2020年F1第8戦イタリアGPから、新しい技術指令(TD)が施行され、全車、予選とレースで同じICE(内燃エンジン)モードを使用することが義務付けられた。
ICEの出力制御は、燃焼室内に噴射する燃料量や点火タイミングの変更によって、主に以下の3種類のモードがあった。
・フリー走行モード
・予選モード
・決勝レースモード
この3種類はパワーユニットマニュファクチャラーによって、さらに細かく細分化されたセッティングになっており、たとえばレースでは、集団のなかでの走行時にはエンジンに優しい低負荷仕様のレースモードで走らせている。
逆に、同じレースでもなんとかしてオーバーテイクしたいときは、高出力モードを使用することもあり、昨年のオーストリアGPでホンダがマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)に使用を許可した「エンジン11、ポジション5」は、まさにそれにあたる。
新TDによると、同じICEモードを使用しなければならないのは予選とレースであり、フリー走行モードはこれまでどおり残っており、イタリアGPからはこれまでの予選モードと決勝レースモードを組み合わせた新しい予選モード&決勝レースモードということになる。
だが、この新モードの設定が簡単ではない。「予選モードがなくなって楽になる分を、(レースで)どう使うか」(田辺豊治F1テクニカルディレクター)からだ。なぜなら、予選で負荷をかけない分を単純に決勝レースモードを高めに設定することはできないからだ。
というのも、これまではレース中でも、前を追いかけられないときには出力を落としてセーブしてきたが、今回のイタリアGPからは予選のスタートからレースでチェッカーフラッグを受けるまで、同じモードで走らせなければならないので、シーズン全体を見て、モードを設定する必要があるからだ。
ただし、いくつか例外はある。たとえば、セーフティーカー(SC)やバーチャルセーフティカー(VSC)が出たときだ。またトラブルが発生したときにも、エンジンを保護するためのモードを使用できるが、その場合はFIAへ申告したうえで、パフォーマンスを大幅に低下させるモードへの切り替えが必要となり、それを使用した場合は、元のモードにそのレースで戻すことはできない。
また、今回のTDではICEモードが固定されるだけで、回生エネルギーを使用したオーバーテイクボタンをレースで使用することは可能となっている。ただし、前戦ベルギーGPではバルテリ・ボッタス(メルセデス)とエンジニアとの間で、こんな無線のやりとりがあった。
ボッタス:ワン・プッシュしていいよね?
メルセデス:いいよ。でも、レース前に話したように、チームメート同士のバトルには使用してはいけないということを忘れるな
ボッタスが無線で尋ねてきた「ワン・プッシュ」とは、「オーバーテイクボタンを1回押していいか?」ということを意味する。そして、エンジニアが返答した「チームメート同士のバトルには使用してはいけない」というのは、「エンジンの寿命を考えて、その使用回数に制限を設けているため、その貴重なオーバーテイクボタンをチームメート同士のバトルには使用してはいけない」という意味が込められていた。
つまり、メルセデスのオーバーテイクボタンはICEモードの変更も組み合わされた設定になっていた可能性がある。そうなると、今回のICEモードの予選と決勝レースでの固定という技術指令は、予選だけに影響を与えているのではなく、レースにおける影響も決して少なくないことが想像できる。
イタリアGPの予選では、新しいTDによる影響はほとんど見られなかった。しかし、レースがどうなるのかは、まだわからない。