2020年09月24日 10:21 弁護士ドットコム
学校や塾、習い事など教育の場で、教師ら指導者による子どもたちへの性暴力が問題となっている。文科省が毎年おこなっている公立校教員の調査によると、「わいせつ行為等」により懲戒処分を受ける教師は年々、増加している。2018年度は282人で、1977年に調査を始めて以来、過去最多を記録した。
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そうした中、注目を集めているのが、在校時から札幌市立中学の男性教師に性的被害を受けていたとして、教師と札幌市を相手取り、石田郁子さんが起こしている民事訴訟だ。東京高裁で9月24日、口頭弁論が開かれる。
石田さんは実名で性被害を告白し、被害当事者として政策提言するなど活動しているが、そんな石田さんの訴訟に共感を抱いているのが、都内で暮らす会社員の女性、Aさん(30代)。中学生のころから何年にもわたり、塾講師の男性に性暴力を受けてきた。高校生からは不眠やパニックの症状が出てしまい、現在も心療内科に通院している。
Aさんは長年、自身を苦しめてきたものが何か、わかっていなかったという。しかし、昨年に出産、子育てする中で、「自分の子どもが将来、学校や塾で同じようなことをされたら」と考えたとき、自分がされてきたことのおぞましさに気づいた。
子どもに対する性暴力は、被害者が被害を受けたことがわからなかったり、加害者を恐れて訴えることができず、泣き寝入りするなどの問題がある。そして、大人になってからも、苦しむことが少なくない。やっと気づいたというAさんは今、何を思っているのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
「自分が性暴力に遭っていたとは思っていませんでした」
そう話すAさん。昨年、Me Too運動やジャーナリストの伊藤詩織さんが性的暴行を受けたとして訴えていた裁判で勝訴したニュースを見たことをきっかけに、性暴力について気になるようになり、調べ始めた。その中で見つけた石田さんの訴訟の記事に驚いたという。
訴状などによると、石田さんは中学3年生のときに通っていた札幌市立中学の教師に呼び出され、わいせつな行為をされた。石田さんが大学生になるまで、こうした行為は繰り返された。石田さんはその後、不安や生きづらさを感じるようになり、30代でPTSDを発症した。石田さんが教師による行為を性暴力だと気づいたのは、20年近く経ってからだった。
「自分の経験とすごく似ていると思いました。私が受けていたことも性暴力で、犯罪と言われてもおかしくないものだと気づきました」
Aさんは今年7月に東京駅で開かれたフラワーデモに参加した。同じく参加していた石田さんと話し、その思いは強くなった。自分の子どもが同じようなことをされたら…と思うと、ぞっとした。いてもたってもいられなくなった。
Aさんはどのような性暴力を受けてきたのだろうか。
始まりから、相手は狡猾だった。ある地方で暮らしていたAさんは、中学3年のとき、塾に通っていた。そこにいたのが、塾講師の男性。塾講師は当時、地元でも知られる一流大学の学生で、生徒たちに人気があった。
「頼れるお兄さんという感じで、親しみやすさがありました。親からの信頼も厚い。恋愛感情はありませんでしたが、私もほかの生徒たちと同じように好意は持っていました」
その好意に塾講師はつけこんだ。最初は、夏休みの講習のとき「宿題の手伝いをしてあげる」といって、数人の女子生徒に声をかけた。Aさんを含めた3人のグループが塾講師の自宅に呼び出された。
「最初は宿題を教えてくれていたのですが、回数を重ねるごとに、だんだんと人数が減っていきました。3人から2人になり、気づいたときには私1人に…」
一対一になった途端、塾講師はAさんに突然キスをして、わいせつな行為をしてきたという。あとになってから、塾講師は、Aさんに恋愛感情を抱いていると言った。
突然の事態に混乱し、自分よりも年上の男性に逆らえなかった。塾講師は巧妙に「これは恋愛だけど、こういう関係はあまりほかの人に言えないってわかってるよね?」と恋愛経験のない、幼いAさんを言い含めた。
「内心はすごい恐怖でした。性的な知識に乏しかったので、避妊をきちんとしていたかどうかの判断もできませんでした。あとから、妊娠していた可能性もあったことを知って怖かったです。今思うと、本当にぞっとします」
あるとき、自宅やカラオケボックスに呼び出されては性的な行為をされ続けたAさん。塾講師の言うことを信じて、受けていた性暴力を「恋愛」だと思い込もうとした。
「これは恋愛だと思いたい自分がいました。そうしなければ、メンタルが保てなかったのだと思います。でも、デートをすることもなく、一方的に呼び出されては、わいせつなことをされているうちに、眠れなくなったり、精神的に不安定になって、心療内科に通うようになりました」
あるとき、周囲に塾講師との関係がバレてしまった。母親は心配したが、Aさんは恋愛だと主張した。
「反抗期もあったと思います。母は真剣に悩みながら、どうしたらよいか考えてくれました。裁判で訴えようかという話まで出ました。でも、私が教師のことをかばうような心理に追い込まれ、恋愛だと主張したのが一つ。それから、性的同意年齢の壁もありました」
日本の刑法では、性行為の同意能力があるとみなされる「性的同意年齢」の下限は13歳。韓国では16歳、フランスでも15歳とするなど、各国では年齢の引き上げが相次いでおり、国内の性被害当事者団体なども引き上げを求めるなど、問題となっている。
Aさんが初めて塾講師から性暴力を受けたときは、すでに14歳だった。
「年齢だけで塾講師の罪を追及することはできませんでした。そうなると、裁判で被害を訴えるには、どの程度嫌だったかなど、私が証言したり、証拠を出さなくてはなりません。それを娘にやらせるのはつらいと母は思ったそうです。地方ですから、裁判にして大きな噂になることも心配しました」
母親には「自分のほうから別れることにした」と伝えたが、その後も塾講師から呼び出されることは続いた。
Aさんは昨年、「あれは性暴力だったのでは」と気づいたとき、母と話し合ったという。
「つらい思いをさせてしまったと、謝られました。子どもが何と言おうと、親の責任として解決するべきだったと…」
なぜ、Aさんは塾講師の呼び出しに応じてしまったのか。自問自答したという。
「塾講師は『君はほかの子と違って特別だ。俺の同級生と変わらない、大人として扱っていい子だ』と言ってきて、本心では苦しかったのに、自分でも大人なんだと、恋愛なんだと思い込もうとしました。今思うと、どんなに大人びた14歳であっても、子どもです。そうやって、上手にマインドコントロールされていたんだと気づきました」
高校2年になって、塾講師が遠方に引っ越したため、関係が終わった。Aさんは東京の有名大学に進学した。大学生になって、男性と付き合うこともあったが、デートDVを受けるなど、問題の多い交際ばかりだった。
「心の中では嫌だと思っていても、主体性を奪われるようなお付き合いしかできませんでした」
不眠やうつなどの症状も続いていた。Aさんはその後、学生時代からよく知る友人の男性と結婚して出産した。やっと安定した気持ちで、過去を振り返ることができたという。
Aさんは、自分が受けてきた性暴力について、法的な問題を指摘する。
「今の法律では、私のようなケースは民事裁判で訴えられる期間は20年です。私の場合、まだ20年経っていませんが、それでも訴えることができるかと言われれば、ためらいます。
なぜこんなに長い期間、訴えなかったのかと周囲から責められるだろうし、当時の証拠も出さないといけないからです。石田さんも裁判で、その後の男性関係など、訴えとは無関係の個人的なことを聞かれたりしていましたが、予想されるセカンドレイプがとても怖いでので、なかなか踏み切れません。
石田さんも私も、明確に脅されたり、暴力を加えられたわけではありません。恐怖だったり、何をされているかわからなかったりして、体が動かなかった。巧みに恋愛だと思い込まされてきました。そうした被害者の実態は知られてないし、司法の場においてさえ、理解がありません。現在の刑法上は、脅されたことや必死に抵抗したことを証明しないといけません。
多くの女性や子どもが、そうした理由で泣き寝入りしているのではないかと思います。あまりに今の法律や社会認識は、加害者寄りです。刑法はもちろんのこと、教育現場に関わる法律についても、子どもや被害者が守られるかという観点に基づいたものに変わってほしいと思います」
もしも、Me Too運動や石田さんの訴訟がなかったら。「今でも性暴力をふるわれたことに気づいてなかったかもしれない」とAさんは話す。
Aさんは石田さんが9月に立ち上げた教師による性暴力の被害当事者団体「フェアネス・ジャパン」( https://twitter.com/FairnessJapan )に参加した。石田さんの訴訟を支えながら、当事者として現状を変えるべく活動していくという。