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『SLAM DUNK』木暮は“スターではない人間のスター”だ いつか来るかもしれない「その日」を信じ続ける強さ

2020年08月22日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『SLAM DUNK(4)』

 まったくの初心者から4か月で急成長を遂げた桜木。驚異のポテンシャルを持つエース流川。欠点のないオールラウンダーの仙道に、高校ナンバーワンプレイヤーの沢北。『SLAM DUNK』のキャラクターの中からスター選手を1人挙げろと言われたら、才能ある人物が多すぎて誰の名前を出すべきか迷ってしまう。けれど、一番共感できるキャラクターは、と尋ねたならば、多くの人が挙げるのはこの名前かもしれない。湘北高校の3年生・木暮公延だ。


参考:『SLAM DUNK』安西先生の言葉はなぜ突き刺さる? 「信じること」を教えた名コーチの手腕


 木暮は赤木と同じ中学出身。もともとは体力をつけるために入部したバスケ部だったが、中学卒業の頃には悔し涙を流して「オレ、このまま辞めたくない。バスケットが好きなんだ」と口に出すようなバスケ少年へと変わっている。そして、赤木と共に全国制覇を胸に抱きながら入学した湘北高校で、中学MVPの三井と出会う。恵まれた体格の赤木と天才シューター三井が揃ったことで全国への可能性を感じるも、三井はグレて部活に来なくなり、他の部員たちも次々と退部。結局、同学年で残ったのは木暮と赤木だけになってしまう。


 仲間に恵まれないまま時は過ぎ、2人の最後の年となる3年目。宮城に加えて桜木、流川が入部し、三井も復帰。各ポジションの実力者が集ったことで、湘北の全国制覇はにわかに現実味のあるものとなる。だがそれは同時に、木暮がスタメンから外れることも意味していた。


 シックスマンとなった木暮は、試合の時ほとんどベンチにいる。まったく出場しないわけではないけれど、その立ち位置は主力5人の誰かが欠けた時の交代要員だ。大事な局面で、彼はコート上にはいない。


 思うところがないはずはないと思う。けれど、木暮がそんなやさぐれたそぶりを見せることは一切ない。王者・山王との戦いで、エース沢北に追い込まれて諦めムードに支配された時も「ベンチも最後まで戦おう」と鼓舞する。“代わりになれないならせめて――勇気づけよう”と声援を送る姿はただひたむきだ。


 逃げず休まずバスケに打ち込んできたからこそ、木暮は自分が桜木たちとは違うことを知っている。落ちぶれた三井に向かって言い放った「何が全国制覇だ…夢見させるようなことを言うな‼」というセリフが象徴的だ。木暮は夢を見せる側ではない。才能あるスターに夢を見る側の人間なのだ。ほとんどの人間がそうであるように。


 そんな木暮が、コートの中で輝いた瞬間がある。それが陵南戦のラスト1分だ。


 湘北が1点差のリードを守れるかどうかの最終局面で、木暮は3Pを決める。これが決定打となり、湘北はインターハイ本選への出場権を獲得。木暮を控え選手と見くびっていた陵南の田岡監督に「あいつも3年間がんばってきた男なんだ。侮ってはいけなかった」と言わしめたプレーだ。


 “Every dog has his day”という言葉がある。「どんな人にも主役になる日がある」という意味のことわざだ。木暮にとって、陵南戦のこの瞬間はまぎれもなく「his day」だっただろう。


 中学時代から数えて6年のうちの、たった数十秒。そう考えると途方もないけれど、この日のシュートが決まったのは、それまでの6年、木暮がバスケと向き合い続けてきたからこそだ。


 報われるかわからないことのために努力をし続けるのは苦痛だ。自分がスターではないと自覚している人間ならなおさら、「その日」を諦めずにいることは難しい。けれど、山王戦を前に怖気づく赤木、三井にこの言葉を投げかけるのは、誰よりも光の当たらない日々を過ごしてきたはずの木暮だ。


“今まで残ったのは、あの時本気で全国制覇を信じた奴だけだぜ”


 いつか、本当にくるのかさえわからない「その日」を信じ続けて、「そうでない日々」を歩き続けられること。それこそが、木暮公延の真の強さであり、私たちが「スターではない」彼に心惹かれる理由なのだろう。(満島エリオ)