2020年09月20日 09:41 弁護士ドットコム
沖縄県名護市辺野古の新基地建設がアメリカの文化財保護法(NHPA)に違反しているとして、米国防総省に建設の中止を求めた「沖縄ジュゴン『自然の権利』訴訟」の控訴審。米サンフランシスコの連邦裁判所は5月6日、原告敗訴の判決を言い渡した。
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原告の一員となったのが、法律を使って、自然環境の保護に取り組むJELF(日本環境法律家連盟)だ。2003年の地裁提訴の段階から辺野古の新基地建設の中断を求め続けてきた。
連盟はジュゴン以外にも、アマミノクロウサギやウミガメなどの保護に取り組んできた。JELFの弁護士は25年前に奄美群島のアマミノクロウサギ(天然記念物、絶滅危惧種)が多く生息する地域で、ゴルフ場開発の話が持ち上がった際には、地域住民とともに、アマミノクロウサギを原告として裁判を起こした。
その結果、ゴルフ場開発は免れた。この裁判は自然保護の歴史に残り、「自然の権利」という考え方が日本に広まるきっかけとなった。
「自然の権利」とはどのような考え方なのか。日本環境法律家連盟の前理事長で、自然の権利基金の代表でもある籠橋隆明弁護士に聞いた。(ライター・梶塚美帆)
――アマミノクロウサギを救った訴訟は、「奄美 『自然の権利』訴訟」と呼ばれています。どんな訴訟だったのでしょうか。
「ゴルフ場開発が行われる土地の所有者と、ゴルフ場の開発許可を出した鹿児島県と、奄美大島で野生生物の観察を行ってきた人たちの三者がいました。野生生物の観察を行ってきた人たちが鹿児島県を相手に裁判し、『ゴルフ場開発の許可を出さないでほしい』と訴えました」
――3、4年に渡って争った結果、敗訴になったそうですね。でもゴルフ場開発は止められた。一体どういうことなのでしょうか。
「我々が地域住民と一緒に『アマミノクロウサギを守るための訴訟する』と運動を起こしたことで、世の中が動きました。マスコミが取り上げ、国会議員に支持者があらわれたことで環境省や文化庁に圧力がかかり、各省庁に僕らの主張を理解してくれる人が出てきました。
そのうねりのなかで、土地の所有者が隠していた、その土地に関するデータが暴露されたのです。これがきっかけで、文化庁は土地の再調査を命じました。すると、アマミノクロウサギの住む巣穴がたくさん出てきたのです。
アマミノクロウサギは国の天然記念物に指定され、文化財保護法により文化庁がアマミノクロウサギ保護のために調査を命じ、ゴルフ場開発が止まったのです。実質的には勝訴したと考えています」
――裁判では、どんな主張をしていったのでしょうか?
「ひとつは、『僕ら(地域住民)は原告(訴える人)になる資格がある』という主張です。これを『原告適格』と言います。日本では、自分に利害関係がないと裁判が起こせないんです。例えば、北海道の人が、沖縄の自然保護のために裁判を起こそうとしても、『あなたには関係がないでしょ』と判断されてしまう。
ですから、アマミノクロウサギのいる森と人がどのように関わってきたか、これまでの活動を整理しました。人が住んでいない場所について争うのは、本来とても難しいことなのです。
もうひとつは、環境思想に関わる主張です。奄美の人たちは、長い歴史のなかで海や森を守ってきました。森には精霊が宿っているという思想があり、自然の谷間や巨木があるところには島唄があります。自然と文化の関わりの重要性について主張しました」
――一方で、地域住民のみなさんを原告にしつつ、アマミノクロウサギも原告にしています。裁判所には当事者能力が否定されたそうですが、どのような考えでアマミノクロウサギを原告にしたのでしょうか。
「提訴前、私たちの調査ではアメリカに野生生物を原告とした裁判例があることがわかりました。中には動物側が勝訴している事例もあったのです。
それで、『アメリカでできるなら日本でもやろう!』と、アマミノクロウサギを原告にしました。だって、ゴルフ場開発が進んで、一番困るのはアマミノクロウサギですからね。これは私たちが一番主張したいことでもありました。
ただ、アメリカでも実際には動物の当事者能力は否定しています。私たちが調べた裁判例は、真の原告は動物であるという当事者の意を組んで、あえて却下しなかったのだろうと思います」
——動物や植物が持っている権利が「自然の権利」ということですね。
「そうです。人が自分たちの利益のために種を絶滅させたり、生態系を大きく壊したりすることは許されません。もしその危険があるなら、自然も人と同じように生存する権利を与えようというのが、自然の権利の本来の考え方です。自然が脅かされれば、共に生きている人間の生活にも影響が出ますからね。
日本の場合、このように人が自然の利益を代弁する仕組みを『自然の権利』と呼んでいます。人が自然とともに生きていきたいという考えが含まれています」
――そもそも、デモや署名ではなく、裁判という手段を選ぶのはなぜなのでしょうか?
「まず、裁判で勝てば違法行為を止めることができる、というのがひとつ。それから、弁護士が関わることで、どんな不正義があるのか事案が整理され、『何のために、何をする』という論点がはっきりします。そして、裁判は論争の場なので、国や大企業などの強い相手とも公正に戦えますし、裁判で論争された事実や考え方がメディアなどを通じて発信されます。すると、共感を呼び、協力者が集まってきます。
例えば、先ほどのアマミノクロウサギの訴訟なら、裁判は“目印”のような役割を果たします。どういうことかと言うと、『アマミノクロウサギを守りたい』という様々な人たちが集まるための目印、そして行動を起こすときの共通の目標としての目印です。この目印は強力ですよ。最初は数人ほどの小さな案件でしたが、裁判をしたことで支援の幅が広がり、実際にゴルフ場開発を止めることができましたから」
—―2003年から今年にかけて、沖縄県辺野古地区に生息するジュゴンの保護を巡った裁判が行われていました。とても長い戦いだったと思います。沖縄ジュゴン「自然の権利」訴訟と呼ばれていますが、どんな訴訟だったのでしょうか?
「辺野古に米軍基地ができた場合、ジュゴンに脅威を与え、絶滅に追いやる危険があります。ですから、アメリカ国防総省などを相手に『アメリカの文化財保護法(NHPA)を使ってジュゴンを保護してほしい』と訴えました。NHPAには他国の文化財の保護を定めた条文があります。ジュゴンは天然記念物なので、NHPAの保護の対象になるのです。
当然のことながら、国防総省はアメリカの法律を守る義務がありますから、ジュゴンを保護する義務があるという理屈です。ジュゴンに関する調査を徹底し、ジュゴン保護に関わる関係者と協議しなければなりません。この事件はアメリカの環境派弁護士たちと協力して、アメリカ連邦裁判所で戦いました。
その結果、アメリカの裁判所は我々の主張を認めました。つまり勝訴したんです。ただし、その後のアメリカと日本の対応は、納得のいくものではありませんでした。アマミノクロウサギの訴訟では、裁判に負けたけれどこちらの要望は通りましたが、ジュゴンの訴訟はそれと真逆の結末になったのです。
一旦我々が勝訴したため、『アメリカはジュゴンの保護に配慮するべき』という話になりました。しかし、その“配慮”の程度はアメリカ国防総省の裁量に委ねられてしまいました。アメリカ政府は自ら一定の調査もしたし、日本政府からアセスメント結果も得ている。これらの配慮は裁量権の範囲を逸脱しているとは言えない、というものでした。
国防総省は日本のアセスメントは不十分だと判断していました。にもかかわらず、裁判所はアメリカ政府の対応は裁量の範囲内であるとしたのです。日本政府はジュゴンの調査活動を行ったものの、いい加減な調査でした。我々の目的だった環境アセスメントの徹底とは、大きくかけ離れた調査内容だったのです」
—―それは残念な結果でしたね。日本とアメリカで、自然の権利に関して違いはありましたか?
「アメリカの場合は、自然保護に関する制度も判例も、日本よりも進んでいます。例えば原告適格の範囲もきわめて広く、『事実上の利害関係があればよい』という程度認められます。具体的には、ジュゴンが生息する海で泳いだことがある、ジュゴンが生息する地域の文化を守っている、観察活動をしたことがあるなどで、原告になれます。ここがアマミノクロウサギの裁判とは大きく違いました」
—―今、奄美大島の嘉徳浜を巡って裁判を行っていますね。嘉徳浜はウミガメが産卵しに来るなど、自然豊かな場所です。どんな論点で争っているのでしょうか。
「砂浜にコンクリートの護岸を作る工事が行われる予定なので、それを止めてほしいと鹿児島県に訴えています。嘉徳浜は人工物のない自然海岸です。そこにコンクリートの護岸を置くことで、砂浜が削られてしまいます。すると、今の自然の状態が失われてしまうし、砂浜の防災機能も低下してしまいます。浜は人の生活の場でもあるので、浜の風景と文化も守るためにも争っています」
—―鹿児島県はなぜ護岸を作ろうとしているのでしょうか。
「防災のため、ということになっています。しかし、そもそも砂浜は、波を弱くさせて、陸に波が進入するのを防ぐ役割を持っています。今回の護岸は海側に突き出ているので嵐が来たらすぐに壊れてしまいそうな場所であるため、かえって危険になる可能性があります。コンクリートの護岸を作ることが、本当に防災へ繋がるのか、科学的な議論がないまま工事の話が進んでいるので、そこを明らかにしながら裁判を進めています」
—―自然の権利を守っていくためには、調査なども含めると膨大な時間とお金がかかりますよね。籠橋弁護士が考える、自然の権利や自然の権利基金が抱える課題は何でしょうか。
「今は活動資金を集めることが課題です。自然の権利基金や事件ごとの寄付金が、我々の活動費になっています。嘉徳浜の訴訟では、クラウドファンディングにも挑戦しました。自然保護活動は続けることがとても大事なので、活動資金をきちんと確保できるよう模索しています」
—―通常の業務もされていると思うんですが、自然の権利に関する訴訟だと、今は何件抱えているのでしょうか?
「僕は7、8件ぐらいですね。環境に関するものは行政訴訟なのですごく大変で、普通は1件抱えていれば十分だと思います」
—―大変なのに、なぜ今の活動を行っているのでしょうか。原動力はどこにあるのですか?
「よく分からないです(笑)。弁護士って色んな事件に取り組むなかで、時間の制約があるので、自分に合わないものは切り捨てていくんですよね。それで残ったのが、僕の場合は環境事件でした。自然科学が好きなので、環境問題に関わることで自然科学に関与できるのがとても楽しいです。思い返せば、小さい頃は昆虫少年でしたし、宇宙や生物の進化などの壮大な時間の流れも好きでした。
あとは、『民主主義』も自分にとって重要なテーマなんです。自然保護グループが声を上げて、正当に取り上げられる社会であることが大切だと思っています。ですから、僕が弁護士である限り、民主主義の社会を作ることに奉仕したいと思っています」
—―金銭的な課題はありつつも、自然の権利に関わっていくことに意義を感じていらっしゃるのですね。
「そうですね。環境や自然に関わることが好きなので、そこに時間とお金をつぎ込むのは、僕にとって当たり前なんです」
<取材協力弁護士>
籠橋隆明(かごはし・たかあき)弁護士
東海高校、京都大学卒業後、第39期司法修習生となる。京都で10年ほど弁護士をした後に登録を愛知県弁護士会に移す。名古屋大学講師、立命館大学教授。アマミノクロウサギなど野生生物保護運動に取り組む他、中小企業のための弁護士としても活動している。
事務所名:
名古屋E&J法律事務所 http://www.green-justice.com/
一般社団法人自然の権利基金 http://www.f-rn.org/
日本環境法律家連盟・JELF https://www.jelf-justice.org/