2020年09月10日 15:31 弁護士ドットコム
主人公は、父子家庭の女子高校生。コロナで在宅勤務になった父親に精神的な虐待を受けるものの、シェルターを経て新たな1歩を踏み出すーー。
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子どもの権利を守るための活動を26年前から続けている弁護士らが、毎年上演してきた演劇シリーズ『もがれた翼』(東京弁護士会主催)。今年は新型コロナウイルスの影響で、舞台での公演はできないが、9月10日に新作動画を配信した。
オリジナルの脚本をもとに、9人の弁護士が演じる。背景にあるのは、コロナ禍で子どもたちの家庭内の安全が脅かされていることへの懸念だ。中心メンバーの坪井節子弁護士は子どもたちに「家族の中で煮詰まっていても、相談できる人がいないと諦めずに、一緒に考えてくれる大人がいることを知ってほしい」と話す。(ルポライター・樋田敦子)
3月ごろからコロナウイルスの感染拡大にともない、休校や在宅勤務で、家族の多くが家にいるようになった。外出自粛、巣篭もり生活で懸念されたのはDVや虐待の増加である。
中学3年生、小学6年生の2人の受験生を持つ、会社員の山本薫さん(50歳、仮名)は、5カ月前を振り返る。会社員の夫(55歳)は、早々に在宅勤務となり、家でコンピューターに向かい、電話で打ち合わせをする日々が続いた。娘たちは、普段はいない父親からの叱責を受け続けるようになっていた。
「塾に通えない分の課題はすましたのか。まだやってないのか」
「こんなに簡単な算数の問題もできないのか、バカ。受験止めるか」
子ども時代から勉強ができ、エリート街道を進んできた夫は、容赦なかった。
「そばで聞いていて、ドキドキしました。そんなに言わなくてもいいのにと。娘たちは、最初はビクビクして萎縮していました。そのうちに次女は挙動がおかしくなり、顔に軽いチック症状が現れ、私がそのことを夫に訴えると、少しは辛辣に言わないようになりました。
長女は慣れてくるに連れ、またかという顔をしていましたが、反抗することもなく耐えている。もともと夫は私に対しても高圧的で、聞く耳を持たない一面があります。このままでは教育虐待につながるのではないかと本当に不安でした。夫がいないときは、3人で仲良くやっていたのに、在宅で家族に緊張状態が続いた2カ月でした」
在宅が終了し、休校が解かれ、子どもたちも学校に通うようになって落ち着いたが、こんなケースは山本さんの家庭だけではない。
前出の坪井弁護士がいう。
「直接の虐待につながらなくても、DVや離婚の事案から、もともと信頼関係が十分に構築されていないまま、顔を合わせる時間がなかった夫婦や家族が、長時間身近で暮らすようになったために、互いに不満が募り、衝突を回避できない事態が発生することが多くなっていると感じます」
冒頭で紹介した、9月10日に公開された動画は、こうした家庭を意識して作ったものだ。
坪井弁護士たちの活動は、1994年にさかのぼる。この年、日本は国連子どもの権利条約を批准した。これを機に虐待を憂慮していた有志の弁護士は、1年に1回、子どもの権利侵害の様子を演劇にして、社会に知らせようと試みる。それが昨年まででパート26におよぶ『もがれた翼』である。
実際に起こった社会的・時事的な事件をもとに、弁護士が脚本を書き、弁護士自らが出演して上演してきた。この演劇を通じて、今晩帰るところのない子どものためのシェルターの必要性が訴えられ、多くの人々の協働によって2004年に東京都内に「カリヨン子どもセンター」が開設されている。
「親から暴力を受けている」「祖父の性虐待から逃れたい」「行き場がない」などーー。小さい子には、児童相談所の一時保護所があるが、10代後半ともなると逃げる場所がない現実があった。
「10代の子が児相に行って、虐待を受けていると説明をしても“キミが悪いんじゃないか”と説得をされて帰されてしまうケースが実際にあったのです。当時は例えば16歳の子が虐待されているとは、児相の職員も思わなかったのかもしれません」(坪井弁護士)
だからこそ、子どもたちの駆け込み寺、シェルターが必要だと、弁護士が奔走し、開設にこぎつけたのだ。カリヨンにはこれまで15年間で430人以上が避難してきた。現在では、子どもシェルターは全国十数か所に増加した。
9月10日に公開された新作は、前述のとおり、父子家庭の女子高校生チヒロが主人公だ。高校は休校、普段働いていたアルバイトも休業に追い込まれ、そこに在宅勤務になった父親と四六時中、顔を合わせるようになる。父からの暴言、弟との差別的な扱いが日ごとに増えていくーー。
以前からこういった軋轢はあったが、毎日顔を合わせることによって激化。チヒロは、家を出てシェルターに駆け込むが、自分の感情をあらわにすることができない。シェルター職員、子どもの担当弁護士、児童相談所福祉司らとケース会議や面談が繰り返されて、次第に心を開いていく、というストーリーだ。
「在宅で家にいる家族」の形は、ウイズコロナの現代社会を映すビビッドなテーマでもある。出演した吉川由里弁護士は、次のようにいう。
「私のもとには、“もともと家族との仲は悪かったけれども、自分は休校、親は在宅ワークでますます家にいづらくなった”という相談がきました。そういう子どもは少なくないと思っています」
また坪井弁護士も同様にいう。
「日頃行っている“子どもの人権110番”あるいは“子どもとツナガル~弁護士プロジェクト~”(https://note.com/kodomo_tsunagaru)の活動の中で、子どもたちが追い詰められている状況は想像できました。4月に入り、児相への虐待通報件数が減少していたので、子どもたちが閉じこもらざるをえない中で、虐待が発見されなくなっているのではないかという懸念もありました」
03年から同シリーズの脚本・演出を担当している石井花梨カリヨン子どもセンター事務局長は「プライバシーの問題もありますので、1つの事例というわけではなく、寄せられた相談の何事例かをミックスする形で脚本を完成しました」という。
オンライン撮影で映像作品にまとめるのは今回が初めての試みだ。
実際に観客と対峙して行われる公演とは違い、今回は情勢を考えて、最初から映像作品にして、オンライン撮影・録画して動画を配信するという方法で準備してきた。出演した弁護士は9人を数える。
「オンラインは、コロナ後の世の流れになっていましたし、必要なコミュニケーションは取れるだろうと思いました。離れた場所でのやり取りは、難しい面もありましたが、何かあればその都度やり直しをして、短い画像をつなぎ合わせて1本にしました」(石井さん)
「一度もリアルで集まらずに、冒頭を除くほとんどを、zoom会議を録画する方法で撮影しました。すべてが手探りの状態での撮影だったのです。最初は、お互いの感情の行き来や呼吸などがつかみづらく、難しさを感じました。が、やっていくうちに意思の疎通ができるようになり、最後にはチャレンジしてよかったなと思いました」(吉川弁護士)
作品の中には印象的なセリフも出てくる。
チヒロ「それまで、ギリギリもっていた生活がコロナで全部崩れちゃって。お父さんの仕事で一昨年、引っ越してきたから、家の近くに友達はいないし、前はおばあちゃんのところに逃げてたりしたけれど、おばあちゃんは病気したことがあるから、コロナにかかっちゃったら大変だし。
友達に愚痴ることもあったけど、やっぱり、こういうのわからないじゃん。普通に親がいて、仲良い子たちには。うちはお父さんひとりで大変だし、てかお父さんがうちや弟に寂しい思いをさせないようにって思ってたのはわかるんだけれど……。
だからって、お父さんの顔色ばっかみてるの、もう疲れた。合わせているのに、あの人ずっと機嫌悪いし、もういいやと思った」
そこに担当になった宮田弁護士が話を引き取る。
「そりゃ、私たちも魔法使いじゃないし、チヒロちゃんの代わりになってあげることはできないんだけど、でも、例えば家を離れても学校に行く方法はあるし、お父さんたちとも今はちょっと距離をおくけれど、大人になってまた緩やかにつながっていく人たちもいるからさ。
チヒロちゃん、私たちずっと、かかわる距離は変わっても応援団なことは変わりはないからね。リアルでもネットでもーー」
そうしてチヒロは、シェルターに避難し、そこで周囲にいる大人たちの力を借りて、シェルターを退所し、新たな一歩を踏み出す。
出演した弁護士たちは、「不安だ、つらい、と言っていいんだよ」と訴える。生きづらい子どもたちが少しでも楽になるような解決法はないものか。坪井弁護士が次のように話す。
「家族といえども他者であること。子どもといえども、ひとりの別人格の人間であることを認め合い、敬意を払って、距離をとって暮らさなければ、家族は維持できないことに気づくことだと思います」
この動画を見て大人たちは、何を思うのだろうか。子どもたちは、自分の身を重ねてみるのだろうか。他者への敬意。一言発する前に考える。これがあれば、子どもたちを追い詰めることもなくなるのではないだろうか。
動画は9月末まで、YouTubeで配信される(https://youtube.owacon.moe/watch?reload=9&v=HW4LdonP27c)。東京弁護士会のサイトでは過去の作品も視聴できる。