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コロナ差別や自殺…心が折れた時こそ「絶対にあきらめないで」 全盲の大胡田誠弁護士から届いたメッセージ

2020年08月27日 10:01  弁護士ドットコム

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長引く新型コロナウイルスの感染拡大。仕事や家族、友人関係、人生…さまざまな不安がある中、この危機とどう向き合うのか。全盲の大胡田誠弁護士がこのたび、『コロナ危機を生き抜くための心のワクチン』(ワニブックス)を上梓した。


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目が見えないという障害がありながらも、絶望することなく、司法試験を目指して合格。現在は弁護士として社会的に弱い立場の人たちを支えながら、家庭では父親として2人の子どもを育てる。



そんな大胡田弁護士は、どんなときも絶望に陥らないよう、「苦しくても、あきらめないでほしい」というメッセージをいつも発信している。一体、そのためには何が必要なのだろうか。大胡田弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)



●7歳の子どもの「一言」に言葉を失う

この本の特徴は二つある。まず、弁護士の著作らしく、問題に対して法的なアドバイスや相談窓口が紹介されていること。もう一つは、「心に対するワクチン」という役割だ。たとえば、長引くコロナ禍によって不安が高まり、自殺したくなってしまったら…?



大胡田弁護士は、さまざまな相談窓口を紹介するだけでなく、こんなことも書いている。



「心身の健康、経済問題など悩みを抱えていたら、一人で背負わず迷わず相談を!」「精神的に追いつめられたときは、心が温かいと感じるほうを選ぶ」「“もう、だめだ”と思う瞬間が、実は山頂に一番ちかづいている」「あきらめちゃだめだ!」



大胡田弁護士の事務所では、コロナ禍に関する相談が増えているというが、この本を書こうと思ったきっかけは、子どもの何気ない一言だったという。



「僕には9歳の娘と7歳の息子がいますが、3月ごろから学校が休校になり、ステイホームの状態が続いていました。そんなとき、下の子が、義母の隣で座ってご飯を食べるのがいやだと言い出しました。妻がわけをたずねたら、『病気がうつるから』と…」



ショックで、大胡田弁護士は言葉を失った。



「ニュースや周囲の大人たちが『人に近寄ってはいけない』とか言っているのを聞きいているうちに、無邪気でたくましい子どもの世界でも、心の深いところに影響を与えていると思いました。これはまずいと感じました。



コロナで騒がれるようになってから、僕だからできることはないかと考えていました。障害者であり、法律家である私だからこそ、発信できる前向きなメッセージはないか…。その思いがこの本につながりました」



本を書くうえで心がけたのは、「コロナで悩んだら、必ず解決や希望につながることが書いてある」ということだった。DVや虐待、自粛警察、会社でのトラブルなど、さまざまな場面での不安や悩みに対して法律の知識で応じながら、力強く励ましている。



「今は情報があふれていて、うまく探さないと自分に必要な情報を見つけられません。そうした中、コロナで変わってしまった僕たちの生活の中にあるさまざまな場面を網羅したいと思いました」



●死を身近に考えることで、生きることを大切に

この本の中で、特に印象強かったのが、「一人暮らしに万が一の備え」という単身者が感染したときにどうすれば良いか、まとめたアドバイスだ。単身者は社会的に孤立していることが多く、万が一に備えて「最後の希望」を医療従事者に伝えてくれる人を今のうちから探しておくことをすすめている。



一見、過激にも見えるアドバイスだが、大胡田弁護士の真意は?



「このところ、感染してから自宅療養していた人が急速に症状が悪化してしまい、最期に言いたいことを誰にも伝えられなかったという報道があります。その人がどのような医療やケアを受けたいと思っているのかということですが、裏のメッセージもあります。



死を身近に考えることは、生きることを身近に考えることだと思っています。人生の終わりを意識することによって、自分は今、どう生きるのか。どんな価値観を持って、何を大切にして生きるのか。それが、人生を豊かにすると思っています」



一方で、「自粛警察」や「マスク警察」「県外ナンバー狩り」といった他人を必要以上に攻撃する人たちも目立ち始めた。



「日本人の良いところでもあり、悪いところでもあるのですが、ルールに従おうという国民性があります。しかし、そのルールができた理由や背景が薄れてしまうことがあると思います。



本当は、マスクをしようとか、距離をとろうとかは、相手や自分を大切にするためのもののはずなのに、それが忘れ去られた。厳密に守ることを目的のように思ってしまう。もう一度、このルールはなぜあるのか、丁寧に話をしたいです。あなたが大切だからだよね、と。それを思い出して、自分の生活も大切にしていくことを考えるきっかけになればと思います」





●コロナ差別をなくすためには

「コロナに感染したら、差別を受けた」。大胡田弁護士のところには、こんな電話もかかってきた。



相談者は、ある地方に住む男性で、感染して隔離入院。回復して自宅に戻ったところ、親族から「おまえ、町の人に感染したらどうしてくれるんだ。おまえだけじゃなく、親族一同犯罪者扱いになるんだぞ」と言われたのだ。



こうした感染者に対する差別は今、全国各地で起きている。



「僕には障害があるため、これまで差別を受けたことが何度かあります。ものすごく寂しい気持ちとか、そのつらさはよくわかります」という大胡田弁護士。静岡に生まれ、12歳の時に先天性緑内障で失明した。筑波大学附属盲学校(中学部・高等部)を卒業後、慶應義塾大学法学部に進学し、弁護士を目指して法科大学院まで進んだ。



しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。大学に進学するときに東京で部屋を借りようとしたが、「安全が確保できない」という理由で不動産業者に断られ続けた。何社かまわって部屋は見つかったものの、このときに感じた憤りは「弁護士になって社会を変えていかなければ」という原動力につながった。



また、こんなこともあった。大学の講義で、ある教授から「点字」でノートをとるときの打刻音がうるさいと言われた。「教室の隅で受けるように」という教授に対し、一緒に受けていた学生が抗議の声をあげてくれた。「授業以前に差別行為ではないか」。議論になったが、最後は教授が折れて、自由な席で受講を続けられたという。



「こうすれば容易に差別はなくなるという魔法の杖のようなものはありません。ただ、一つ言えることは、今コロナに感染している人は、明日の自分の姿かもしれないということです。もしも自分が感染してしまったときに、そんなふうに差別されてもよいのか。教育の場も含めた議論は必要ですし、想像力を持つことが大事だと思います」



●少年時代に出会った一冊の本

この本では、コロナ禍をきっかけにしながら、その一言一言にこれまで大胡田弁護士が壁にぶち当たりながらも、懸命に生きてきた人生が伝わってくる。前向きで決して諦めないという姿に、読む人は勇気づけられるのだ。



しかし、そんな大胡田弁護士も自暴自棄になったことがあった。中学に入ったころ、失明した大胡田弁護士は、将来に可能性が見出せず、暗闇の中にいた。そうした中で出会った一冊の点字の本が『ぶつかってぶつかって。』(かもがわ出版)だった。



日本で初めて点字を使って司法試験に合格した竹下義樹弁護士が書いた本で、視覚障害がありながらも屈することないその生き様に、大胡田弁護士は憧れたという。



「当時、司法試験は点字での受験が認められていませんでした。しかし、竹下弁護士は自分で法務省と交渉して、点字での受験を認めさせ、自分の人生を自分で変えていきました。



僕も全盲になっていろいろな可能性がなくなってしまったような思いを抱きましたが、可能性は自分でつくっていくのだと教わりました」



そのとき、大胡田弁護士は弁護士になることが夢になった。「目が見えなくても、どんな暗闇の中にも希望はある。壁にぶつかっても、あきらめなければ道は開けるんだ」という大胡田弁護士の本のメッセージは、大胡田弁護士が自身に言ってきたことだ。



●刑務所からの届いた手紙

今は、弁護士として多忙な日々を送るが、うれしかったことも多い。2010年夏、ある地方の刑務所に大胡田弁護士が国選弁護人として担当した男性が収監された。ドラッグストアで万引きした罪に問われたのだ。それ以前にも有罪判決を受けて執行猶予中のことだったので、実刑は免れなかった。



ある一方からみれば「悪質な犯罪者」かもしれないが、大胡田弁護士は面会を重ねるうちに、男性が病気をきっかけに仕事を失い、自暴自棄になって万引きを繰り返していたことがわかった。痛みを抱え、生活保護を申請する気力もないまで追い詰められていたという。



その後、獄中の男性から手紙が届いた。最後まで寄り添い、懸命に弁護した大胡田弁護士への感謝と社会復帰への希望がつづられていた。



「手紙には、彼が刑務所で点字翻訳を勉強したいと書いてありました。僕は彼との出会いを通じて、目が見えない自分だからこそできる仕事があるはずだと思うようになりました。僕が竹下弁護士にもらった希望のバトンみたいなものを、僕も誰かに手渡せたらと思っています」



コロナ禍によって裁判が延期になるなど、仕事にも影響は出ているが、その間はキャリアコンサルタントの資格の勉強をしているという。



「転職や再就職に悩んだときに、相談に乗る仕事です。弁護士はその人の人生のスポットでしか関われないので、もっと相手の人生にどっぷり関われるようになりたいと思っています」



コロナ禍にあっても、大胡田弁護士らしい前向きな言葉だった。





【大胡田誠弁護士略歴】
「おおごだ法律事務所」代表。1977年、静岡県生まれ。12歳の時に先天性緑内障による失明。筑波大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)の中学部・高等部)を卒業後、慶應義塾大学法学部を経て、同大大学院法務研究科に進学した。8年間かけて司法試験に挑み、2006年、5回目のチャレンジで合格。全盲で司法試験に合格した弁護士としては3人目となる。一般民事や企業法務、家事事件、刑事事件など幅広く手がけるほか、障害者の人権問題についても精力的に活動している。半生をつづった著書『全盲の僕が弁護士になった理由』(日経BP)は、松坂桃李さん主演ドラマの原案にもなった。妻で全盲の音楽家・大石亜矢子さんとの共著『決断。全盲のふたりが、家族をつくるとき』(中央公論新社)では、2人の出会いから家庭で一男一女を育てる様子が描かれている。趣味はギターとランニング。愛読書は村上春樹。日弁連「障がいのある人に対する差別を禁止する法律に関する特別部会」委員、社会福祉法人「日本視覚障害者団体連合」評議員、公益社団法人「日本盲導犬協会」評議員、「東京都障害を理由とする差別解消のための調整委員会」委員なども務めている。