2020年08月25日 10:02 弁護士ドットコム
新型コロナウイルス感染拡大の中で、テレワーク(リモートワーク・在宅勤務)が「働き方」として一気に広まった。通勤に伴うストレスを避けられるなど、肯定的にとらえる向きも少なくないが、一部の企業では、テレワークによる長時間労働やサービス残業が蔓延しているようだ。労働者はどう対応したらよいのだろうか。テレワークの課題について、労働問題にくわしい佐々木亮弁護士に聞いた。
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――なぜ、テレワークで長時間労働が蔓延するのでしょうか?
テレワークの場合、「自宅」または「職場ではない場所」で仕事をすることになります。メリットとしては、通勤という体力や時間の消耗を省略することができること、家族と近いところでの仕事のため家庭責任が果たしやすいことなどが挙げられます。
ただ、この間、これまでテレワークと無縁だった層にも広がったために、この「働き方」の問題点も見えてきました。主なものとして「長時間労働化」と「サービス残業」(無賃労働)の問題があります。
テレワークの場合に長時間労働化する原因としては、職住一致のため「際限がない」という点があります。つまり、職場ではないので、いつまでも仕事をやろうと思えばやれてしまう、ということです。また、テレワークの場合は、労働の能率が下がり、同じ分量の仕事でも時間がかかってしまうという点も長時間労働化の原因の1つといえます。
――サービス残業が発生する原因は?
使用者(企業側)が、テレワークについては、そもそも「残業をしなくていい」と命じている例が見受けられます。そのため、企業としては、労働者が残業したとしても、禁止しているのだから払う気がない、ということがあります。
また、テレワークの場合、労働者が働いていたかどうか、使用者が把握していないことがあります。そうなると、使用者は残業の事実も知らず、残業代の計算もできないことになるので、サービス残業が発生することになります。
――そもそもテレワークは、現行法でどう定められているのでしょうか?
現行法上、テレワークについて、特に定めた法律はありません。したがって、"原則通り"に考えることになります。
その場合のポイントは、使用者の指揮命令下の労働といえるか、ということです。
通常、職場で働いていれば、使用者の指揮命令下で労働をしていたといえます。しかし、自宅などの場合は、「使用者の指揮命令下にあったのか?」という点で疑義が生じる場合があります。極端なことをいえば、お酒を飲みながら仕事をしていても、誰も注意しないわけです。そうした状況が「指揮命令下なのか?」という問題です。
これまで、職場勤務の労働者がテレワークをしている場合、自宅で働いた労働(持ち帰り残業)を労働時間として裁判所に認定させるのは容易ではありませんでした。ただ、これだけテレワークが広がった現在において、従来通りの判定で良いのだろうか、という疑問もあり、今後、もしテレワークにおける労働での残業代請求事件が起きれば、このあたりの論点が発掘されて、理論も深まるだろうと思います。
現時点で考えられるのは、テレワークの具体的な態様に基づいて個別に判断されるだろうということです。
たとえば、一番管理の厳しい例を考えると、上司が部下の仕事状況を常に共有していて(たとえば部下のPCの画面を自分の画面で共有しているなど)、仕事をしているかどうか、どこまで進捗しているかなど、いつでも確認できるような状態の場合は、文句なく指揮命令下の労働といえるでしょう。
一方、テレワークとしながらも、仕事の進捗は1日1回の報告程度しかなく、進捗の管理もほとんどしていないような場合は、労働者側から指揮命令下にあったという積極的な立証をしない限り、なかなか難しい状況だといえるでしょう。この場合は、業務命令の内容と実際の作業内容、作業時間など、できるだけ客観的な記録を残しておくことが大事になると思います。
――もし労災にあたるようなことが発生した場合は?
労災の場合は、残業代請求と異なって、負荷をかける労働があったかどうかという観点で労働時間をみるので、裁判例上も、1分単位で立証を求められる残業代請求よりやや緩やかに労働を認定しているようです。
したがって、もし何かあった場合に備えるために、テレワークの労働時間はきちんと記録しておきましょう。また、作業内容や作業の成果物なども労働密度をはかるうえで重要なので、記録に残しておくといいでしょう。長時間労働によって病気になったと思う場合は、そうした資料とともに労災申請をすることになります。
――法整備はどうしていくべきでしょうか?
テレワークについては法整備がありませんが、現行法でも、労働者の健康を守るために労働時間の把握義務を使用者に課していますし、「1日8時間・1週40時間」の労働時間規制はあります。また、「36協定」の上限時間も近年設けられています。その意味で、テレワークについて新しく法整備して、長時間労働を正当化することは絶対に許されないと考えます。
むしろ、テレワークであっても、残業代を払わなければならない、使用者は労働時間を把握する義務がある、ということを徹底していくことが求められると思います。
また、テレワークについて「事業場外みなし」を適用しようという動きもあるようですが、時代に逆行した考え方で容認できません。
事業場外みなしは、旅行添乗員の残業代請求事件の最高裁判決(阪急トラベルサポート事件)で、いくつかの要素を挙げつつ、企業が労働者の労働時間を把握できる場合は適用されないものであることが示されています。
したがって、これだけ情報技術が発達した現代においては、「事業場外みなし」は安易に持ち出すべきではありません。「事業場外みなし」は長時間労働の温床になりかねませんので、下手をするとテレワークで生じる長時間労働を単に正当化するだけのものとなりかねないからです。
テレワークの問題は、すでに述べた長時間労働化やサービス残業だけでなく、設備の経費(ネット環境やPCなどの費用、冷暖房にかかる電気代、場所代=家賃など)を労働者持ちにすることが無条件で許されるのか、テレワークを希望する労働者に対してテレワークさせないことが許されるのか、テレワークしたくないという労働者を業務命令でテレワークさせられるのか、テレワークによるプライベート空間の職場化による心的負荷についてどう考えるかなど、いろいろあるので、今後の議論の発展が期待されます。
【取材協力弁護士】
佐々木 亮(ささき・りょう)弁護士
東京都立大学法学部法律学科卒。司法修習第56期。2003年弁護士登録。東京弁護士会所属。東京弁護士会労働法制特別委員会に所属するなど、労働問題に強い。
事務所名:旬報法律事務所
事務所URL:http://junpo.org/labor