ポルシェ718ケイマンGT4クラブスポーツMR 全8クラスが競うピレリ・スーパー耐久シリーズのなか、GT4マシンによって競われるST-Zクラスは、2018年のクラス創設以来、年々車種バラエティが増えている。
9月5日から6日にかけて開催された2020年シーズンの第1戦『NAPAC 富士 SUPER TEC 24時間レース』では、ST-Zクラスに6車種、7台がエントリーした。今回は、ST-Zクラスに参戦するうちの1台、今年日本初上陸を果たしたポルシェ718ケイマンGT4クラブスポーツMRの特徴、特性をご紹介しよう。
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ポルシェ718ケイマンGT4クラブスポーツMRは、2018年にデリバリーが開始され、GT4ヨーロピアンシリーズやGT4アメリカシリーズなどに参戦してきた。これまで日本のレースで走ることはなかったが、バースレーシングプロジェクト(BRP)が2020年シーズンのピレリ・スーパー耐久シリーズに導入したことで日本初上陸を果たした。
現状、日本のレースに参戦する718ケイマンGT4クラブスポーツMRはBRPが導入した1台のみだが、富士24時間ではST-1クラスにもポルシェ718ケイマンGT4クラブスポーツという車両が参戦していた。同じ718ケイマンにも関わらず、ST-Z、ST-1とクラスが違うのはなぜなのか。
「ST-1クラスに参戦していた718ケイマンGT4クラブスポーツはカップカーです。そのカップカーにマンタイ・レーシングが製作したMRキットを組み込んだモデルが“718ケイマンGT4クラブスポーツMR”としてSRO(ステファン・ラテル・オーガニゼーション)のホモロゲーション取得車両となります」とBRPの奥村浩一代表は説明する。
ベースとなる718ケイマンGT4クラブスポーツを購入した上で、別途マンタイ・レーシングからMRキットを購入し、車両に組み込むことでポルシェが主催するワンメイクレース用のカップカーから、GT4マシンへと姿を変えるということだ。なお、日本では最初からMRキットが組み込まれた状態では販売されておらず、BRPは車両をポルシェ・ジャパンに、MRキットをマンタイ・レーシングにそれぞれ手配し、自社で組み付けを行っている。
気になるのはMRキットの内容だ。見た目ではわかりにくいが、ガラスはすべてアクリルに交換されている。さらにフロント、リヤのバンパーも樹脂からカーボンに、エンジンフードもカーボンとアクリルのものに変更され、全体で約50kgの軽量化が図られている。
価格は718ケイマンGT4クラブスポーツが約2300万円、MRキットが500万円超えということで、計3000万円少々。MRキットを組み込んだとしてもGT4マシンの中では標準的な価格だ。なお、ベースとなる市販車のポルシェ718ケイマンGT4は車両本体価格1293万円からとなっている。
■導入のきっかけは“ランニングコストの安さ”
718ケイマンGT4クラブスポーツMRを日本初上陸させたBRPだが、2019年シーズンはメルセデスAMG GT4でST-Zクラスに参戦していた。わずか1年で車両を変更した理由について「圧倒的にランニングコストが安いからです」と奥村代表は語る。
「ミッションで言えば、メルセデスAMG GT4はヒューランドの6速シーケンシャルミッションを積んでますが、718ケイマンGT4クラブスポーツMRは純正デュアルクラッチの6速PDK(ポルシェ・ドッペル・クップルング)なので耐久力が全然違います。エンジンもノンターボなので、ターボ付きよりはパーツ点数も少ないのです」
GT4というカテゴリーはエンジン、ミッションなど、基本は市販車と同じものを使わなければならない。市販車に搭載されているPDKをレースで使用するとなると耐久性が気になるところ。718ケイマンGT4クラブスポーツMR導入にあたって、奥村代表はドイツにあるマンタイ・レーシングのファクトリーにまで足を運び、ミッションのマイレージについても確認した。
「そうしたら『壊れることは考えなくていい。あなたがこのクルマを所有している間はおそらく壊れないだろう』とマンタイは言いました。レーシングカーのギヤを使っていないので、耐久性も市販車ベースで考えられています。市販車のギヤボックスは1万kmじゃ壊れないですよね。このクルマもオイル交換をすればノーメンテでいけますよ、って言われています。温度も含めて全てがコンピューターで管理されているので、ドライバーの癖で劣化が早まるとかもないとのことです」
レーシングミッションのマイレージは3000~5000Kmが一般的だ。そのため、年1回の24時間レースを含む耐久レースシリーズ戦を1年間戦うとなると、最低でも2機のギヤボックスが必要になる。市販車と同様のメンテナンスで1万km以上を走ることができるポルシェのPDKはコスト面でも大きなアドバンテージを産んでいる。
さらに、BRPがこの車両を導入した理由がもうひとつ。SROがGT4車両のBoP(バランス・オブ・パフォーマンス/性能調整)を決める基準車になるのがこの718ケイマンGT4クラブスポーツMRなのだ。
「このクルマをベースにして他のGT4マシンにウエイトを載せたり、過給を下げたり、車高を上げるとかを考えます。BoPの基準車ということはウエイトを沢山積むことがなく、一番オーソドックスなんです」と奥村代表。余談だが、BRPではTCR車両のBoP基準車となるクプラTCRを2020年シーズンよりTCRジャパンシリーズで導入している。BoPに左右されにくい基準車を導入することは戦略を組み立てるにあたって大きなメリットとなるだろう。
■ジェントルマンもすぐに馴染める“良い意味で普通のクルマ”
2020シーズン、BRPの718ケイマンGT4クラブスポーツMRのステアリングを握る松本武士は「市販のスポーツカーの特徴をそのまま残し、ブレーキや冷却を強化して、サーキットで周回数を重ねても壊れにくくして販売したのかな、という良い意味で普通のクルマです。そのため、ジェントルマンドライバーさんでもすぐ馴染んで運転できる車両かと思います」と車両の印象を語る。
ジェントルマンドライバーに馴染みやすい理由は他にもある。ミッションは市販車で搭載されているPDKであるため、フルオートマチックでの走行も可能なのだ。
コクピットを覗くと市販車同様シフトノブがついていることがわかる。ステアリングの裏にパドルシフトを搭載しているが、シフトノブの機能も活きている。シフトノブを“D”に入れれば、そのままフルオートマチックでレーシングスピードを走れるというから驚きだ。
「試しにそれで走りましたが、フルブレーキング時にちゃんとリズミカルにギヤを落としてくれます。ポルシェの電子制御はすごく賢いので、少々回転は低くなりますが、まったく普通に走れました。ジェントルマンドライバーでシフト操作が気になって走りに集中できないって言う人なら“D”に入れたままフルオートで走ってみるのもいいかと思います」と松本は話す。
ドライバーをサポートする電子制御はミッションだけではない。チューニングを担当したマンタイ・レーシングも「雨のニュルブルクリンクでは絶対にスイッチを入れる」というスタビリティコントロールは、ウエットコンディションでスライド量が多くなった場合でも大抵は立て直してくれるという。雨のニュルではGT3を追いかけ回すというから驚きだ。
ドライで走行中に突然雨が降り、ウエット路面をスリックタイヤで走らなくてはいけなくなった際には、プロでも恩恵を受けることもあるだろう。こういった電子制御によるサポートもジェントルマンドライバーが馴染みやすい要因のひとつだ。
ドライビングに関しては、3.8リッター水平対抗6気筒エンジンをミッドシップに搭載していることもあり、フロントに軽さを感じるという。そのため、じっくりとブレーキをかけてフロントに面圧をかけなければアンダーが出やすい。フロントの脚をしっかり動かし、荷重移動を上手く使ってコントロールするというチューニングカー寄りの走り方になるが、「攻めがいがあって楽しいですよ」と松本は話した。
日本でのデビューレースとなった富士24時間レースは、エアコン停止を除いて大きなトラブルはなかったが、よりパワーのある車両が得意とする富士スピードウェイということもあり、クラス5位で完走。スポーツランドSUGOや岡山国際サーキット、鈴鹿サーキットといったテクニカルなサーキットでは車重の軽さを活かした走りが期待できるということで、10月10日~11日に開催される第2戦『SUGOスーパー耐久3時間レース』での走りが楽しみな1台だ。