トップへ

森口将之のカーデザイン解体新書 第36回 電気自動車「ホンダe」発売へ! 独創のデザインをじっくりと見る

2020年08月28日 07:02  マイナビニュース

マイナビニュース

画像提供:マイナビニュース
2017年にコンセプトカーとして登場し、2年後に量産型が発表となったホンダの電気自動車(EV)「Honda e」(ホンダe)がいよいよ発売となる。多くの人が気になっているであろうデザインについて開発者から説明を受けたので、私見を交えながら報告することにしよう。

○独創の背景に本田宗一郎氏の言葉

ホンダeの原型は2017年のフランクフルトモーターショーで発表された「Honda Urban EV Concept」(アーバンEVコンセプト)だ。続いて同年の東京モーターショーでも展示されるが、このときはあくまでもコンセプトカー扱いだった。

風向きが変わったのは2019年。この年のジュネーブショーで、市販型が「ホンダe」というシンプルな名前とともにお披露目されたのだ。同年の東京モーターショーでも展示され、今回の発表に至った。

発表を前に報道関係者向けに行われた説明会でホンダは、市販化に至った理由として、アーバンEVコンセプトがイタリアのカーデザインアワードで最優秀賞を受賞するなど、当初からデザインを中心に高い評価を得たことを挙げていた。筆者もそのひとりだが、やはりこの形を魅力的と思う人は多かったのだ。

ホンダeは欧州の都市部をメインターゲットとするクルマだ。開発責任者の一瀬智史氏は、まず欧州に行って現場を視察した。その際にこう感じたという。

「狭い路地にクルマがぎっしり駐車しているシーンはおなじみですが、当時は、ノルウェーを除けばEVはあまりいませんでした。それでも、街にはスタイリッシュなスモールカーがたくさん走っていました。ところがホンダ車はほとんど見られず、残念に思いました」

この経験を受けて、街中ではやはり「スモールイズスマート」であると認識するとともに、ホンダのプレゼンスを上げていきたいという考えになり、「ホンダらしさとは何ぞや?」という議論を重ねることになった。その中で、ホンダの創業者である本田宗一郎氏の言葉「当社は絶対に他の模倣はしない。どんなに苦しくても自分たちの手で日本一、いや世界一を」という言葉に感銘を受けたのだという。

テスラの登場が契機となり、多くのEVはエンジン車の置き換えを目指すようになった。その結果、ボディは大きく重くなり、取り回しもそれほど楽ではないというクルマが多く登場している。

ホンダeはそういった呪縛から離れ、人が集中し、環境問題も深刻になりがちな都市部での使いやすさに割り切った。「タブレットよりもスマートフォンのような存在」を目指したという。同時に、近未来の技術をできるだけ詰め込み、新しさでアピールするクルマと位置づけた。
○「つるぴかデザイン」へのこだわり

エクステリアデザインは親しみやすくモダンな方向を目指した。開発チームでは「つるぴかデザイン」と呼んでいるそうだ。このコラムで紹介した日産自動車「アリア」にも通じるシームレスな方向性だが、顔つきは明らかに違う。一瀬氏の説明はこうだ。

「ヘッドランプは丸型として可愛らしい表情にこだわりました。グリルは黒い部分にセンサーなどの機能を盛り込んで、ボディをすっきりとさせています。リアコンビランプも同じような丸型としました。さらに、テールゲートの取っ手とフロントのレーダーのカバーも似た形として、デザインに統一感を持たせています」

フロントまわりでは、フード上にある充電用リッドも特徴だ。多くのEVが目立たないようにデザインする部分だが、EVは毎日充電するものであり、いちばん使う場所のひとつが充電口であるという考えのもと、あえて特徴的に仕立てたという。ガラスを用いたリッドは回転スライドオープンというアクションを持ち、内部には照明を付けるなど、さまざまな演出を取り入れている。

ボディサイドもすっきりしている。前後ともポップアップ式のドアハンドルと、カメラ式のドアミラーが効果的だ。後者はレクサス「ES」がすでに実用化しているが、ホンダeのそれはかなり小さい。街中を走るということで、人の体や服、荷物が引っかからないように配慮した結果だ。ゆえに、カメラは全幅よりも内側に収まっている。

サイドミラーの代わりとなるカメラには不安を感じる人もいるはずだが、一瀬氏は「5分も乗れば、こちらのほうがいいと多くの人に思ってもらえるはず」とする。機能面については、トンネルに入った瞬間など、急激に明るさが変化するシーンにも瞬時に対応できるような対策を施してあるそうだ。

ホイールは16インチと17インチを用意する。16インチは軽量化と高剛性にこだわってシンプルに仕立てたのに対し、17インチはヘッドランプやリアコンビランプと同じようなテイストを取り入れており、独創的な外観になっている。

ボディカラーは日本仕様では7色を用意した。このうち「チャージイエロー」と呼ばれる黄色がホンダe専用になる。気持ちが明るく元気になるような色をイメージしたそうで、一瀬氏はクルマのテイストに非常に合っていると感じているそう。コンセプトカーのときから白ばかり見てきた筆者の目にも新鮮に映った。

○インテリアはまるでリビング

インテリアの説明に入る前に、まずはそこへのアクセスから紹介しておきたい。なぜなら、ホンダeは2019年10月に国土交通省が認可した「デジタルキー」を採用しているからだ。このクルマ、スマートフォンをセンターピラーにかざすことでドアロックを解除できるだけでなく、メインスイッチをオンにしてクルマを走らせることができるようになる。スマートフォンの専用アプリを使えば、乗車前のエアコン操作なども可能だ。

さて、いよいよ車内の話に入りたい。まずは一瀬氏の言葉を紹介しておこう。

「インテリアデザインはリビングのような世界観を目指しました。ホンダでは未来のクルマ社会において、リビングからオフィスまで、移動の世界がシームレスにつながっていくと想像しています。ホンダeはそれらをつなげる存在ということで、シームレスライフクリエーターと呼んでいます」

その世界観を象徴しているのが、ソファーのような風合いの生地を使った上質なシートであり、水平基調のインパネやディスプレイである。通常のカーデザインでは、直線や平面はタブー視されているそうだが、今回はリビングにこだわったので起用したとのこと。一瀬氏は「難しい造形ですが、デザイナーがきれいにまとめてくれました」と語っていた。

照明もリビングらしさにこだわったそうだ。リアに4個も備わったダウンライトもそのひとつで、スイッチまでもリビングの壁をイメージし、天井ではなく、わざわざピラーにつけてある。ブラウンとグレーとブラックを用いたカラーコーディネートも、落ち着いていて飽きのこない、リビングを連想させる配色だ。

もっとも目立つのはやはり、全幅いっぱいに広がった世界初の「ワイドビジョンインストルメントパネル」だろう。メーター、2枚の12.3インチディスプレイ、左右のミラーカメラと5つのモニターが並んでいるが、2枚のディスプレイには自分好みの「壁紙」を設定することができる。春夏秋冬をテーマとする壁紙はプリセットで入っているが、自分で撮った写真をインストールすることも可能だ。

このデザインを走らせるメカニズムを見ておくと、満充電での走行距離は街乗りに十分な283km(WLTCモード)に抑えてある。リアモーター・リアドライブのRR方式を採用していることも特徴だ。最初は前輪駆動(FF)で考えていたそうだが、オーバーハングが短いフォルムや4.3mという最小回転半径を実現するために、途中で切り替えたという。

販売のほかにカーシェアリングにも車両を供給するという手法も含めて、ホンダeからは最近の自動車メーカーのEVとは違う流れを感じる。他社の模倣はしないという姿勢から生まれた、街乗りにこだわったクルマづくりがどう評価されるのかが注目だ。

【「ホンダe」画像ギャラリー】

森口将之 1962年東京都出身。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社編集部を経て、1993年にフリーランス・ジャーナリストとして独立。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。グッドデザイン賞審査委員を務める。著書に『これから始まる自動運転 社会はどうなる!?』『MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略』など。 この著者の記事一覧はこちら(森口将之)