第104回インディ500のフロントロウに日本人として初めて並んだレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLLR)の佐藤琢磨。この予選での健闘は、決勝の500マイルレースでの活躍を十分に予感させるものだった。
プラクティスから予選まで、まさに重箱の隅をつつくような仕事でマシンを仕上げ、気温、路面温度、風向きとタイヤの磨耗まで予想しきって手に入れた予選3番手のグリッドは値千金。琢磨がベテランとして完熟の域に入ったことを示していた。
ただ長い500マイルのレースを読み切るのは難しい。単にマシンのセッティングや仕上がりだけでなく、運も大きく左右する。
コロナ禍の中で開催される今年のインディ500は、無観客レースとして開催され、スタート前のセレモニーも短縮。毎年大きな賑わいを見せるグリッドもメカニックのみの閑散としたものだった。
前列アウト側でスタートを迎えた琢磨。予選2番手のスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ)が逃げ、琢磨は2番手で200周のレースが始まった。
ディクソンの後を琢磨が追うが、後続のライアン・ハンター-レイにかわされるなど、ポジションは一進一退したもののトップ5の位置を守っていた。
レースが進むに連れてピットシークエンスが違うマシンが現れても、大きくポジションを落とすことなく、慎重にレースの展開を読んでいた。すでにインディ500の勝ち方を知ったからか、その走りと戦略は冷静かつ計算され、動じない落ち着きがあった。
琢磨がこのレースで最もピンチに感じた瞬間は、レースも折り返しを過ぎ、124周目のピットインからコースに戻る時、アレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)と接触した時だったと言う。
「僕はもうピットを出ていたし、右側からクルマが来ていたから避けようがなかった。結構ドスン!と当たったから、マシンにダメージがなかったか心配だった……」
これにはロッシにペナルティが科され、ロッシはイエローコーションの最後尾に回されることになった。
琢磨は幸いにもマシンにダメージはなく、レースを続けることができた。
レースが再開すると琢磨はチームメイトのグラハム・レイホールをかわし、141周目に2番手となってディクソンを追う。ここまでトップに一度も立っていなかった琢磨が終盤のチャージをかけて来たのが158周目だった。
ホームストレートで見事にディクソンを抜いた琢磨は、このレースで初めてトップに立って、最後の勝負に出た。
「レースをリードするとドラッグが厳しいせいもあるし、燃費が悪くなっていたので、少しリードが開いたらミクスチャーをリーンにして、スコットが追い上げて来たら、またモードを変えてと繰り返していたんですが、1周分僕の方が早くピットに入らなくちゃいけないのはわかってました」
琢磨は168周目にピットに入り、ディクソンは169周目にピットに入った。琢磨はアウトラップからプッシュして、ピットアウトしてくるディクソンの前に出ることに成功。
最後のスティントで、ディクソンとの真っ向勝負の様相となる。また琢磨のチームメイトであるグラハム・レイホールも、虎視眈々をディクソンの背後から迫っており、周回遅れの抜くポイントで、三者の間は近づいたり離れたりする。
ところが残り5周で琢磨のもうひとりのチームメイト、スペンサー・ピゴットが最終コーナーでスピンしてタイヤバリアに激突。大クラッシュとなった。
イエローコーションとなり、琢磨は残りの周回をトップで周回し、200周目のチェッカーはディクソンとレイホールを従えて編隊を組んでゴールした。
2017年に続くインディ500制覇の瞬間だった。
無観客のため、場内には大歓声も拍手もなかったが、レースのバトルは決して色褪せるものではなかった。
「やりました! 今回はもうただただ感謝しかないですね。チームが一生懸命やってくれたおかげですね。ホンダエンジンはパワーも燃費も最高でした。日本の皆さんも朝まで応援ありがとうございました!」
2度目のミルクを味わった後、こう言って琢磨は感謝の意を表した。
「今回はコロナ禍の中で無観客のレースとなってファンがいないのは本当に寂しくて残念でした。そんな中でもレースを開催してくれたロジャー・ペンスキーとIMS、インディカーには感謝したいですね」
「いろいろなスポーツが中止になる中、パフォーマンスを発揮できないアスリートがいっぱいいる中で、こうやってレースをできる僕たちは、幸せだと思います」
2012年のインディ500で、琢磨が最終ラップにスピンして優勝を逃してから8年が経っていた。あの時、RLLRでインディ500を戦った琢磨が、ようやくチームと一緒に忘れ物を取り戻した2020年は、琢磨にとっても、レースファンにとっても忘れられない年になった。