2020年08月23日 09:51 弁護士ドットコム
刑務所の食事といえば「クサイ飯」という言葉を思い浮かべる人もいるだろう。しかし最近は、府中刑務所の「麦飯カレー」など、拘置所や刑務所で開催される矯正展や文化祭で人気を博すものも出てきている。意外かもしれないが、出所者からも「メシうまかったですよ」という声を聞くこともある。
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実際、刑務所の「食事情」はどうなっているのだろうか。刑務所に勤務する栄養士のアオキさん(仮名)に話を聞いた。(編集部・吉田緑)
拘置所や刑務所には、いわゆる「給食のおばさん(おじさん)」はいない。食事を作っているのは、炊場(すいじょう)係の受刑者たちだ。刑務所の栄養士は、メニューの考案や受刑者と炊場に立ち、調理指導をするのが仕事だという。
食事づくりも受刑者に科される「刑務作業」の1つ。刑務作業には生産作業、社会貢献作業、職業訓練および自営作業(炊事、洗濯、清掃など施設の自営に必要な「経理作業」と、施設の改修などをおこなう「営繕作業」がある)の4つがあり、受刑者の性格などを考慮して、配属が決まる。
食事づくりは自営作業(経理作業)に分類されるが、経理作業をおこなう工場には炊場以外にも洗濯工場、内掃工場などさまざまな工場がある(刑務所によって異なる)。受刑者は配属された各工場で作業をおこなうことになるが、調理経験がまったくない人が炊場係になることも多いという。
「『分量のひたひたって水何リットルのことですか』『料理に味がつかないんですけど、どうすればいいですか』『ズッキーニって、なんすか』という思いがけない質問も出ます。メロンの切り方を教えたら『おお~!』と歓声が上がり、かわいいなと思いました。それだけ料理をした経験が乏しい人が多いのだろうと思います」(アオキさん)
ただ、味見目的をのぞき、受刑者が作った食事を職員が食べることはない。
「もし受刑者と同じものを食べ、集団食中毒が発生した場合、受刑者も職員も全員ダウンしてしまうためだと聞いたことがあります」とアオキさんは語る。
全国の拘置所や刑務所には、アオキさんのように食事の献立を考えている栄養士がいる。しかし、アオキさんによると、拘置所や刑務所で働く栄養士のほとんどが非常勤職員のため、刑務官同行でなければ現場(炊場)に入れないという。
「刑務官の同行なしに炊場に入れるのは、法務技官(正規職員)の栄養士のみです。このような法務技官の栄養士は全国に22人しかおらず、男女比は半々です」
法務技官の栄養士であれば、受刑者に調理指導をおこなうことができるという。しかし、受刑者がどのような罪で服役しているのかを聞かされることはない。手に包丁を持った受刑者を指導することに最初は抵抗を示す人もいるようだ。
「職員は『何かあればこれを使うように』と『笛』を渡されます。笛で命を守れるのだろうかと疑問を感じる人もいます。
ただ、そんな不安も最初のうちだけで、受刑者と接するうちに、彼らも同じ『人間』であり、過去に何をしたかは関係ないと思えるようになります。
それに、包丁の先は(切れないように)丸くなっています。また、職員は名札をつけないので、受刑者に名前が知られることはありません(ただ、職員同士の会話や受刑者も目にするような書類に確認印を打つ場合に名前が知られることはあります)」
使える食材や調理方法に制限があるなど、刑務所ならではのルールもある。アオキさんは刑務所では「安心・安全・平等」であることが重視されていると話す。
「たとえば、バナナは皮つきではなく、かならず切って出すことにしています。皮を使ってタバコを作る人がいるためです。6ピースのチーズも、金属部分で火をつけようとする人がいるので出しません。串カツも串が凶器になるという理由でNGです。
みりんも基本的に使いません。アルコール消毒液も鍵つきの場所にしまっています。いずれもアルコールが含まれるため、盗まれたり、飲んだりする人がいるためです」
ほかに、「ミートボール」や「うずらの卵」も厄介な食材にあたるという。
「うずらの卵は小さいわりに存在感がありますよね。ほかの受刑者と配られた数が違った場合は喧嘩になることも考えられるので、なかなか取り入れられない食材になっています。数えるのも大変ですから」
実際に「食」をめぐって暴動が起きたこともあるそうだ。
「かつて府中刑務所で『天つゆ事件』といわれている暴動が起きました。配食当番が本来は添えるはずだった大根おろしを誤って天つゆに入れてしまい、味が薄いことを理由に騒ぎに発展したんです。
混ぜて出すのか、ソースをかけて出すのか、など小さなことでも問題になる可能性があるので、職員は神経をつかっています」
献立づくりにも気をつかう。食材費が税金でまかなわれているためだ。1食あたりの予算は刑務所ごとに異なるが、『令和元年版犯罪白書』によると、2019年度の成人の受刑者1人あたりの1日の食費(予算額)は533.17円(主食費101.50円、副食費431.67円)だという。
ほかにも制限はある。刑務所ではお酒やスイーツなどの嗜好品を自由に食べることができない。そのため、甘いものやカフェインなどに敏感に反応してしまう受刑者もいるようだ。
過去の取材<刑務所のゆく年来る年 元受刑者7人「おめで鯛メニュー」を語る>で、年末年始に刑務所でチョコパイを食べた高橋さん(仮名・40代男性)も「食べたら、ほわーんとなってしまいました」と話している。
「敏感になってしまうので、お酒のような香りだけで酔ってしまう人はいます。カフェオレで眠れなくなる人もいますし、缶コーヒーを出したところ、眠剤がほしいと訴える声が複数出たこともあるようです」
また、主食は麦飯(一般的に麦3:白米7の配分率)だが、量は身長と労働の種類によって決まるという。
「身長については、180cm未満の人とそれ以上で分けています。そのため、量が少ないと感じる人もいるようです。『あと3cmあれば…』と嘆いている177cmの人もいました」
ちなみに、全国の刑務所でもっとも人気があるのは、砂糖をたっぷり使った「ぜんざい」だという。しかし、このメニューについてアオキさんは次のように驚きを語る。
「まず、ぜんざいを入れる器はお碗ではなく、どんぶりです。量が多いうえに、ぜんざいが出るときの主食はパンなんです。炭水化物だらけですよね。
不思議な組み合わせにみえるかもしれませんが、ぜんざいの汁を飲み、パンを割り、あずきとマーガリンを挟んで『あんことマーガリンのコッペパン』にして食べるというムショ的マナーがあるようです」
「珍メニュー」もある。アオキさんは少年院に足を運んだ際に「ビーフシチュー(豚)」という首を傾げたくなるメニューを見たことがあるという。
「職員に話を聞いたところ、ビーフシチューの素を使って豚肉のシチューを作っているとのことでした。
少年院には栄養士がほとんどおらず、法務教官が献立を考えることがあります。そのため、栄養士資格をもつ法務技官が各少年院に行き、食事の指導をしています。教育の場なので、少年院こそ栄養士がいた方がいいと思うんですけどね」
ほかにも外国人を収容する刑務所では外国人を気遣ったメニューがあったり、高齢受刑者に「きざみ食」などを提供することもあるそうだ。
アオキさんによると、炊場係になった受刑者の中には「ここに来てから料理に興味を持った」「将来は調理師免許をとりたい」「好き嫌いが克服できた」「娑婆に出たら自分でつくれるようになりたい」などと話す人もいるという。レシピを書き留めている人もいるようだ。
しかし、刑務所の職員は彼らが社会でどのように人生を再スタートしているのかを知る術はない。中には同じ刑務所に出入りする人もいるが、「A指標」(犯罪傾向の進んでいない者)の受刑者を収容する刑務所であれば、同じ人が再び戻ってくることはほとんどない。
それでも、栄養士でも刑務所職員の一員として受刑者の生き直しのためにできることがあるとアオキさんは信じている。
「食という字は『人を良くする』と書きます。一般社会では栄養士と調理員が『仲間』であるように、刑務所栄養士からみれば受刑者は『教え子』であり『仲間』だと思います。
単に刑務作業の1つとして淡々と食事をつくるのではなく、『食』を通じて、彼らの生き直しを支えられていればいいなと思っています」