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tofubeats × imdkm『リズムから考えるJ-POP史』対談 「イノベーションの瞬間を記録している」

2020年08月28日 18:31  リアルサウンド

リアルサウンド

左から、imdkm、tofubeats。

 ライター/批評家のimdkmが初の書籍『リズムから考えるJ-POP史』を刊行したことを受けて、9月25日にユーロライブにて盟友・tofubeatsをゲストに迎えた対談イベントが開催された。『リズムから考えるJ-POP史』執筆のきっかけから小室哲哉がJ-POPに与えた影響、宇多田ヒカルのリズムの解像度、そしてimdkmの今後の執筆の予定についてまで話は及んだ。


参考:DU BOOKS編集長に訊く、”濃すぎる”音楽書を作り続ける理由


■『リズムから考えるJ-POP史』の出版について


imdkm:元々「リアルサウンド」や自分のブログに、ポップスやヒップホップ、EDMなどのリズム構造や構成の分析、J-POPの歌の譜割りについての記事を書いていたんですよ。リズムについては、自分の得意技の1つにしようかなとは思っていましたね。そこに本の依頼もあったし、2018~2019年に出たJ-POPの新譜で、リズムのアプローチが面白い作品が多くて。この本はそういう状況から遡って、「J-POPを30年見てみたらどうなるだろう?」という企画です。


 本を出すことが決まってからは、10年ごとに、こういう部分をピックアップしたら面白いんじゃないかなというものを見繕って、時系列に並べて。それが実際の本の構成になりました。だから組み立て方は、ほぼ最初の発想から変わってないですね。1章から2章は1990年代、小室哲哉から始まって、和製R&Bが出てきて、CDの全盛期が終わるまで。3~5章は2000年代で、m-flo、中田ヤスタカ、Base Ball Bear。クラブカルチャーが入ってくることを踏まえて、2000年代のダンスミュージックとJ-POPがどういう風に関係していったのかを総括してます。で、6章は2010年代。30年の流れの中で、トピックが繋がるようには意識してます。例えば、m-floとか中田ヤスタカの話をした後に4つ打ちロックの話をするっていうのも意味があって。4つ打ちロックって今は夏フェスとかのイメージがあると思いますが、2000年代ってダンスミュージックとかフレンチエレクトロとかの影響で、ジャンルの入り混じった猥雑な印象があったんですよ。だから4つ打ちロックとして2010年以降に括っちゃうと、その猥雑さが忘れられちゃうかなって。トピックだけを見るとちょっとアラカルトっぽいけども、僕の中ではこのように並べることに歴史的な意義を感じてますね。


tofubeats:WEBの記事も読んでいましたけど、本で読むと全然印象違いましたね。より網羅的になっているのもありますけど、やっぱりストーリーが大分色濃くなっていくんで。これがあったから、こうなったみたいな流れが、よりわかりやすくなってますね。WEBの記事からどれくらい書き足しました?


imdkm:WEBは一記事4000字で、本は一章がほぼ一記事のトピックなんだけど、本だと一章12000字くらい。3倍ですね。最後の宇多田ヒカルや三浦大知の話は書き下ろしに近いです。WEBよりも割と突っ込んだ話をしてますね。


■小室哲哉がJ-POPに与えた影響


imdkm:1章では、小室さんがプロデュースした楽曲のBPM分布図を入れてるんです。それの結果が結構面白くて、TRFのシングルのBPMを見ていくと、どういう戦略で楽曲のリリースが続いたかっていうのが如実に見えてくるんですよ。小室さんは、90年代にダンスミュージックのボキャブラリーをJ-POPの中に持ち込んできた人ですよね。だから最初は「BOY MEETS GIRL」のようなアップテンポでわかりやすい曲だったんですけど、TRFがリスナーに受け入れられていくごとに段々BPMを落としていって、ハウスやガラージのような玄人好みの感じになっていく。それは意識的にやっていたという小室さん本人の発言もあって。つまり、ある種のダンスミュージックとしての正当性みたいなものをJ-POPの中で実現しようとしたときに、一番わかりやすい尺度がBPMだったのかなと。「Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~」はTRFが『レコード大賞』をとった代表曲ですが、「BOY MEETS GIRL」とかのテクノっぽいグルーヴとは明らかに違いますよね。ブラスやストリングスが入ったりして。「これは新しい音楽だ」とテクノミュージックをJ-POPに翻案してきた小室さんが、TRFの活動に段々と手ごたえを感じる中で、2年くらいかけて「ここまではいけるだろう」と感じてリリースした曲であり、それが『レコ大』をとった。リスナー側がどこまで実感していたかはわからないけども、小室さんの中では割ときれいなストーリーになっていそうだなと思います。


tofubeats:このあとにSMAPの4つ打ち期であったりとか、ハロプロをダンス☆マンがアレンジした時期が出てくるので、実際に小室さんの教育がシーンに時間差で反映されていますよね。


imdkm:トータス松本が「ガッツだぜ!!」(ウルフルズ)を制作するにいたったきっかけ「Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~」をはじめとするtrfや小室哲哉作品だったという発言もしていて。これは小室さんが持ち込んだ4つ打ちのグルーヴを、「これが今リスナーに受け入れられるんだ。だったらダンスミュージックっていうものを自分たちでもやってみよう」っていうモチベーションだったようなんですね。だから、日本人受けするディスコ歌謡、最近でいうと「恋するフォーチュンクッキー」(AKB48)とかにまで繋がる流れをつくったのは、小室さんの90年代の仕事だったんじゃないかなと。


tofubeats:そういうインパクトを与えたリズムの変遷は、本の中でも各章で取り上げられてますよね。たとえばMISIAが出てきて、R&Bが受け入れられて、宇多田ヒカルが出てきたり……そういうイノベーションの瞬間を、この本はちゃんと記録してます。あと読んでいて面白いのが、やっぱりJ-POPのイノベーションってリズムが軸だったんじゃないか、という気がしてきちゃうところですね。それについてどう思いますか? 本のテーマが“リズム”というのはありますけど、メロディでイノベーションが起きてたっていう印象よりは、リズム(で起きていた印象)の方が強いんじゃないんですかね?


imdkm:tofubeatsも解説で書いてくれているけど、リズムって新しいジャンルに結び付きやすいんです。たとえば音階が変わったからって、突然別のジャンルが生まれるってことは中々ないわけですよ。でも、4つ打ちじゃなくて8ビートだよねとか、8ビートじゃなくて16ビートだよねとか。そういう考え方をすることで、リズムに関する感覚が如実に変化していることは確かですね。かつ、そういうのって言語化しにくいんです。リズムって直感的にわかりそうで、実はちゃんと分析するのは難しい。メロディとかは、ここでこういう転調があって、これは新しいですねって言いやすいですけど。だから、リズムの微妙な差異が産む新しさっていうのを強調して、プレゼンしているのがこの本ですね。


tofubeats:画期的ですよね。J-POPって上にのってるのは日本語だし、メロディがあってコードがあって、というのは全部一緒じゃないですか。だからJ-POPという枠の中だと、自由度が高いのは実はリズムなんですよ。ポピュラー音楽であれば、ある意味リズムは問われてないっていうのがJ-POPの特徴なので。普通はリズムが変わったら(ジャンルの)棚が変わっちゃうわけですよ。それがJ-POPであるがゆえに、付け替え可能だったっていうところに着目して30年追っていくと、こうもバリエーションあるのかということに気づかされました。


■宇多田ヒカルのリズム解像度


imdkm:宇多田ヒカルさんの「誓い」のリズムの分析動画をYouTubeに上げてるんですけど、この曲がすごい。宇多田さんって(日本で)一番売れてるアーティストって言っても過言ではないじゃないですか。『初恋』は、最も売れてるアルバムと言っていいと思ってるんですけど、その収録曲のリズム構造を見ると凄くハイブロウだなと。ポリリズムだったり、レイドバックしたリズムだったり、譜割りの歪さが明らかに含まれていて。たとえば「誓い」は、ターン、ターン、ターン、ターンってゆったりした4拍子のようでもあるし、歌が入ってくると8分の6拍子っぽくも聴こえるんだけど、どの解釈にも微妙におさまらないズレが絶対どこかにあって。単に感覚的にズレてるだけじゃなくて、ちゃんと見ていくと「あ、実はここで辻褄があってるんだ」みたいなのが、いっぱい含まれている。これは『Fantôme』以降、世界中の凄腕のプレイヤーを集めてプロダクションも変わったことによって、宇多田さんが元々もってたリズム解像度の鋭敏なセンスが、完全に炸裂している音楽だな、と。調べてみると、「これ何拍子?」とリスナーも戸惑っているリアクションが比較的あって、だから動画という形で分析してみたんだけど、分析する中で、「こんなにポップスの領域でリズムを考えるのは面白いんだ」と再確認しましたね。あとインディーズだけじゃなくて、超ド級のメジャーアーティストがこんなことをやっちゃってんだって、意外と皆言わない。これだけ凄いんだから、もうちょっと突っ込んだ話しようよ、と。それがこの本のモチベーションにも通じてますね。


tofubeats:実際そういうことがわかると、音楽の楽しみ方が変わりますよね。宇多田さんの曲もimdkmさんの解説を踏まえて聴くと、楽曲に対する粒度がより細かくなるので、全部の音楽の楽しみ方が変わってくると思うんです。実は会場に居る人も、無意識のうちにそういう体験を経ているんですよね。それを改めてこの本で見返して、こういうことだったのかって思ったりできますね。あと、解説で書こうと思って書かなかった話なんですけど、僕の祖父が今老人ホームに住んでいて。tofubeatsの「RIVER」を、ある日突然歌ってくれたんですよ。メロディも歌詞もちゃんと歌えてるんですけど、リズムがやっぱり違う。僕らからしたら、すごく簡単なリズムじゃないですか。でも上の世代の人にはこのリズムの解像度がない。〇〇節とかは上手く歌えるし、ジルバとかも踊れるんですけど、「RIVER」のリズムは身体に入ってないんですよね。実はJ-POPの中ではそういうことが何回も起きていて。世代が40~50年離れるだけで、それだけ断絶が出来るのはすごく面白いな、と思いました。


■これからimdkmが書きたいこと


imdkm:実は一冊の本になるまで、一つのテーマで書き続けたのはこれが初めてだったんですけど、この本を書いたことで見つけた問題意識があって。トラックやメロディ、歌など色々なリズムを扱っていますが、もうちょっと一点にフォーカスしたいなと。J-POPの歌詞をメロディにするとか、あるいはメロディにどう日本語を収めるか、ということに、もう少し突っ込みたい。こう思ったきっかけは、宇多田ヒカルさんが自分の作詞に込めてる思想を聞かれたときに、萩原朔太郎さんの「詩の原理」という詩論を挙げたんですね。萩原朔太郎さんが、韻律のない、リズムの枷を外した自由詩について、単に観念的に「自由な言葉の表現ができればいいんだ」という考えだけじゃなくて、もう少し詩はどういうものかをマニフェスト的に考えて、書いたもの。宇多田さんは「自分の詩作に込めている思想は、自分の口から説明するより、これを読んでもらった方がわかる」と言っちゃうわけですよ。だからそれを踏まえて、当時の萩原朔太郎さんの詩論や、近代のパースペクティブも含めて、J-POPの歌詞のリズムやメロディの問題を遡って考えたいな、と。


tofubeats:宇多田さんが純文学好きということはよく言われてますけど。その辺りを楽曲と絡めてちゃんと書いた論評って、実はあまり知らなくて。


imdkm:純文学と言っても、隠喩とかモチーフレベルでの分析批評みたいなのはあるんだけども、萩原朔太郎さんの詩論で言われているのはそういうことじゃない。“日本語を操る”こと自体に宿るクリエイティビティの話を物凄く原理的にしているので。


tofubeats:我々が日本語で歌詞を書くのと、宇多田さんが日本語で歌詞を書くのはそもそも違いますからね。imdkmさんの次回作も期待したいですね。(取材・構成=南明歩/写真=泉夏音)