新型コロナウイルスの影響を受け、消費者の生活が一変した。世界中で“ステイホーム”が広がる中、楽器を手に取る人が増えているという。ニューヨーク・タイムズ紙が9月、ギターメーカー大手のフェンダーの「売上が過去最大になる見込み」と報じた。
同社CEOのアンディー・ムーニー氏は「今年が記録的な年になることなど予想もしていなかった」「3月の時点では今日のような状況になっているとは考えてもいなかった」などと同紙の取材に回答。自粛期間中に訪れたギターの"特需"は、同社にとってもサプライズだったようだ。
ギター教則アプリ、新規利用者の45%は「女性」
記事によると、好調の要因はEコマースや初心者用の楽器の売上で、2桁成長になる見込み。さらに、ギター教則アプリ「フェンダー・プレイ」の利用者数は、15万人だった3月後半から約3か月で93万人にまで爆発的に増加している。
同アプリの新規利用者の約20%が24歳未満で、約70%は45歳未満と若年層が目立つ。特に、これまで30%程度だった女性のユーザーが増えており、新規利用者に限定すると約45%を占めるという。
同アプリに参加するギターインストラクターは「自粛生活で突然時間ができたこと以外にも、人々が楽器を始める理由がある」と考える。世界中が不安に包まれる中で、楽器にオアシスを求めているのでは、というのだ。
記事中では神経科学者の分析を紹介。楽器にセラピー効果があることは、多くの心理学研究でもすでに明らかになっているという。
「毎日が"ブラック・フライデー"のようだ」
大手オンライン楽器販売サイト「Sweetwater」の販売担当者は「楽器販売を25年間やっているが、こんなのは見たことがない」と話す。さらに、クリスマスセールが始まる11月の第4金曜日を引き合いに出して「毎日が"ブラック・フライデー"のようだ」と印象を語った。
このほかのオンライン販売業者も春から夏にかけて同様の傾向があるようだ。3~4月にほとんどの実店舗を閉店していたにもかかわらず、大半のトップギターブランドの売上が3桁成長を見込でいる、という関係者の声も紹介している。
売上が好調なのはフェンダーだけではない。ジョン・メイヤー、エド・シーランらが使用する老舗アコースティックギターブランドのマーチンも「3月は平時より40%減収だったが、現在は驚くような勢いで盛り返している」と話す。6代目経営者のマーチン氏は「狂っている」とした上で、
「アコースティックギターの現在の需要は信じられないほど大きい。以前のギターブームも経験したが、今回は完全に意表を突かれた」
と驚きを隠せない様子だった。
ベン・ハーパー、ジャスティン・ビーバー、テイラー・スイフトなど著名アーティストが使うテイラー・ギターズについても「受注ベースで言えば、6月が過去最大だった」と同社創業者の一人は語る。さらに、6~7月の2か月間のみで、新型コロナ前に計画していた2020年の注文数の半分を達成してしまった、としている。
フェンダーと並ぶエレキギター大手のギブソンも例外ではない。2018年に経営破綻した同社。CEOを務めるジェームズ・カーレイ氏は「夏の終わりまでは配送が間に合っていなかった。作ったギターはすべて売ることができた」と振り返る。
カーレイ氏は、こうしたギター需要の増加をマズローの自己実現論になぞらえて考えている。マズローは、人間の欲求を5段階のピラミッド型の階層で理論化した、世界的に著名な心理学者だ。「人々は達成感を得るための高い目標を目指す前に、まず食糧や安全などの基本的な必要を満たしたがる」などと説いている。
カーレイ氏は「これこそ世界が経験したものだ」として、人々がまずトイレットペーパーの購入に走ったり、感染を防ぐために隔離できる環境を求めたことなどを挙げる。楽器購入はその次の段階にあるものとして「人々が自己実現や自己達成を求めているのだろう」と考察していた。
フェイスブックのコメント欄には「パンデミックにテレキャスターを買ったけど、今はコロナ・ブルースをかき鳴らしているよ」(編注:BluesとVirusを掛けている)といったコメントもみられた。