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尼神インター・誠子が語る、お笑いの力 「ネガティブをプラスに変えられるのもお笑いのいいところ」

2020年09月27日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 尼神インター・誠子による初のエッセイ本『B あなたのおかげで今の私があります』(KADOKAWA刊)が、9月28日に発売される。


 今作は幼い頃から“B”、いわゆる“ブス”と言われてきた誠子がお笑いによって、そして芸人になったことでコンプレックスを克服して自分自身を受け入れるまでの軌跡が物語風に描かれた1冊。学生時代の思い出、家族、お笑い、芸人仲間、相方・渚についてなど自らと向き合いながら約5カ月かけて書き上げた。


 容姿イジりにセンシティブな目が向けられやすくなっている今、女性芸人として、またプロのお笑い芸人として新たな笑いを追求する彼女に話を聞いた。(タカモトアキ)


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■まさにこのエッセイ本は誠子そのもの


――まず、書籍についてオファーを受けた際の率直な気持ちを教えてください。


誠子:KADOKAWAの編集者さんから「ポジティブなイメージのある誠子さんなら、いろんな人がポジティブになれる本が書けるのでは」とお声がけをいただいたのが、この本を出すきっかけでした。読書を大事にしていた両親の影響もあって元々、本を読むのが好きやったんです。特に好きなのは恩田陸さんと森見登美彦さん。劇場出番の合間には本屋さんに行くことが多いですし、本の“かたち”も大好きなので、本を書くこと自体、夢やったんです。そうしたら、自分が思っていたよりも早くこういうお話をいただけたので、是非!とすぐにお返事させていただきました。


——エッセイ本っていわゆる聞き書きも多いですが、敢えてご自身で執筆しようと思ったのは?


誠子:お話をいただいた時、聞き書きでもいいですよって言われてたんです。けど、とにかく書いてみたいという気持ちが強くて。それに、自分のことは自分の言葉で書かないと一番いいかたちで表現できないし、読んでくださる方にも伝わらないと思ったので、自分ですべて書かせてもらいました。いざ書いてみるとやっぱり難しくて、脳の使ったことがないところが熱くなっているのを感じましたし、作家さんを改めて尊敬しました。


——エッセイ本って“私”っていう一人称で書かれているものや読み手に呼びかけるようなものが多い印象ですけど、今回、一人称を“誠子”として物語的な書き方にした理由を教えてください。


誠子:1つは、小説が好きやから物語風に書いてみたかったということですね。今までに誰もやってないかたちで、書くことにアプローチしてみたいという気持ちもありました。あと、私は普段、他人に自分の話をあまりしないタイプで。書く前にどうやったら自分のことを詳しく書けるかなと考えた時に、誠子という一人称にしたほうが客観的に自分自身と向き合えるなと思ったんです。実際、書き出してみると仕事柄、ブスいじりされることが当たり前になっていたんやなと思ったというか。自分がなぜブスと言われることを受け入れられたのか、いつから自分のことをブスだと認識したのかをちゃんと考えたことがなかったなと気づいたので、自分自身を振り返る作業にはかなり時間を使いました。


——では、自分なりに過去を整理してみたり?


誠子:バラエティ番組で昔の写真を貸してくださって言われることが多いので、手元に写真はいっぱいあったんです。それを見ながら、まだかわいい……まだかわいいぞ? これ中3か。じゃあ、中1の頃から地味やったんやなぁとか周りの人とあんまり喋らんようになったなぁとか振り返って(笑)。あと、家族の話を書くにあたっては、妹に電話して確認しました。学生時代、私は妹とちゃんと喋ってなかったんです。電話して「あの時どんなかんじやった?」ってざっくばらんに聞いたら、妹は私のことをブスやと思ってなかったと。「誠子ちゃんが私らと喋るんが嫌そうやったから、売られた喧嘩を買うじゃないけど、私らも喋らんかった」って言われて、勝手に卑下してただけやったんやと目から鱗。自分自身に問題があったんやと思いましたし、書きながら自分自身の当時の気持ちを知ったりと書いていく中での気づきがたくさんありました。


——そんな中で執筆する際、特にこだわった点はどんなところですか?


誠子:自分が思ったことや経験したことを嘘偽りなく正直に書くことは一番意識しましたね。最初は家族、特に両親の話は書かんやろうなと思ってたんです。けど、それでは自分の顔や容姿を好きになった理由を説明するのは成立しないなと思って……。執筆のタイミングがちょうど外出自粛期間と重なったことで、より時間をかけて丁寧に掘り下げられたような気がします。だから、まさにこのエッセイ本は誠子!って感じ。友達や同期も知らない、誠子のすべてが詰まった1冊になりました。


■イジりはネガティブを前向きに捉えてもいいと教えてくれる愛情表現


——文中から誠子さんが芸人としての自分をすごく大事にしていること、芸人という仕事に誇りを感じていることがひしひしと伝わりました。


誠子:本当ですか? 嬉しいです。私、お笑いと出会えた人生でよかったなという思いが根底に強くありますし、芸人になってからは毎日が楽しくなったんですよ。私自身、それこそ両親のことで悲しかった時、何に救われたかというとお笑いやったんですよね。ライブ中、例えばアインシュタイン・稲田さんとパンスト綱引きをしている瞬間は、悲しみを忘れて笑顔になれる。悲しい時に力をくれるお笑いの力、笑いを提供できる芸人っていう仕事って改めてすごいなと思いました。あと、ネガティブをプラスに変えられるのもお笑いのいいところ。この本を読んでもらえばわかりますけど、コロコロチキチキペッパーズのナダルなんて芸人になってなかったらただのヤバいヤツですから(笑)。一般的に見ればヤバいところも笑いになるって、まさに芸人のいいところやなと思います。


——本著の中で大阪では芸人仲間からブスだとイジられていた一方、東京の芸人はかわいいと褒めてくれたというエピソードがありました。


誠子:人との距離の縮め方って、東と西で違いを感じますよね。関西で育った私は東京の後輩からかわいいって言われて逆にイジられてるのかなと思ったので「どこがやねん!」って返したんですけど、「いや、マジで!」って言われてびっくりしました。まぁ、どっちも優しさですよね。関西ではブスっていうことにちゃんと愛情があるし、先輩たちは私のことを思ってイジってくれている。それに、楽屋でのそういったイジりから舞台上でできるノリも作れて、結果、笑いにつながってましたから。


——プロの芸人さんがやっているイジりとは信頼関係があって成り立つ、個性を引き出す手段だということですね。とはいえ、センシティブに捉えられることも多くなった今、イジりそのものが誤解されているなと感じることもあるんじゃないですか?


誠子:たしかにありますよね。“あの人がブスって言った”とか、事実そのものを受け取られてしまうというか。SNSの発達で前後の流れとか言った人の表情とかが伝わらず、ブスって言ったところだけ切り取られて文字にされてしまうことが多々あるので。もちろん闇雲にブスと言ってはいけないんですけど、芸人は本当に触ってはいけないダメなところはイジらない。イジリっていうのは世間でダメやとかネガティブに受け取られがちなものを、ほんまはもっと前向きに捉えてもいいんやでっていうことを示している愛情のある表現なんです。決してイジメじゃない。あなたが気にしていることも、実はあなたの魅力なんだよっていうのを引き出してくれる作業なんですよね。


■ほんこんさんにこの本を読んでもらいたい


——誠子さんも、芸人になってイジられることで自分を肯定できたと。


誠子:まさにそうですね。お笑いっていう自分が好きだと思えるものを見つけられたこと、そして先輩方にこの容姿が芸人として生きるために必要やと教えてもらったことで、自信がついて。そこからは見て、私の容姿! なんでもかかってこいや!って思えるようになりました。


 私たちはありがたいことに芸歴1年目でbaseよしもと(注:大阪・なんばにかつてあった若手の登竜門的劇場)のオーディションに受かって、劇場のレギュラーメンバーになれて。ライブの企画コーナーで先輩方にめちゃくちゃイジってもらえたんです。先輩が何か言ってくれるたびに、私は立ってるだけで笑いが取れる。……私はこんな武器を持ってたんや! コンプレックスやと思ってたことをプロの芸人さんがイジってくれたらこんなに笑ってもらえるんや!ってわかった時、めちゃくちゃ嬉しくなって。そこから笑いになることはなんでもできるようになりましたし、芸人としての自分が好きになってからは自分の容姿も好きになれたんです。


——女性芸人さんも増えてきましたけど、今後の女性芸人としてのあり方について感じることはありますか?


誠子:あり方自体、大きく変わっていくでしょうね。だからこそ、ブスとか美人とか男とか女とか関係なく、よりパーソナルな部分を表現していきたいなと。ネタを書くにあたって、渚と2人、面白いと思っていることをより濃くダイレクトに出すことが尼神インターらしさにつながっていくんじゃないですかね。あと、時代が変わっている時って新しいものを生み出せるタイミングやと思うんですよ。だから、自分たちがわくわくできる新しくて楽しい笑いを生み出せるようにチャレンジしていきたいなと思いますね。


——では最後に、改めてこの本をどんな人に読んでいただきたいですか?


誠子:ネガティブとかコンプレックスを抱く方、特に女性に読んでいただきたいなと。この本はブスって言われていた私自身に特化した内容ですけど、それぞれのコンプレックスをポジティブに考えるきっかけになれたら嬉しいですね。あと、ほんこんさんには読んでもらいたいなと思ってます。ほんこんさんとはほんまのお父さん、親子みたいな関係なので、面と向かって改めて「いつもありがとうございます」って言いづらいんです。けど、本の中には日頃の感謝を素直に書くことができたので、本を渡したいですね。


(文・取材=タカモトアキ/写真=大槻志穂)