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「#検察庁法改正に反対します」はなぜ広がった? 成蹊大・伊藤昌亮教授に聞く

2020年09月06日 10:21  弁護士ドットコム

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世論の強い反発によって、今年(2020年)6月17日の通常国会閉会と同時に廃案となった検察庁法改正案。


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国会では4月16日の衆議院本会議で審議入りしたが、5月8日、ある女性がツイッターで「#検察庁法改正に反対します」とつぶやいたことがきっかけに、きゃりーぱみゅぱみゅさんや小泉今日子さん、浅野忠信さんなどの多くの有名人も抗議の声をあげることとなり、瞬く間に動きが広がった。



このハッシュタグを用いた一種の社会運動は「ハッシュタグアクティビズム」と呼ばれる。NTTデータの分析によると、このハッシュタグが付いたツイートは、わずか4日間でリツイートを含めて約664万件。1回以上投稿したアカウント数は約70万人となった。



一見、マイナーな話題に思える検察庁法改正案だが、なぜネット世論が前例にないほど盛り上がったのだろうか。成蹊大学文学部の伊藤昌亮教授(メディア論)に詳しく話を聞いた。(ライター・福田晃広)



●大勢の人が反応しやすかった「検察庁法改正案」

問題となった検察庁法改正案の主な中身は、以下の2点だった。



(1)「検察官の定年をほかの国家公務員と同様、段階的に63歳から65歳まで引き上げる」 (2)「内閣や法務大臣が認めれば定年延長を最長で3年まで可能とする」



この(2)の規定が、『時の政権が恣意的に人事に介入でき、検察の独立性や三権分立を脅かす』として、批判の的となった。



検察庁法改正に反対する動きがこれほどにまで広がった理由を、伊藤氏はこう指摘する。



「新型コロナウイルス禍の時期に起こったという特殊性もありますが、今回の動きはある種、シンボリックな問題が含まれています。市民感覚からすれば、安倍政権が黒川弘務検事総長をピンポイントで優遇することは許せない、となった。広がった背景には、問題の構図がわかりやすい面が大きかったと思います」



「たとえば、原発問題であれば、様々な利害関係があったり、人々の生活に密接に関わったりするので、一概にダメとは言いにくい。それに比べ、検察庁法改正の件は、その背後にある、三権分立や民主主義を脅かすといった大きな問題を直感的に指摘できるネタであったため、大勢の人が反応しやすかったのではないでしょうか」



●リベラル派「リアリティ志向」と保守派「リアリズム志向」の対立

今回の一連の動きを振り返ると、ネットのリベラル派と保守派による対立があったと伊藤氏は語る。



伊藤氏の分析によれば、今日のリベラル派は、現実の切実な問題に対して、日常の感覚からストレートに反応する『リアリティ志向』の態度を取るという。原発問題などの場合がそうだ。



今回の例をあげると、歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさんの『今コロナの件で国民が大変な時に(略)自分たちの未来を守りたい。自分たちで守るべきだと思い呟きました』(後に削除)といったツイートにみられるような志向だ。



一方の保守派は、現実として問題の複雑さを強調する『リアリズム志向』の立場だと伊藤教授は指摘する。



こちらも例をあげると、タレントの指原莉乃さんがテレビ番組で、『双方の話を聞かずに、どっちもの意見を勉強せずに、偏ったやつだけを見て、『えっそうなのヤバい広めなきゃ』という人が多い感じがしています』との発言は、リアリズム的な考え方だという。



「実際、検察庁法改正案に賛成している保守派は少数派であり、検察庁法改正案に賛成するリベラル派を批判するといった構図になりました。彼らにとって、リベラル派の『リアリティ志向』は、単純すぎる風に映ったのかもしれません。



しかし、政治学者の丸山真男は『「現実」主義の陥穽』という論文で、次のように指摘しています。左派が主張する理想論に対して、保守派が現実論を語るのは、一見、保守派の現実論が正しいように思えるが、ただそれはあくまで既成事実であり、現実は変わりうるというスタンスに立っていない。



つまり、現実が変わる可能性もあるのだから、理想論だと非難するのはおかしい。現実主義に突き進めば、落とし穴にハマり、結局現実はいつまでも変わらないと主張しているのです」



●「一人ひとりが平等に参加している」は不正確

有名人の政治的な発言が話題となり、「#検察庁法改正に反対します」というハッシュタグアクティビズムは、これまでにない大きな運動となり、この動きを肯定的に報じたメディアが多かった。



たとえば、「#検察庁法改正案に抗議します」の投稿をしたロックミュージシャンの世良公則さんは、NHKのインタビューで、「『僕の1』と『あなたの1』に変わりはなく、世の中を動かすのは『1』をたくさん集めることでしかない。(中略)今回のことで、1人1人の問題意識が世の中を変えていくし、政治を動かすって事がちゃんと理解できたんじゃないかと思うんです」とコメントしている(NHK WEB特集2020年6月26日配信)。



しかし、伊藤氏は多くの人たちが声をあげたとする言説について、こう疑問を投げかける。



「ツイッター上では、一人ひとりが平等に参加している動きに見えますが、きゃりーぱみゅぱみゅさんのフォロワーは約500万人もいて、拡散力がケタ違いです。ハッシュタグアクティビズムは、個人が平等に参加する運動では必ずしもなく、単に大きな影響力を持つインフルエンサーの声に引っ張られた人も大勢いるでしょう。ですので、この動きを過度に楽観的に理解してはいけないと考えます」



これからも様々な話題でハッシュタグアクティビズムが起こることが予想される。『リアリティ』と『リアリズム志向』どちらかの二者択一ではなく、複合的に運動の推移を見ていくことがこの先求められるだろう。



【取材協力】 伊藤昌亮・成蹊大学文学部教授。専攻はメディア論。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。著書に『ネット右派の歴史社会学』(青弓社)、『デモのメディア論』(筑摩書房)、『フラッシュモブズ』(NTT出版)など。