2020年10月10日 08:21 弁護士ドットコム
「前人未到温泉」というブログがある。「秘湯どころじゃない、人類未発見の温泉(源泉)を探して“史上一番風呂”に入ります」。これが活動の趣旨である。
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源泉までの険しい道のりには、遭難、ガス中毒、獣との遭遇(?)、ときには法律というハードルが待ち構えている。硫化水素たちこめる温泉で、ガスマスクを装着して入湯する三浦靖雄さんに、温泉探しの魅力と注意を聞いた。(編集部・塚田賢慎)
ーー「処女峰」「未到の地」を達成するような、ロマンを感じさせる活動です。既存の温泉に入るだけでは飽きたりなくなったのでしょうか
趣味の山登りをしていると、必ずと言ってよいほど、登山口の近くに温泉郷があったんです。日本の国土の7割は森林です。人の目に触れず、まだまだ発見されていない温泉が、森や山の中にあるのではないかと思い、この活動を始めました。
ーー具体的に、どんな活動をしているのでしょうか
「野湯(のゆ・やとう)探訪」と「源泉探索」の2つです。
「野湯」は、すでに見つけられた温泉で、入浴施設として厳しく管理されず、放っておかれているものです。そして、そこに入りに行くことを「野湯探訪」と呼んでいます。まだ誰にも発見されていない温泉を求めて探し回る活動が「源泉探索」です。
「前人未到温泉」を探す活動は、源泉探索に該当します。しかし、そう簡単に未発見の源泉というものは見つかりませんし、温泉を見つける経験値を貯めるため、野湯にも入りに行っております。
ーー「前人未到温泉」は見つかったのでしょうか
未発見の源泉を見つけていないわけではありません。しかし、人が湯に入れるほどの湧出量、かつ温度も高いものはまだないので、活動上の発見数は0としています。
源泉探索といっても、闇雲に探して見つかるわけではありません。事前の準備が重要です。
簡単に説明すると、人工衛星がとらえた地表面のサーモ画像で赤くなっていて反応がある場所を事前にPCで調べ、現地に赴き実地調査を行っています。
ーー赤いエリアは温度が高い、つまり、温泉が湧いているかもしれない場所なんですね
ざっくり言えばそういうことです。主に日本の温泉地の周囲の地域で、その中から地形や沢の有無なども考慮にいれて、場所を絞っています。
サーモ画像をもとにGoogleアースで照らし合わせてみますと、「赤い場所」がすでに見つかっている温泉地だったり、ネットには公開されていない源泉だったりするんです。そのうちに未発見の源泉が見つかる可能性もあるのではと感触を得ています。
ーー同じような活動をされている「温泉活動家」に大原利雄さんがいます
『誰もいけない温泉』の著作がある大原さんは、今以上にマイナーだった野湯という分野をテレビやネットで紹介し、魅力を広めたパイオニアとして大尊敬している先輩です。
大原さんは書籍やネットなどの情報をもとに現地に向かい、地元の方などに聞き込みをしながら山を探索されています。
野湯に興味を持ってから、大原さんの書籍やDVDを全て見て学びました。特に必要な装備類についてとても参考になりました。大原さんがいなければ、温泉探しに最初からガスマクスを持っていくという発想はなかったのではないでしょうか。
ーー大原さんと三浦さんの活動の違いがあれば教えてください
すでに見つかっている野湯を巡る活動に関しては大原さんと同様です。大原さんの活動の特徴は、国土地理院刊行の2万5千分の1地形図に載っている山奥の温泉マークの場所を探しに行っているということです。地図に載っているということは一度は発見されている源泉ではありますが、山奥に存在するゆえに忘れ去られた源泉なども探されています。
その活動はすでに大原さんがされておりますので、それならば何の情報もない、まだ人類に見つかっていない温泉を人工衛星画像を使って探してやろうと思い私は活動をしています。
大原さんが著書を出された頃は、今よりもずっとネット上にある情報は少なく難度がもっと高かったはずです。群馬の野湯に入りに行った際に、誰もこないような山奥で奇跡的に大原さんに遭遇したことがありまして、あのときは本当に感動しました。山を降りながらいろいろお話を聞けて幸せでした。
ーー活動において「ルール」は設けておりますか?
探索地域が「私有林(私有地)」であるのか、それとも「公有林・国有林」であるのか。これは意識しています。
まずは、当然ですが、私有林には入らないこと。街中と異なり、私有地の正確な場所を山中で確かめることは非常に難しいので、所有を表示する立看板の有無や、柵などで囲われていないかなどに気を付けています。
また、国有林の場合でも国立公園に指定されていることもあります。私は大学時代、富士山のエコツアーでガイドをしたことがきっかけで山に登るようになりました。それもあって、高山植物や湿原を踏み荒らすなど、自然や地形に変更をくわえないことが鉄則であると学びました。
野湯や源泉を目指して、登山道ではない場所に入る場合、植生に影響を与えないと思われる場所に限定しています。環境保護の意味でロープを張られている場所には入りません。
自然保護エリアを通ったほうが近道になる野湯もありますが、沢を遡上するなどほかのアクセスを検討しています。
ここまでは、不法侵入にあたらないように活動する際に気をつけているルールについて話してきました。しかし、「野湯探訪」に限れば、自己責任で危険なエリアを進むことがあります。
不法侵入には気をつけているという三浦さん。ここで法的なルールを確認しておこう。『山岳事故の法的責任』などの著書がある溝手康史弁護士は、山を歩く際の注意についてこう語る。
「一般に、登山道を歩くことは認められています。
登山道以外の場所は、公有地、私有地を問わず、進入が黙認されていれば、立ち入ることができます。明示的な『立ち入り禁止』の表示のない山は、立ち入りが黙認されることが多いと考えられます。クライミング、沢登り、雪山登山、山岳スキーなどは、その前提で登山道以外の場所を通行しますが、温泉を探す活動も同じです。
『立ち入り禁止』が明示された土地に進入すれば、不法侵入になりますが、それによる損害の立証が難しいので、損害賠償責任が生じることは稀です。
ただし、民家に近い山麓などでは、立ち入り禁止などの表示がなくても、立ち入りが黙認されない場合があるので、注意が必要です。その判断は常識的に考えるほかありません。
植林したばかりの山や伐採作業中の山などは、立ち入りが黙認されないことが多いでしょう。松茸が生える山も、秋の時期には立ち入りを禁止するのが山の所有者の通常の意思だと考えられます」
では、三浦さんの話に戻ろう。
ーー危険な場所を探すこともありそうですね
野湯を目指して、「この先、危険」などの警告があるエリアを進むこともあります。そのときは、後述しますが、ガスに対する装備、山岳保険の加入、ココヘリ(遭難時捜索サービス)など装備を整えるということを課しています。
たとえば、蔵王の新噴気孔近くにある「かもしか温泉」(宮城県柴田郡)は古い登山道の近くにあるのですが、火山活動への警告の看板が立てられています。
法的なルールを守る一方、確立したマナーがないので、活動に不安を覚えるのも事実です。登山道ではない場所を行くという意味で似ている沢登りやロッククライミングの考え方も参考にしていますが、野湯はいかんせん世間的に知名度の低い活動のため、どう考えればいいかは悩みの種でもあります。
現状はしっかりとした装備を用意する。そして、ブログ上でも危険な場所に訪れることを推奨しない(危険な場所があるなどを記載)ということで活動しています。
引き返すことだってあります。深い川や傾斜のきつい場所に突き当たった場合、引き返したり、迂回ルートを探したりします。これは登山の世界では基本ですが、事前の計画からズレた場合は探索ルートを短縮し、無理ない行程に変えるなど柔軟な対応が必要です。
ーー注意を怠っていないことがわかりました。意外に神経を使うアクティビティですね。そんな苦労をしたあとで入る温泉は格別そうです
いえ、温泉にたどりつくまでには、まだまだリスクがあるんです。人里近い場所や登山道を歩いていても未発見の源泉は見つかりません。
道のない山の中では、リス、カモシカ、ニホンジカの大群に遭遇しました。幸運にも、熊に遭遇したことはありませんが、熊を撃退するためのスプレーを持ち歩いています。
また、自然相手の活動ですから、気をつけていてもいつ遭難するかわかりません。GPSで現在位置をこまめに確かめながら進んでいます。険しい山や沢を遡上しているときに、バランスを崩してコケて足から流血したことや、深い藪を力まかせに進み足が擦り傷・打ち身だらけになったことはあります。
ーーほかにもリスクはありますか
もっとも注意する必要があるのは、温泉と密な関係にある硫化水素です。
独特の「硫黄臭」「卵の腐ったにおい」があり、微量な濃度であれば問題ありませんが、温泉地でも硫化水素中毒事故が起こっています。
私は硫化水素探知機とガスマスクを携帯しています。人体に害が出始めると言われる10ppmで探知機が鳴るのですが、2メートルほどの高低差で2~3ppmから20ppmまで一気に10倍以上に跳ね上がることも経験しております。
管理されていない山奥の源泉近くでは体に害のあるレベルの濃度の硫化水素が立ち込めており、探知機がけたたましく鳴り響くこともあります。
硫化水素は空気より重く、下に溜まるので、不用意にかがんだり、斜面に降りたりするのは危険です。
また濃度と臭いの強さは意外にも比例せず、温泉地よりも臭いが薄いなと思っていると突然探知機が鳴ることも。風の有無も重要です。
ーーそのような大変な道のりでも、温泉が癒してくれますね
いや、それがそうでもないのです。実は、温泉そのものにリスクもありまして…。野湯は温泉成分が検査されていません。もともと肌は弱いたちなので、翌週に肌荒れしてしまうこともあります。
温泉に寄っては有毒成分のヒ素が多く含まれている可能性も0ではありません。
また、熱すぎる場合は川の水を混ぜて適温にできますが、半分以上のケースで20~30℃台の冷たい、ぬるい湯であります。湯から出た後に、震えながら汚れをタオルで拭き取って服を着ることもよくあります。
また、野湯は枯れ木や枯れ葉、泥やドロドロの温泉成分が堆積していてさっぱりするどころか泥だらけになることも。帰りに温泉施設に立ち寄ることもあり、「なにをやってるんだ」とあきれるかたもいらっしゃるでしょう。
しかし、それを差し引いても自然の中での入浴は素晴らしいものなのです。野湯は「究極の露天風呂」です。もはや”開放感のある湯船”というレベルではなく、山の中に突然湧いている温泉や川や海の中に湧いている温泉、蒸気がもうもうと立ち上がる噴気孔のそばの温泉といった大自然そのものへ入浴することは格別で、一度体験するとやめられなくなります。
ましてやそれが誰も入ったことのない前人未到の温泉だとしたらどんなに最高でしょうか。その日を夢見て活動しています。
【取材協力弁護士】
溝手 康史(みぞて・やすふみ)弁護士
弁護士。日本山岳サーチ・アンド・レスキュー研究機構、国立登山研修所専門調査委員会、日本山岳文化学会、日本ヒマラヤ協会等に所属。著書に「山岳事故の法的責任(ブイツーソリューション)」等。アクタシ峰(7016m)等に登頂。
事務所名:みぞて法律事務所
事務所URL:http://www5a.biglobe.ne.jp/~mizote/