2020年09月06日 08:01 リアルサウンド
一度はグレてバスケから離れ、けれど再びコートに戻ってきた「炎の男」三井寿。魅力あるキャラクターが揃い踏みする『SLAM DUNK』の中でも、押しも押されぬ人気を誇る男だ。挫折からの復活というストーリー、突出したシューターとしての才能と、泥臭く何度でも立ち上がる不屈の精神。三井が愛される理由ならばいくらでも挙げられるが、三井にとっての『SLAM DUNK』が何かと考えると、それは「自分の人生を取り戻す物語」なのかもしれない。
参考:『SLAM DUNK』木暮は“スターではない人間のスター”だ いつか来るかもしれない「その日」を信じ続ける強さ
「諦めたらそこで試合終了だよ」
中学時代、負け寸前の試合で安西先生からこの言葉を与えられ、闘志を取り戻した過去を持つ三井。安西先生に心酔し、彼が監督を務める湘北高校バスケ部に入部するも、怪我で挫折。そのままグレて部活から離れてしまう。作中ではバスケ部に因縁をつけてくる不良として初登場した三井は、しかし安西先生を前に「バスケがしたいです……」と本音を漏らし、バスケ部に復帰。
中学時代、神奈川県のMVPに輝いた三井のシュートは、2年のブランクを感じさせないほどの精度を誇る。翔陽戦では連続シュートを決め、山王工業戦でも大量得点を果たす。しかも、彼はスリーポイントシューターである。一気に3点を獲得できる三井は、劣勢をひっくり返す可能性を持った起爆剤だ。
「今日の三井寿はいいぜ」「落とす気がしねえ」
痺れるセリフとともにシュートを決めてくれる三井は、まさしくコートの上のヒーローだ。
だが、光あるところに影があるように、三井の活躍にはささやかな後悔がついて回る。翔陽戦、へとへとになりながら思う“ここで働けなけりゃ…オレはただの大バカヤロウだ”には、バスケから離れていた負い目が滲む。
2年のブランクだって、まったくないわけではない。体力のない三井は陵南戦の途中で限界を迎え、無念の交代となる。会場の外で、スポーツドリンクの缶すら自力で開けられないほど消耗した三井は苦悩する。
“なぜオレはあんなムダな時間を…”
この思いを、三井はずっと背負い続けている。グレることなくバスケを続けていたなら、三井本人の実力が上がっていたのはもちろん、赤木・三井の並び立つ湘北バスケ部はもっと強くなっていただろうし、選手層だって厚くなっていたはずだ。入部時に三井自身が口にした「全国制覇」だって夢ではなかったかもしれない。
考えたって仕方のないことを、それでも考えずにいられないのが後悔だ。三井がグレたままバスケから離れていれば、その後悔をここまで強く感じずに済んだだろう。バスケ部に復帰するということは、その後悔と真正面から向き合うということでもあった。
何も後悔しない、何も失わない人生はない。だとしたら人生というものは、過去に失ったものを未来でどうやって取り戻すかの戦いとも言える。そう考えた時、三井寿にとっての一番のファインプレーは、翔陽戦での連続3Pシュートでも、山王戦での大量得点でもなく、「バスケに戻ってきたこと」なのかもしれない。
山王戦、限界間近のふらふらの体で三井は呟く。
「おう、オレは三井。あきらめの悪い男…」
そして、腕も上がらないような状態から鮮やかなシュートを決めてみせる。ボールは微かな音を立ててネットを揺らす。
“この音が……オレを甦らせる。何度でもよ”
さっきまで疲れ切っていた三井の顔には、力強い生気が宿っている。
生きていれば誰しも失敗し、転ぶことがある。だからこそ、倒れ込んだ人が再び立ち上がるところを見たいと願う。
「あきらめたらそこで試合終了」そう教えられた少年は、あきらめの悪い男となって戻ってきた。三井寿はきっと、失ったものを取り戻すだろう。私たちはそれが見たいのだ。何度でも、何度でも。(満島エリオ)