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「過労死しても変わらない」霞が関のブラック労働 「票にならないから」問われる政治家と国民の本気

2020年09月21日 09:41  弁護士ドットコム

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民間企業への転職を決断した20代の元国家公務員「おもち」さんは、霞が関を去ってから、「元官僚系YouTuber」として官僚の働き方の問題を発信し続けている。


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「古巣」のことだから関係ない、とは全く思わないのか。「違います。官僚の働き方が変わらなければ、一般の国民にも悪影響が出ます。だから発信するんです」。



●国家公務員4割が「過労死ライン超え」の残業

現役の国家公務員が回答した「官僚の働き方アンケート」(ワーク・ライフバランス、3~5月の働き方について質問、8月3日発表)が話題になった。



1カ月の残業が過労死ラインとされる100時間を超えたと答えたのは、4割(176人)にものぼった。そのうち、20人は「200~299時間」、5人(厚労省4人、法務省1人)は「300時間」と答えている。



取材に応じたおもちさんも、長時間労働の代表格と称される厚労省の官僚(国家公務員総合職)として約5年間、霞が関で働いてきた。



退職直前の残業時間は100時間超が当たり前。ときには200時間を超えた。「電車が動いている間に帰られるのは月に2、3回。あとはタクシー帰りか、泊まりです。帰ったら、妻はもちろん寝ているし、私の寝床に愛犬が寝ていました」



現在の勤め先では、コロナの影響もあって出社は月1回程度。午前10~18時勤務で、土日祝日は完全に休み。官僚時代は、午前3時に退庁して午前7時にまた登庁という1日もあった。そのときからは信じられないような暮らしに変わり、転職直後は、仕事が終わると家で何をしたらよいのかわからなかったという。





今年に入ってから、YouTubeやツイッターで官僚の仕事内容を紹介したり、働き方について問題提起をしたりしている。不祥事対応や電話のクレーム対応を「つらい仕事」として紹介することで、視聴した現役やOB・OG官僚、その家族が溜飲をさげることもある。



しかし、それが目的ではない。発信は国民、官僚、国会議員の大きく3者に向けたものだ。「官僚がかわいそう。それを伝えることが目的ではありません。官僚が大変ということは、多くの方々の生活にデメリットとなることを知っていただきたいんです」



●志した官僚をなぜ辞めたのか

ーーなぜ辞めようと思ったのですか



辞めたのは、ポジティブな理由とネガティブな理由があります。



ポジティブな理由は、中途採用の門戸が広がってきているため、本気で戻りたいと思い、努力すれば、また戻れる可能性があると考えたからです。



ネガティブな理由には2つあります。



一つ目は、長時間労働で、自分の時間、家族との時間が取れなかったからです。そんな状況は、私も家族も決して幸せではないと思いました。



もう一つの理由は一部の業務が極めて非効率であることです。仕事のやりがいは唯一無二で本当に大好きでしたが、その反面、非効率な部分もあり、今後の人生の時間の多くを非効率な業務で空費させることに虚しさを感じました。



官僚の仕事のなかでも、議員や省庁の起こした不祥事対応が特に大変でした。私が最後にいた部署が、まさにある不祥事の対応にあたっていました。30人規模の部署でしたが、最終的には7~8人が心身の限界を迎え、休職していました。



私が人事に辞意を告げると、「比較的残業時間が少ない部署」への異動を打診されました。省内には、過労死ラインを大きく超える激務部署だけではなく、比較的残業時間が少ない部署も一部存在します。



ただ、ここで一時的に激務部署を離れても、激務部署で働く人が減るわけではなく、組織として根本的に解決しなければ意味がないと考え、残ろうとは思えませんでした。





ーー国家公務員の数は減少していますが、追加でどれくらいの人数が必要でしょうか



全員の残業時間をゼロ時間とする前提で、今の業務量、そして業務効率が変わらないとすれば、現在の1.5倍の人数、厚労省であれば、本省だけで更に約1900人必要ではないでしょうか。



これは極端な計算ですが、厚労省の本省で働くのは現在約3800人。全体の平均残業時間が月80時間、1人あたりの本来の月労働時間が160時間(残業時間なし)と仮定すると、約1900人(3800人×80時間÷160時間)の追加人員が必要になります。



ーー若い官僚は結婚や子育てなどの人生プランを描けるのでしょうか



正直、難しいなと思います。最近官僚を辞めた方の話ですが、緊急時に業務過多になっている状況で、上司に「子づくりを検討している」と業務量調整の相談したところ、「子どもの命と多くの国民の命、どちらを優先するか」と究極の選択を迫られたそうです。



背景を補足すると、霞が関の官僚は「その制度に日本で最も詳しい者の1人」です。緊急時にその方が離脱すると、制度が動かず国民の利益を毀損するかもしれない。上司はこれを恐れたのだと思います。ただ私は、このような状況は組織としてはあるべき姿ではなく、業務の属人化を改善すべきと考えています。



●官僚の痛みは、国民の痛みにならない

ーー動画配信は省庁にいたころからのプランですか?



いえ、転職後に決めたことです。数名の元同僚から転職の相談を受けていたのですが、彼らの転職理由の多くが働き方に起因するものであることに気づきました。私は「官僚である彼らの働き方は、いずれ、一般の国民にも悪影響が出るかもしれない。なんとかしなければ」と思いました。それで、動画やSNSで発信することにしたんです。



発信のもう一つの目的として「官僚を知っていただきたい」という思いもあります。官僚に出会うことって、ほとんどないと思います。国会議員と官僚の違いも、私は官僚を志すまで明確に分かりませんでした。接点がなければ「よくわからない存在」というのが多くの方から見た官僚像なのではと思います。



よくわからないから、高給取りや天下り、不正とかのイメージで「官僚」という言葉がとらえられがちです。もっと官僚を知っていただきたいんです。そういった目的も含めて、動画・SNSは、役所(官僚)、国会議員に加えて、一般の方に向けて発信しています。



●国家公務員が過労死しても、国民は「じぶんごと」と受け止めない

ーーどうしたら変わっていくでしょうか



一般の方に関心を持っていただかないと、変わっていくことは難しいのではないかと思います。というのも、官僚の働き方の問題は、今にはじまった話ではなく、数十年前から議論がされているものの、その改善は民間企業に大きな遅れをとっているからです。



例えば、2019年には6人の国家公務員が過労死(2020年7月人事院発表)していますが、この事実をご存知無い方も多いのではないでしょうか。



この間、私が出演したアベマタイムズの記事がヤフートップになりました。ツイッターで記事を紹介すると、「いいね」をくれた若手議員も何人かおられました。意識的に取り組んでくださるかたもおられますが、「官僚の働き方改革」は、多くの議員にとって優先順位が低いことです。国民の関心ごとではない、すなわち票になりにくいのです。



一般のかたにも関心を持っていただくことで、多くの議員も動き出すのではないかと思っていますし、このままだと一般のかたに悪影響が出る恐れがあると考え、警鐘を鳴らしています。



●一般の方が「じぶんごと」と思ってくれて、はじめて議員が変わりだします。

ーー官僚の働き方が変わらないと、国民にどんなデメリットがあるのでしょう



短期的な観点と、長期的な観点があると思います。



まず短期的には、1人が何百時間も働いていると、ミスが増えたりして、そもそもの仕事の質が下がります。また、あらゆるものに遅れが出る恐れがあります。



例えば、業務に忙殺され、制度検討に十分な時間が取れず、制度に不備があれば、本当に必要な人に施策が届かない事態も発生してしまうでしょう。



長期的には、劣悪な働き方により退職者が増え、さらには人が集まらず、行政サービスの質が低下してしまうことです。



今年の国家公務員総合職試験への申込者数は、過去最低を記録しました。正直、新型コロナの影響で「終身雇用」という安定を求める若者も多いのでは、とも思っていたため、この結果は衝撃的でした。



労働環境を改善し、魅力ある職場としていかなければ、今後も人が集まることは決してないでしょう。官僚の働き方を一つひとつ改善できれば、そのようなリスクを抑えられると考えています。



●「できない理由を考える」のは業務が多すぎるから

ーー国会対応が大変と、動画でも訴えていますね



国会対応は大変ですが、まずはそれぞれの組織で改善できるところが多くあると思います。



官僚、与党、野党がそれぞれ、「国会議員のせいでできない」(官僚)、「野党の質問通告が遅いから悪い」(与党)、「与党が官僚に無茶振りをしているから悪い」(野党)という姿勢をやめて、お互いに「自分たちはここを改善した。そこから先はあなたたちが変われませんか」という考えになるべきではないかと考えます。



官僚の中にも「国会があるからテレワーク対応は無理だ」という幹部がいるそうです。最初から諦めるのではなく、まずやってみる。これが重要だと思います。



恥ずかしながら、私自身、転職して間もないころは、できない理由を最初に考える「消極的な思考」をしていました。それは、官僚時代に働き方に余裕がなく、これ以上仕事を受けきれなかったこと等にも起因すると思います。



転職後は「それは人が補充されればできるのか」「業務を減らせば解決できるのか」という思考になることができました。「どうやったら、実現できるんだろうか」と前向きに考えるようになったことが、民間に転職してから大きく変わったところです。



●議員レクをYouTubeで公開しよう

ーー長時間労働をなくすアイデアはありますか



キーワードは「可視化」だと思います。例えば、中央省庁の業務量を可視化してはどうかと考えます。前提として、中央省庁では、どれだけ働いても残業代の上限がありますが、公表されている平均残業時間は、残業代の支払い金額から割り出された数字です。



つまり、公表されている残業時間は、実態の数字と異なっているのです。適正な残業時間が公表されないと、改善しようにも誰も正しい判断ができません。このため、まずは業務量を適切に公表すべきだと考えます。



また、業務内容も一部可視化してはどうでしょうか。例えば、官僚による議員レク(国会議員への個別説明)の場を公開するなどです。試行的でもよいので、YouTube等で配信していただきたいです。外交や防衛など、機密保持の問題で難しいケースもあると思います。しかし、それ以外を公開するだけで、官僚がどんな仕事をしているのかわかっていただけるでしょう。



これが実現すると、優先順位が低く、質の低い質問をなさる国会議員も公になりますし、質の高い質問をする国会議員にとってもメリットがあります。無駄な質問は減り、国民のかたがたにも関心を持っていただけるのではないでしょうか。



●議員のくだらない質問を駆逐

ーー「生産性の低い仕事」にはどのようなものがありますか



数えればキリがありませんが…。小泉環境相の「セクシー発言」を受けて、「大臣が政策をセクシーと形容したことはあるのか」という質問があって、各省庁の担当が過去5年分の大臣の発言を調べる、ですとか、国会議員の事務所へ指定の時間に訪れても、1~2時間事務所の前で待機するといったこと。また、公式ホームページに記載されているFAQの内容を、直接お伺いし改めてご説明するといったことです。



また、一部の国会議員からは「テレビに出るから、イチから原稿を全部考えて」とか「明日の国会の質問全部考えて」というオーダーもあります。本来的には、議員と自身が雇用している政策秘書とで行うべき仕事なのではないかと思います。



ーー議員の言いなりですが、ハネつけられないのでしょうか



正直、官僚から断ることは難しいと思います。まず前提として国会議員は国民の代表ですし、本来は「○○議員に御説明済みのため、党内共有お願いします」や「HPのFAQをご覧ください」といったことを申し上げるのが望ましいのですが、一部、地雷のような国会議員・秘書の方々がいらっしゃって「○○には説明したのに我々には説明しないのか?」や「お前出禁にするぞ」などと言われるためです。



そうなると、上司が謝罪に行く必要などが出てきてしまいます。制度を承認するのは国会議員ですから、こういう状況になると国民へ届ける施策に遅れが出てしまいます。遅延を避けるためにも、言われたがまま対応することも多いのが現状です。



先のワークライフバランス社のアンケートでも「国会議員から説明の場でマスクを外すことを強要された」という回答がありましたが、こういった理不尽を強いてくるケースについては、実名で通報できるホットラインのようなものが、あってもいいのかもしれませんね。



ーー時間に余裕があればどんな仕事をしたかったですか



現場に足を運んで、直接、現場の意見を聞きながら制度を検討したり、制度が動いているところを見たかったです。私自身は現場視察に1回しか行くことができませんでしたし、今の若手はそういう機会に恵まれにくいという声も聞きます。



現場のかたの意見は、国会議員や関連団体を通じて伺っていましたが、自分の目で「この制度が本当にうまく動くか、動いているか」を見たかったなと思います。



●いまや時代遅れ。取り残された「官僚」という仕事

ーー「国家公務員」の仕事に魅力がなくなったのでしょうか



いえ、国家公務員の魅力自体は唯一無二のもので、なくなっていないと思います。ですが、民間企業が労働環境などを急激に改善し、魅力を高めている中で、それに追いついておらず、相対的に国家公務員の魅力が下がっているのだと思います。





ーー民間で働いて、何が変わりましたか



単純に比較はできませんが、貢献に対する処遇反映の違いは痛感しました。よい評価がついたときは、公務員の約10年分の昇給と昇格がありました。



公務員は評価を大きく給与に反映することは難しいかもしれませんが、厚労省の若手チームが今年7月に「有能な人材が集まる職場にするには30代で課長職、40代で局長職となれるようにすべき」という提言を出しています。



人事制度の改革は、最終的に人事院や内閣人事局が判断するものですが、前向きに検討していただきたいです。



ーー無駄をなくすことのほかに、労働時間の可視化と、適切な評価も課題ですね



そうですね。すぐに変えることが難しいものも多いですが、「まず自らの組織で改善する」ことを意識していく必要があると思います。



そして、現役官僚・国会議員にも「官僚の働き方が変わらなければ、一般の国民にも悪影響が出るかもしれない」という意識を持って、国民のために改善していただきたいですね。



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