コロナショックで事業に悪影響を受けたことで、来期の新卒採用を減らす、もしくは中止しようとする企業が増えています。中でも、航空や観光などコロナの影響が直撃した業界では、早々と採用中止を決定したことが報道されています。
21卒の求人倍率も、すでに1.53倍(リクルートワークス研究所調査)とリーマンショックの翌年と同レベルに低下し、ここ数年続いていた「売り手市場」から「買い手市場」へのシフトが見えてきています。
リーマンショックのときは、3年後に新卒採用市場の底が来ました。今回も22卒から23卒にかけて、さらに求人倍率が低下することが予想されます。(人材研究所代表・曽和利光)
不安なので「採用を止める」もわかるけど
これからの業績がどうなるか不安要因だらけですから、経営者としてはとりあえずコントロール可能で、一見すると影響が少ないように思われる新卒採用をストップしたくなるのもわかります。
ただ、どんなことでも「やったこと」のデメリットは目に見えるのですが、「やらなかったこと」のデメリットはわからないことが多いものです。人が入って来ないことのデメリットも、なかなか実感がわかないでしょう。
以下に述べる「新卒採用を止めるデメリット」を想像した上で、それでもどうしようもなければ中止もやむを得ないと思いますが、ぜひ今一度立ち止まってみてください。
デメリット1:採用ブランドの低下
まず、「中止をした」という事実自体が「経営が危ない」というメッセージを生みます。
また、採用を止めると、その年に人を採用しなくなることで、学生に対する採用上のブランドや知名度が低下します。
学生が就職活動をする上で、最も頼りにするのは上級生の口コミです。採用を中止すると、それがなくなってしまいます。
さらに言えば、今は採用ブランド向上の絶好の機会です。他社が採用活動をしなくなって競合が減れば、採用広告の効果は向上し、多くの人に自社が認知されます。そういう機会を逸するのも、見えないデメリットです。
デメリット2:採用スキルの喪失
次に大きな影響は、組織の採用力、採用スキルの低下です。採用を止めれば面接もなくなり、面接スキルは減ります。
面接は技能ですから、1年以上やらなければ腕は鈍ります。会社によっては採用を止めることで、採用担当者が事業部門へ異動になったりすることもあるでしょう。
そうすれば、採用担当者は採用を継続している会社へ転職してしまうかもしれず、担当者に属していた経験やノウハウはすべてなくなります。
このような事態を防ぐためにも、もし本当に来期採用を止めるのであれば、再開時に何をすればいいのかをできる限りマニュアルのように形式知化しておくべきでしょう。
デメリット3:採用市場リサーチ機会の損失
ここ数年、売り手市場が続いたことで、企業はそもそも学生を「集める」ことすらできませんでした。
そういう状況では、学生は自社の事業をどのように感じているのか、どういうタイプの人が集まってくるのか、世の中にはどんな人材が存在していてターゲットとすべきはどんな人なのか、などという採用戦略を立てる上で必須の情報がなかなか集められませんでした。
実は「買い手市場」になる今こそ、そういうリサーチの機会です。
景気はいつか浮上するでしょう。そうなれば、待っているのは少子化による構造的な人手不足、「売り手市場」の再来です。これは確定的です。そうなれば、また手探りの採用をするしかなくなります。
デメリット4:人材育成への影響
新卒採用を止めると、当然ですが新人が入ってきません。
新人が入って来ないと、ローキャリア向けの仕事を渡すことができないために、2年目、3年目の社員がずっと新人用の仕事を続けなくてはならなくなります。マンネリ化もするでしょうし、新しい仕事につくこともできません。
私も大昔、バブル後の不景気期に新人がなかなか入らないという経験をしましたが、4年目になっても課内で最年少社員のまままで、ずっと忘年会の幹事をしていた人が大勢いました。
また、新人に仕事を渡す際にやり方を教えるわけですが、それがなくなります。「人が最も学ぶのは教えるとき」と言いますが、それができなくなるのです。
デメリット5:優秀人材採用機会の損失
そして最大のデメリットは、言うまでもありませんが、好景気期に採用できないような優秀な人材を採用できる機会を逃すということです。
自社で活躍している人材が、いつ入社してきたかをぜひ調べてみてください。多くの経営者や人事の方が、口々に「不景気期に入社してきた人が活躍している」と言います。
厳しい商況が鍛えるのかもしれませんが、そもそも優秀人材が採りやすいからということも、大きな理由ではないかと思います。
終わりのない不景気はありません。数年後、景気が浮上すれば、また売り手市場、人手不足に逆戻りです。それはほぼわかっているのに、それでも新卒採用を止めますか?
【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年に株式会社人材研究所を設立。著書に『コミュ障のための面接戦略 』 (星海社新書)、『組織論と行動科学から見た人と組織のマネジメントバイアス』(共著、ソシム)など。
■株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/