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本当に飛んだ! 「空飛ぶクルマ」の有人飛行試験に密着

2020年09月02日 11:32  マイナビニュース

マイナビニュース

画像提供:マイナビニュース
東京23区内であれば、どこへでも10分で移動できる世界。スマートフォンで予約するとビルやマンション、自宅前などに飛来する自動運転の空飛ぶクルマに乗り、目的地に到着したら乗り捨てる。こんなSFのような世界を作ろうと頑張っている会社が日本にもある。「スカイドライブ」(SkyDrive)社がそれだ。同社が実施した空飛ぶクルマの有人飛行試験に密着した。

○機体を開発するスカイドライブとは

スカイドライブの福澤知浩代表は東京大学工学部を卒業後、トヨタ自動車の部品調達部門に就職。トヨタ生産方式を用いたカイゼンを実施し、原価改善賞を受賞した経歴を持つ。そんな福澤代表が、なぜ空を移動することに関心を持ったのか。

地上を走るクルマには渋滞があったり遠回りがあったりで、行きたいところへ素早く直線的に移動することができない。かといって、ヘリコプターや航空機を使うには大掛かりな離着陸場が必要で、そこまでの移動も考えないといけない。であれば、自動車の技術を基にした小型のエアモビリティ(空飛ぶクルマ)を作れば、日常的に空を使って移動することができるのでは。そんな考えから福澤代表は、スタートアップ企業などに勤めるメンバーが集まる「CARTIVATOR」(カーティベイター)に参画。その中から、個人が所有できる小型エアモビリティを作りたいと集まった自動車、航空機、ドローンなどを専門とする有志が立ち上げたのがスカイドライブだ。

目指したのは、駐車場2台分程度の場所に垂直離着陸できる機体。内燃機関を使わず、しかも騒音が少ない電動の「eVTOL」と呼ばれる形態だ。今回は、同社が開発中の「空飛ぶクルマ」による有人飛行試験を報道陣に公開するとの連絡を受け、愛知県内のテストフィールドに向かった。
○タイヤがない? 空飛ぶクルマのデザインは

同社のテストフィールドは、名古屋駅からクルマで1時間半ほどかかる、愛知県豊田市の人里離れた山中にある。入り口には「WARNING 関係者以外立ち入り禁止」の看板が掲げられたバリケードがあり、監視カメラも設置されていて、厳重な開発体制にあることがうかがえた。

1万平方メートルという広大な敷地内には機体を整備・開発する倉庫や事務所が見える。最奥部にあるテニスコート3面分ほどの飛行場は、透明なパネルを取り付けた高さ10m以上の鉄柵で囲まれていた。そこがテスト飛行の会場だ。安全を考慮して、我々はその外側から飛行の様子を見守った。

試験飛行を行った「SD-03」は、同社が開発中の3番目の機体ということになる。電動で飛行する1人乗りのパーソナルモビリティで、サイズは全長4m、全幅4m、全高2m。離陸時の重量は人が乗った状態で約400キロで、最高速度は時速40キロ、最大飛行時間は5~10分程度というスペックだ。機体の前後左右4カ所には2重反転式の3枚プロペラ計8つを装備。モーターやインバーターも8つそれぞれを独立して制御するフェイルセーフシステムを採用しているという。

真っ白に塗装され、ブルーで塗られたセンターのラインと社名のロゴが書かれた機体はシンプルでとても綺麗だ。クーペのようなエクステリアデザインも、開発途上の機体と思えないほどカッコいい。機体の素材は、コストと軽量化のバランスをとってカーボンやアルミ、また様々な複合材を使用しているという。塗装されていないプロペラの表面には、美しいカーボンコンポジットの模様が見て取れた。デモンストレーション用の機体のプロペラ部分には周囲を覆うガードが取り付けられていたが、実際の飛行テスト機ではそれが外されていた。

クルマと名乗っているのにタイヤがない。一目見てそう思ったのだが、今回の機体には重量面を考慮して取り付ていないとのこと。その部分はヘリコプターのソリのようなパーツになっていた。

1人乗りのインテリアは非常にシンプルな構成だ。跳ね上げ式のトップを上げてシートに乗り込むと、固定式の座席の前には13インチPCほどの画面が1つあるだけ。顔認証を行いつつ、行きたい方向を判断して自動で飛んでいくというのが完成形で、画面には空中から俯瞰した都市の様子が映し出されていて、筆者の顔の向きに応じて景色が動くのが分かった。ただし、今回の飛行についてはパイロットがマニュアルで操作するとのことで、その操作方法については教えてもらえなかった。

○2分30秒間のテスト飛行

「今日、いろいろな方の協力の下、この機体を報道陣に公開できることができて本当に嬉しいです。今回はぜひカッコよく撮っていただいて、多くの方々にポジティブに空飛ぶクルマの魅力が伝わるといいな、と思っています。」との福澤代表の挨拶の後、テスト飛行が始まった。

天候は快晴、無風。入念な機体チェックの後、F1ドライバーのようなフルフェイスに耐火スーツスタイルでパイロットが乗り込む。右手の人差し指を回すスタートの合図で8つのプロペラが急激に回転数を上げると、SD-03はすぐにフワリと空中へ。高度2mほどを保ちながら、機体はゆっくりとフィールドの中を右回転で1周し始める。

400キロの物体が空中に浮かぶわけだから、当然「ブゥーン」という大きなプロペラ音と「キーン」というモーター音が聞こえてくるけれども、やっぱり、エンジンを動力源とするヘリコプターなんかに比べたら圧倒的に静かだ。低いところを飛ぶので風圧も強めに伝わってくるのだが、こちらも音と同じで、高度が上がればほとんど気にならなくなるのでは、といったレベル。まあ、大きなドローンであると思えば間違いない。飛行中のSD-03の姿勢は安定していて、2分30秒後に機体は元の場所に正確に着陸。スタッフや報道陣から思わず拍手が起こった。

その直後、筆者のすぐ後ろでテスト飛行を見ていた福澤代表に感想を聞くと、「僕たち的には試験を繰り返し見ているのでいつも通りなのですが、それを多くの報道陣に見てもらえるのが今日の一番の変化で、ようやくここまで来たな、感慨深いな、というのが正直なところです。今回の飛行に関しては100点満点です」とのことだった。

○2023年の事業化を目指す

さて、有人飛行が成功した後に待っているのは、事業化に向けた型式証明という大きなハードルだ。これに対してスカイドライブは、三菱重工業や三菱航空機で「三菱スペースジェット」(旧MRJ)のチーフエンジニアや技術担当副社長を歴任し、飛行体の型式証明取得の知見が豊富な岸信夫氏を今年4月、最高技術責任者として迎え入れて対策を練る。それがクリアできれば、2023年には2人乗りの機体を使い、大阪の湾岸エリアで5~10キロほどの地点間を結ぶエアタクシーの事業を開始し、2026年にはさらに飛行距離を伸ばして20~30キロに拡張することを目指すという。また、2028年ごろには3,000~5,000万円で一般への市販化も行う予定であるとのこと。販売数が増えれば機体価格が下がるので、将来的には現在の普通自動車程度の価格で販売するところまで狙っているという。

eVTOLと呼ばれる空飛ぶクルマの市場は、2040年には170兆円になるとの予測がある。世界で開発中の会社は200~300社、すでに有人飛行を成功させているところも十数社はあるとのことだ。スカイドライブでは広い土地を持つアメリカや中国の企業が製造する大型の機体に対抗して、より小型で静かな機体を開発することを目標としている。そうした機体は日本やアジアなど、国土の狭い地域でより使いやすい。この道が、結果的に成功への最短距離だと確信しているのだ。ぜひ応援していきたい。

原アキラ はらあきら 1983年、某通信社写真部に入社。カメラマン、デスクを経験後、デジタル部門で自動車を担当。週1本、年間50本の試乗記を約5年間執筆。現在フリーで各メディアに記事を発表中。試乗会、発表会に関わらず、自ら写真を撮影することを信条とする。 この著者の記事一覧はこちら(原アキラ)