておくと低い方に流れてしまう人間なので。この先そんな人間を受け入れる余裕のある会社がどれだけあるのか分かりませんが。
ーードラマの視聴者からはどんな意見が届きましたか
「私の会社にもいます」という意見や、「私も働かないおじさんです」という意見が届きました。共通点はある程度、昔からある会社ですね。某出版社の編集さんからは、何の仕事をしているか分からないが、いつも小部屋で腕立て伏せをしている「腕立ておじさん」がいると聞きました。笑。
一方で、ベンチャー系や転職の多いウェブ系の会社で働く人からは「こんな余裕のある会社はファンタジーだろ」とか、「うちならクビになるけど」という声もあり、二極化を感じました。過渡期にあるのかなという印象です。
もし働かなくても給料が大きく変わらないのなら、自分だけ分だけ損をしなければいいと考えて、働かないことがクレバーな選択に見えても不思議ではありません。
ーー作中、一番好きな登場人物は誰でしょうか
仕事中にスマホゲームばかりしている印刷工場のおじさんですね。部数減の影響から、他紙の印刷も積極的に手がけるようになり、その結果、エロやゴシップの掲載されたスポーツ紙も刷るようになって、それを受け入れられず、働かなくなったというキャラクターです。
ーー毎朝、6歳になる娘に「父ちゃんが刷った新聞だ」と新聞を広げて自慢していたのが、「今や刷ってんのがエロ新聞なんだぜ? 娘に見せられねえよこんなの!」とプライドを失ったことで、働かない人になってしまいましたね
「辛いんだよなア~ プライドを持てない仕事をするのが」と涙を流します。家族に仕事を言えなくなるというのは、本当に辛いことかと思います。ただ、最後は唯一、前向いて終わりますからね。気に入っているエピソードです。
ーー「娘に見せられねえよこんなの!」と握りしめていたエロ新聞は、インタビュアーの私が過去に勤めていたスポーツ紙がモデルですね。私は在籍中の3年間ほど、このエロ記事を作っていました。その後の取材につながるスキルの基礎をすべてエロの取材から学んだのですが、しかし、職人にこんな思いをさせてしまったのかと、胸がしめつけられました
私もそのコーナーは愛読していました。聞いてみたいことが山ほどあるので、あとで詳しく教えてください。
ーー橋本さんが観察してきた働かないおじさんは、いま何をしているのでしょうか
働かないままです。もう死ぬまで変わらないんじゃないでしょうか。
ーーひどい言い方ですが、働かない人から学んだり、利になったりすることはあるのでしょうか
(数秒思案して)どうなんですかね…。会社に長くいるので、人事に明るいとか、必要以上に社内のゴシップを知っていたり。話を聞いておもしろいですよ。
あとは、身近にひとりでもいれば、失敗して落ち込んでいるときに、「この人よりマシかな」と思って精神の平穏を保てるかもしれません。