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元交際相手につきまとい、殺害する男たち…法廷でみた「被害者意識の強さ」と怒りの燃料

2020年10月03日 08:21  弁護士ドットコム

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今夏、一方的に恨みを募らせた元交際相手による殺人事件が立て続けに起こった。いずれも加害者がその後自殺している。別れてもなお相手に追いすがり、自分の意のままにする彼らのような人間はなぜ生まれるのか。(ライター・高橋ユキ)


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8月12日の夕方、栃木県宇都宮市のコンビニエンスストアにおいて、接客中だった同市在住のアルバイト店員Aさん(45=当時)が、店にやってきた男に突然、カウンター越しに刃物で胸を刺された。Aさんは病院に運ばれたが亡くなった。男はカウンター内に侵入しようとしたところ他の店員に止められ、その後自分で腹を刺し、死亡した。



Aさんは4人の子を持つシングルマザーだった。昨年5月から男と交際していたが、ほどなくして別れ話が持ち上がると、男はAさんに意味不明なメールを15通送信。Aさんは同月8日、そして事件前日と2度、宇都宮東署に相談していた。



応対した署員は、警察ができる具体的な支援策についてAさんにアドバイスを行なったが、男に対して事実確認や警告などはしていなかった。男は事件翌日、容疑者死亡のまま殺人容疑で書類送検された。



県警は対応の内容について「Aさんにはアドバイスをするなど適切に対応しており、問題はなかったと考えている」と発表している。



同月30日午前10時ごろ、東京都中野区に住むBさん(38=同)が自宅アパートの部屋で死亡しているのを、訪ねてきた弟が発見し110番通報した。Bさんは顔や背中など、23箇所を刺されており、右腕には抵抗した際にできたとみられる傷も確認された。



その4時間ほど前、同区のマンション7階から男(34)が飛び降りて死亡しているのが見つかっていた。のちにこの男が、Bさんを殺害して自らも自殺を図ったことが判明する。さらに、Bさんのアパートに設置された防犯カメラにこの男が脚立を持っている姿が映っていたことも明らかに。男が脚立を使いベランダから部屋に侵入したとみられている。



ふたりはともにパティシエで元同僚だった。事件当時、Bさんは渋谷区の人気洋菓子店に勤務しており、男は世田谷区で洋菓子店を経営していた。そしてふたりも、先のAさんの件と同様、過去に交際関係にあった。



2016年から付き合い始めたふたりだったが、昨年5月、Bさんが男に殴られたとして警察に相談。8月に男は傷害容疑で書類送検されていた。



さらに11月、男がBさんの勤務する洋菓子店に現れたため、警視庁は男につきまといをやめるよう警告していたという。一時期Bさんは自宅を離れ別の場所に住むなどの対策をとっていたが、今年4月、警察に「(男からの)接触や連絡はない」と伝え、自宅に戻っていた。



男は事件を起こす直前、自身の洋菓子店のSNSに「私が元交際相手Bから多大なる嫌がらせを受け」「様々な影響をもたらしてくれました」など一方的な恨みを投稿していた。



●元交際相手が「ストーカー」となるケースは後をたたない

この2件のように、ストーカーと被害者との関係が「元交際相手」である場合は統計的に見ても多い。



警察庁が発表しているストーカー・DVに関する統計(https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/stalker/R1_STDVkouhoushiryou.pdf)によると加害者と被害者の関係が「交際相手及び配偶者(元を含む)」であるケースは、相談件数の約半数にのぼるという。



また被害者の88パーセントが女性(令和元年のデータより)。行為形態別発生状況については、最も多いものが「つきまとい・待ち伏せ等」。次に多いものが「面会・交際の要求」、そして3番目が「無言電話・連続電話・メール」となっている。



かつて交際関係にあった者が破局を経てストーカーに変貌するケースは過去にもあった。



2013年10月、東京・三鷹市で元交際相手である私立高校3年の女子生徒(18=当時)を刺殺したとして、殺人や銃刀法違反などの罪に問われた (逮捕当時21)だ。この事件はいわゆる〝三鷹ストーカー殺人事件〟と呼ばれ、差し戻し審を経たのち懲役22年が確定している。



池永は女子生徒に別れを切り出された後、交際当時に撮影していた女子生徒の裸体画像や動画をネットに流出させると脅して面会を強要したほか、無理矢理性交するなどしていた。



殺害前にこれらの画像や動画をインターネット上にアップしており、殺害直後、そのURLを匿名掲示板に書き込み広く拡散したことで〝リベンジポルノ〟という言葉も広まることになった。



女子生徒は、事件前に池永のストーカー行為を父親に相談。これを受けた父親は池永に電話をかけ、つきまとい行為をやめるように告げていた。また事件当日の朝、父と共に三鷹署に出向き、ストーカー事案として相談していた。ところが池永は、父親から釘を刺されたのちに「別の男と交際するなら殺してしまおう」と殺害への具体的な実行計画を練り始めたのである。



一審公判で彼は、女子生徒への強い独占欲、そしてアンビバレントな思いを吐露している。



「自分はこれまで不条理な境遇で育ってきた。対して彼女はそうではない、守られている。それにすごく嫉妬していました」



また殺害後に交際時の性交動画をネット上に拡散させた理由についてはこう述べた。



「〝リベンジポルノ〟と言われるがリベンジという意味ではなく、いわば自己の存在証明であり、自分が彼女と交際していた過去があったことを、記録として残しておきたかった」



●一方的な思いを募らせ、ファンから「加害者」に

池永と女子生徒のようにかつて交際関係にすらない、自身の活動を応援していたはずのファンが、その思いが充足されないことから恨みを抱き凶悪な犯行に及ぶケースもある。



2016年5月21日、東京都小金井市のライブハウス近辺で、シンガーソングライターの女性(当時20)が男に刃物で刺され重傷を負う事件が起こった。いわゆる『小金井ストーカー刺傷事件』と呼ばれる本件は、女性の存在とその活動を知った岩崎友宏(当時27)がファンとなり応援するようになるが、一方的に恋愛感情を抱くようになる。



ライブハウス会場で待ち伏せをして執拗に女性につきまとうなどファンを超えた行動が目立ち始めた。のちに岩崎は女性のSNSでの発信などにやはり一方的に怒りを抱き、ツイッターアカウントを開設。女性に対して執拗にリプライを送り続けた。



女性宛ての投稿が240回にのぼったころ、女性は岩崎からもらっていたプレゼントを返送し、岩崎のツイッターアカウントをブロックした。そのプレゼントのうち、時計は「一緒に時を刻んでほしい」という強い思いを込め女性に渡したものだった。



女性の対応に激昂した岩崎は「君の努力を全部無駄にしてやる」など犯行予告ともとれる投稿をネット上に繰り返し、居住地の京都から上京。事件を起こした。



池永と同じく東京地裁立川支部で開かれた一審公判で、岩崎は上京した理由を「プレゼントを送り返してきた理由を聞こうと思っていた」と述べた。



「聞いて納得する、けじめつける(というのが)大きかった。言葉としてちゃんと言われてなくて、もやもやして解決してなかったので。聞いたら納得できると思いました。踏ん切りがつくと思いました、彼女から離れるということです、関わらないということ」



ナイフは「直接会っても話せるかわからない、逃げないために精神的な支えを持っていたかった」との理由で携帯したとも語った。



●「様子を見ましょう」では事件を防げない

ストーカー行為がエスカレートし、加害行為に及ぶ者たちの言い分に共通するのは、被害者意識の強さである。



つきまといやSNSでの呼びかけ、メール等、執拗なストーカー行為を繰り返しているにもかかわらず、その理由を被害者のせいにする。怒りが増幅するにしたがい、もはや周囲からはなぜ加害者がそんなに被害者を憎んでいるのか理解できなくなる。執着が止まらないためSNSなどで必死に被害者を探し、幸せそうに暮らしているように見えればまたそれが怒りの燃料となる。



こじれにこじれた怒りの発露が加害行為となるが、とどのつまり加害者らは被害者が『自分のものにならない』ことで憎しみを抱き続けているように見える。現実を受け止めきれないまま事件を起こし、被告人となっても、自分の加害行為は被害者の行動が理由にあるのだと、被害者面をするのがストーカーだ。



加えて、ストーカー行為がエスカレートすることによる殺人等の凶悪事件は、事前に被害者が警察署に相談している場合が多い。三鷹ストーカー事件のように、一度目の相談が契機になった事件もある。



「最初は様子を見ましょう」というスローな対応では被害者を守ることはできない。もし周囲にストーカーに悩む者がいたら、なるべく一人にしないよう物理的に見守ることが何よりも重要だ。



【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)など。好きな食べ物は氷。