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「人気作に抜てき」で若手声優にネット中傷 事務所は刑事告訴「人格攻撃見過ごせない」

2020年09月01日 10:02  弁護士ドットコム

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「誹謗中傷は罪だと言っても理解されない。実際に逮捕者が出なければわからない人もいるんです」


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ブシロードグループが運営する声優事務所「響」は、所属声優がネット上の誹謗中傷被害を受けたことから、このほど該当アカウントに対して民事・刑事上の法的措置を取った。



5月から対応策を打ってきたものの、最終的に加害者が中傷を完全にやめることはなかったという。有名人への誹謗中傷が社会問題化する中、対策の「成果」と「課題」が見えてきた。



●「枕営業」人気声優への根拠なき中傷

グループの法務部長を務める井上智則氏が経緯を説明する。「響」所属の若手(女性)声優Aさんが中傷の被害者だ。



人気作品の重要な役に起用されたことをもって「権限者と不適切な関係があった」など枕営業を想起させる投稿や、Aさんの顔を用いたアイコラ画像のアップなどがあったという。



同社の声優らはツイッターなどのSNSを、基本的には自身で運用している。フォロー外の投稿・リプライをミュートしても、誹謗中傷が目に入ってしまうことは完全に避けられない。



グループとして看過することはできず、これまでに3段階の対策を実施してきた。



●めざましい効果があった対策第1弾

同社は5月14日の「弊社所属声優に対する迷惑行為について」と題したプレスリリースで、被害の存在を明かし、アカウントの凍結申請や、弁護士を通じた法的手段、および警察に通報・告訴することを通知した。







この「警告」の効果はてきめんだった。「該当する投稿、アカウントが削除されました。 感触として、目についた該当アカウントの9割が消えたのではないでしょうか。我々の想像を遥かに超える削除がありました」(井上氏)



●対策第2弾をものともしない加害者

しかし、残る「1割」には警告が通用しなかったようだ。懲りもせず、Aさんへの中傷を続けたという。そこで、同社は6月11日に第2弾として追加のプレスリリースを打つ。







「警察への被害届の提出を含む手続・相談および発信者情報開示請求の手続き」をすでに始めたことを通知したのだ。しかしーー。



法的手続きの開始を知らせても、めぼしい効果はなかった。「投稿を止めるどころか、『この投稿は批判である』と自身を正当化し、人格否定や社会的地位をおとしめる発言を続ける人もいました」



井上氏は「2パターンの人がいます」と話す。「自己を正当化することで悪いことだと思わずに続ける人。そして、悪いことだと気づいていてもどうせ逮捕・処分されることはないだろうと思って続ける人です」



●最後の第3弾「東京地検に刑事告発」

後述するが、同社は警察への被害申告や、SNS(ツイッター社)への削除申請も実施している。しかし、かんばしい成果は得られなかった。



同社は、様々な採り得る手段を検討したうえで、最終的に数名の中傷加害者に対して、名誉毀損罪で東京地検に刑事告訴状を提出した(7月6日付け。後に所轄警察署による刑事告訴受理に伴い取下げ)。ならびに、弁護士を通じて投稿者を特定するための情報開示請求を始めた。



対象としたのは、Aさんのツイッター投稿に対するリプライの形での中傷、Aさんの名前のハッシュタグを使った中傷など。今後も状況に応じて、対象人数が増えていく見込みだ。



「ここまでしなければ声優を守れない状況です。そして、ここまでやって初めて、声優の人格否定はいけないことだと理解してもらえると思います」



Aさんの件は氷山の一角とみられる。誹謗中傷に対しては、事件化したものも含めて、これまでにもいくつかの声優事務所が法的措置の意向を表明している。



●エンタメ企業として、表現の自由との兼ね合いに苦慮

今年5月、同じブシロードグループの「スターダム」に所属していたプロレスラー・木村花さんが誹謗中傷を苦にしたとして亡くなった。



出演していたリアリティー番組は芸能関係の仕事ではあったものの、それでも木村さんの相談には芸能関係のものでも可能な限り応じてきたという。



「木村さんのことがありましたので、これまで以上にタレントを守らなければいけないという意識はより強くなりました」



一方で、数々のエンタメ作品を世に送り出す企業として、一連の法的措置をとることと、表現の自由との兼ね合いに苦慮したという。



「作品への発言や強い思い、こだわりを否定したり、抑圧したりしません。一般的な批判と名誉毀損かどうかの見分けがつかない部分には、法的対応は取らないでしょう。ただ、声優個人への人格攻撃になるものは見過ごせません。



この声優にはこんな過去があると具体的に嘘を書きたてるのも名誉毀損です。歌や演技が上手くないという一般的な批判でも、数限りなく続ければつきまとい行為になりえます。



批判だからと言って、なんでもかんでも書き込むのは違う。それを強く言い続けなければならないんです」



●被害者の心をくじけさせる3つの大きな「壁」

同社が刑事告訴に至るまでには、多くの回り道をする必要があった。それは「徒労」と言い換えられるものかもしれない。「刑事、民事、削除申請。主に3つあります」



(1)刑事



東京地検に刑事告訴する前段階で、警察にも被害を訴え出ている。しかし、当初、警察は被害届を受理しなかった。



「警察が悪いと一方的に言うつもりはありません。捜査にかけるリソースが限られていることは理解できます。しかし、合理性があり、虚偽でなければ、告訴状は受け取る必要があります」



告訴状の提出前、警察は「この資料が必要」「あの情報が足りない」と理由をつけて、被害届を受理しなかったそうだ。



「本件に関しては、最終的に警察には告訴状を受理していただきましたが、それには、告訴状をあらかじめ準備するなどの工夫や、名誉毀損についての告訴状提出に関する知見のある弁護士への相談が必要でした」



ブシロードグループの所属声優が過去に事件に巻き込まれた際、何度か同じ警察の手を借りて事件を解決に導いた。



「声優への待ち伏せやストーカー行為は過去に何度かあったので、警察の協力を仰いで対応してもらいました。また、三森すずこさんにネットの殺害予告をした容疑者は脅迫の疑いで逮捕に至りました」



しかし、名誉毀損事件となると、警察は取り扱ってくれない。「Aさんより前に、何件か声優が被害に遭っているものの、名誉毀損に関しては、本件以前は被害届を受け取ってもらっていません」



(2)民事(投稿者の特定)



とにかく時間との戦い。そして金銭的負担も大きい手続きが発信者情報開示請求だ。



「ログが消えるまでに開示請求を成功させなければ、投稿者を特定できません。最大で3回の訴訟をする必要があり、弁護士費用も含めて最低でも数十万円かかります」



企業の後ろ盾がない個人には大きなハードルとなる。「プラットフォーマーがどれだけの期間、ログを残すかという問題もあります。手続きの簡素化が望まれます」



(3)削除申請



同社はツイッターの削除申請も進めてきた。「数百~千件ほど申請しましたが、削除が確認できたのは2~3件」という厳しい結果に終わった。



以上が、誹謗中傷と対峙する際に「大きな壁」となる課題だ。ブシロードはこうした課題を共有し、国が進めようとするネットの誹謗中傷への対策強化に貢献したいという。



「国の動きに期待しているのはもちろん、よりよい制度設計のために我々ブシロードも協力を惜しみません。すでに複数の国会議員のかたに働きかけ、協力をおこなっています」