2020年08月22日 08:51 弁護士ドットコム
福島県いわき市で母子4人の遺体が発見された事件で、嘱託殺人と承諾殺人の罪に問われた男性の判決で、福島地裁いわき支部(名島享卓裁判長)は8月5日、懲役8年を言い渡した。検察側は懲役10年を求刑していた。
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男性は2020年1月、いわき市内の公園駐車場で、交際していた母親から依頼を受けたほか、子ども3人(13~15歳)から承諾を得て、4人を殺害。殺人容疑で逮捕されたのち、嘱託殺人や承諾殺人の罪で起訴されていた。
ネットでは、「4人の命を奪いながら、懲役8年には違和感ある」との声がある。また、「そんな状況で子どもの承諾があったと認めていいのか」という意見もあった。
殺人罪より軽い刑が定められている同意殺人罪(嘱託殺人・承諾殺人)とはどのような犯罪なのか。また、子どもの承諾はどのように考えるべきなのか。星野学弁護士に聞いた。
ーー同意殺人罪とはどのような犯罪ですか
「被殺者(殺される人)からの依頼に応じて殺害する犯罪を『嘱託殺人』といい、殺害されることについて同意を得て殺害する犯罪を『承諾殺人』といいます(以下では、嘱託殺人と承諾殺人を区別せず『同意殺人』と表記)。
殺人罪の法定刑(『死刑又は無期若しくは5年以上の懲役』)と比較して、同意殺人罪の法定刑(『6月以上7年以下の懲役又は禁錮』)は軽く定められています」
ーーなぜこれほど法定刑に差があるのでしょうか
「まず、刑法の世界では、自分の命をどうするかは本人の自由であるから、自分の命に限っては刑罰を科して保護する必要が小さくなるという考え方があります。
このことは、自分で自分の命を奪う行為(自死)については刑事責任が問われず、自殺未遂をした人に刑罰が科されないことにも表れています。
もっとも、命が絶対的な価値を有していることは当然のことです。したがって、たとえ死を希望する人が自らの殺害を依頼しあるいは殺害を同意したとしても、本人以外の他人が人の命を奪う行為を国家として見すごすことはできません。
そこで、この場合には死を希望した人の意思よりも命の価値の方を優先させ、殺害に関与した者を処罰することにしたのです。
このように、死を希望する人の依頼・同意があっても他人がその殺害に関与した場合にはその者には刑事罰が科されることになりますが、もともとその命は刑罰を科して保護する必要性が小さいという考え方から同意殺人罪の法定刑は軽くされています」
ーー同意(嘱託・承諾)の有無はどのように判断されますか
「同意の有無を判断するに当たっては、死の意味を理解する能力と死について自由に意思を決定する能力が必要となります。したがって、死の意味を理解できない幼児や精神的な病にあった人が殺害に同意をしたとしても同意殺人とは認められません。
また、同意は真意に基づくものであることが必要です。脅し・だましにより殺害の同意を得たとしても同意殺人罪は成立せず、殺人罪になります。
たとえば、包丁を突きつけて一緒に死んでくれと脅した相手が震えながら首を縦に振ったとしても、それは脅されて同意したに過ぎません。また、本心は死ぬつもりがないのに『自分もあとを追うから』と言って相手方に心中と誤信させて相手方を殺害した場合は、その同意はだまされた結果に過ぎません。
いずれの場合も、同意殺人罪ではなく殺人罪が成立します」
ーー今回の判決について、「子どもの承諾」の有無に疑問の声もあるようです
「本件では、未成年の子どもから殺害の承諾(同意)を得て殺害したとされています。未成年といっても13~15歳であれば、死の意味自体は理解できるでしょう。
また、検察官が同意殺人罪で起訴し、裁判所が同意殺人罪として判決を下したことからすると、子どもたちも殺害を同意していたと認められる事情があったと考えられます。
ただ、個人的にはこの結果に対して疑問を抱いています」
ーーどのような疑問でしょうか
「たとえ死の意味自体を理解していたとしても、殺害されることに対する同意は真意だったのでしょうか。
報道によれば、子どもたちの母親には借金があり、このような事情から子どもたちと心中を決意し、被告人に殺害を依頼したようです。
しかし、よく考えますと、その借金は子ども自身のものではなく、生活が困窮したとしても社会福祉的支援を受けることができたはずです。極論を言えば、仮に親が自殺をして子どもだけが残されたとしても、子どもは何とか生きていくことができます。
本件では、知識や社会経験が乏しい存在である子どもたちに生きていくことができる可能性をきちんと示したのでしょうか。
また、子どもは生活力がなく親から扶養されている弱い立場です。そのような立場の子どもたちが親から心中を持ちかけられたとき、親に対して明確に拒否する態度を示すことができたでしょうか」
ーー似たような境遇にいる親はどうすべきでしょうか
「成人である親は子どもの幸せを考えて何とか生きる方法を探し、被告人も殺害の依頼を承諾する前に、死ぬ前にほかの手立てがないかと心中を考え直す機会を与えるべきだったと思います。
もちろん、助けてくれる人が周囲にいなかったという事情があるのかも知れませんが、他人に子どもの殺害を依頼できるくらいであれば、何か他の手段をとり得たのでは、と思うのです。
もし、『自分が死んだら子どもたちも生きてはいけない。だから自分が死ぬときには子どもも一緒に』などと考えている親がいたら、周囲の人間は『子どもは親の所有物ではないのだから子どもの人生を親が決めるのは独善的な考えで許されない』と、子どもの命を守るため、たとえ厳しい言葉であろうとも敢えてそう言うべきだと私は考えます」
【取材協力弁護士】
星野 学(ほしの・まなぶ)弁護士
茨城県弁護士会所属。交通事故と刑事弁護を専門的に取り扱う。弁護士登録直後から1年間に50件以上の刑事弁護活動を行い、事務所全体で今まで取り扱った刑事事件はすでに1000件を超えている。行政機関の各種委員も歴任。
事務所名:つくば総合法律事務所
事務所URL:http://www.tsukuba-law.com