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男が拾った生き物は「猫」なのか? もふもふとサラリーマンの不思議な共同生活『猫を拾った話。』

2020年09月25日 11:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 猫との暮らしを描いたコミカルなマンガは、巷に多く溢れている。だが、その中でも『猫を拾った話。』(寺田亜太朗/講談社)は、異彩を放っていると思う。本作に描かれているのは猫のようで猫ではない謎の生物と、ひとりの男性が織りなす共同生活。斬新な猫ライフは、読者の心に優しい気持ちを芽生えさせる。


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■拾った生き物は「猫」じゃない…!?


 主人公のイガイは、小さな頃から動物が苦手。自分は猫を拾う人間ではないと思っていたが、ある日、足が1本なく、目もヤニで開いていない1匹の黒猫と遭遇。最初、イガイは自分を重ね合わせ、黒猫のみすぼらしさを軽蔑した。


猫でもみすぼらしいのがいるんだな 俺は絶対そっち側にはなりたくない


 だが、雨の中、衰弱し、子どもたちから罵声を浴びせられている姿がいたたまれなくなり、家に連れて帰ることに。ガツガツご飯を食べ、生きようとする命を前にし、心境は変化していった。


俺は猫とか拾う人間じゃない どう接すればいいかわからないし 動物にまで 気を配る余裕はない けど これが死ぬのはもっと怖いと思った


 イガイはその生物を「ねこ」と呼び、精一杯愛を注ぐことにしたのだ。ところが、一緒に暮らす中で徐々に違和感を覚えるように……。シャンプー中に尻尾のような部分からくしゃみをしたり、人間用のトイレを普通に使いこなしたりする「ねこ」。目の前にいるのは、本当に地球上の生き物なのだろうか。そんな疑問に蓋をし続けた結果、「ねこ」は人間よりもはるかに大きい、ひとつ目の生物に成長。一体、俺は何を拾ってしまったんだ……。そう戸惑いながらもイガイは捕殺を避けるため周囲にバレないよう、気を配りながら共同生活を楽しんでいく――。


 2人の日常には“猫飼いあるある”があるあるにならないという面白さがある。例えば、猫がダメになるクッションをあげると瞬殺で破壊されてしまったり、ペットカメラには予期せぬホラー映像がたくさん記録されてしまったりする。そのユーモラスな共同生活から私たちは、人が人間以外の生物と一緒に暮らすことの楽しさや尊さを学ぶ。うちにも「ねこ」が来てくれたら……。読み進める度についそう思ってしまうのは、きっと筆者だけではないだろう。


■異形の「ねこ」から学ぶ命の価値


 「ねこ」は一般的な猫のフォルムとはかけ離れた、禍々しい見た目をしている。けれど、ページをめくっていくと、いつの間にか恐ろしさよりも愛しさが勝っていく。イガイに甘え、たまにお茶目な一面を見せる「ねこ」には猫らしいかわいさと猫にはない愛くるしさが混在しており、思わず目尻が下がってしまうのだ。


 また、「ねこ」の気持ちが垣間見える描写にホロリとさせられることも。特に印象的だったのが、イガイがブラッシングをして集めた「ねこ」の抜け毛がひとつ目の生き物になり、彼を見守るというエピソード。バッグにこっそり入り込んだその生物は、家の外でのイガイの行動を映像で記録。そして、イガイが寝静まってからテレパシーのようなものを使って映像を「ねこ」と共有し、安堵し合う。抜け毛から謎の生物が生まれるという超常現象は、自分がそばにいない時でも愛しい飼い主を守りたいと「ねこ」が願った末に起きたものであるように思え、胸が熱くなった。


 「ねこ」はおそらく、猫ではない。しかし、そうだとしてもイガイにはもう関係ないだろう。なぜなら、イガイは猫という動物ではなく、目の前の存在を心の底からかわいいと思い、愛しているからだ。周囲からどんな視線や声を向けられても変わらないであろう彼の愛に触れると、命の価値を改めて考えたくなる。自分がさげすんでしまいそうな命も、もしかしたら他の誰かにとっては愛しくてかけがえのないものなのかもしれないと気づき、動物だけでなく、理解できないと思っている人間相手にも少し優しい眼差しを向けたくなる。


 猫のようで猫ではない謎の生物はその姿を通し、どんな命も等しく愛おしいことを教えてくれるのだ。


(文=古川諭香)