2020年08月12日 10:02 弁護士ドットコム
コロナ禍の外出自粛を契機に、急速に導入が進んだテレワーク。朝の満員電車など通勤に伴うストレスがなくなったと歓迎される一方で、在宅ゆえに仕事とプライベートの区別があいまいになり、長時間労働を助長しかねないといった課題も浮き彫りになっている。
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スマートフォンでのメールチェックなど、いつどこにいても仕事関連の情報にアクセスできる状態に置かれていることもその一因だろう。フランスでは2016年、労働者の「つながらない権利」が立法化され、勤務時間外のアクセス制限など、企業ごとに長時間労働を防ぐ具体的なルールづくりが進んでいる。
労働法の専門家で「つながらない権利」にくわしい青山学院大学法学部の細川良教授に、テレワークの導入で変わりつつある日本人の働き方を念頭に、今後あるべきルールについて聞いた。(ライター・鳥成有佳子)
――コロナ禍で急速に導入が進んだ日本のテレワークの現状をどう見ていますか?
テレワークは従来、育児や介護など家庭の事情を理由に労働者自らが在宅で働くことを希望し、使用者側がそれを受け入れるというのが一般的で、選択のイニシアティブはあくまで労働者側にあったはずです。
しかし、今回のコロナ禍で進んだテレワークは、感染拡大防止という社会的な要請があるにせよ、会社側がイニシアティブを取って進めているケースがほとんどでしょう。それならば、自宅という私的な空間で仕事をすることについて、仮に双方の合意があったとしても、テレワークが労働者の私生活を侵害することへの会社側からの配慮は最大限あってしかるべきです。
加えて、労働時間をどう管理していくかという問題があります。長時間労働は会社の指示による場合だけでなく、労働者本人の判断でやりすぎてしまうケースもあり、とりわけテレワークとなると、姿が見えないためコントロールが難しくなります。与える業務の量でコントロールするという考え方もありますが、同じ量の仕事だから誰がやっても同じ時間しかかからないかというと、実際はそうではありませんよね。特に知的労働の場合、そのクオリティをよりよいものにしたいと思えば、いくらでもエネルギーを投入できてしまいます。
ですから、使用者側は、業務量にとどまらず、やはり労働時間そのものを把握して、適正にコントロールする姿勢を見せることが大切です。その最終手段として、物理的に仕事へのアクセスを遮断するというのも1つのアイデアだろうと思っています。
――フランスでは「つながらない権利」が法制化され、そうした労働時間管理のための物理的な対策も広がりを見せているそうですね。
フランスは2000年代後半からホワイトカラー化が進み、裁量労働が増えたことで、時間にとらわれずに働きすぎる風潮が高まってきたという背景があります。そこに、モバイルツールの普及が重なり、2010年代に入って「つながらないこと」に目が向けられるようになりました。
2013年ごろから大企業を中心に具体的な検討が始まり、2016年に法律ができるころには、ルノー、ミシュラン、プジョーといった主だった巨大企業で、メールの勤務時間外の使用制限などが企業ごとのルールに盛り込まれ、すでに実践されていました。法制化によって、こうした取り組みがフランス国内の中小を含めた企業に広く浸透することが期待されています。
――日本でも、「つながらない権利」のような新たなルールが必要なのでは?
誤解していただきたくないのが、「つながらない権利」は、けっして新しい概念ではなく、法的にはごく当たり前に存在しているということ。日本でもフランスでも、「つながらない権利」はもともと法的に認められてしかるべき権利です。
たとえば、昼休みや週末の休日に上司から電話がかかってきても、法的には出なくていいですし、メールがきてもその日のうちに返信する義務はありません。しかし、実際には用件が何なのか気になって電話に出てしまうし、メールもこまめにチェックしてすぐに返信する人が多いですよね。
法的には「つながらないこと」、すなわち勤務時間以外は仕事から離れる権利が認められているはずなのに、何らかのプレッシャーや職業人としてのメンタリティーが足かせとなって、仕事から離れられないという実情があります。つまり、フランスの2016年法は「つながらない権利」そのものを確立したのではなく、その存在を再確認したうえで、労使協定や使用者側の行動計画といった具体的な運用ルールを作ることで実質化していこうという意図があったわけです。
コロナ禍をきっかけに働き方が変わり、労働時間管理のあり方が課題となっている今の日本においても、「つながらない権利」に基づいたルールづくりは有効だと思います。
――労働者側には、テレワークを選択することがマイナス評価につながるのではないかといった懸念もあるようです。そうした不安感がテレワークの長時間労働を助長するという側面もあるのでしょうか?
全員がテレワークなら条件は同じですが、一定数がオフィスにいて、一定数がテレワークといった状況の場合、何か突発的な問題が起こったとき、オフィスで互いに顔を合わせられる人のほうが物理的にも心理的にも連絡しやすいですよね。
人事担当者への聞き取りなどでも、やはりオフィスに出勤してくる人をより高く評価する傾向はあり、勤勉に働いている姿が見えることを安心材料として評価基準の1つと捉えている管理職がいまだ少なくないようです。
また日本では、仕事の結果だけでなくプロセスも評価する文化がありますが、テレワークではプロセスが見えにくく、出てきた成果物でしか評価できません。ですから、もし今後テレワークを推進したいのであれば、まず使用者や管理職の側が「目の届かないところで働く部下がいること」を受け入れるのが大前提です。
加えて、仕事のプロセスを見てもらえないことに対する部下の不安感も考慮し、出勤するかテレワークにするか、労働者自身が納得して働き方を選べる環境を整えることが大切だと思います。
――働く人が今後安心してテレワークを選択するために、日本におけるルールづくりはどうあるべきとお考えですか?
在宅でのテレワークを多くの人が経験し、職場にいる時間だけに限定されていた昔ながらの労働時間概念では通用しない時代がすでに始まっています。
テレワークはもちろんのこと、職場外で働く人に仕事関連の負荷が生じる可能性がある以上、そのコントロールはすべて使用者、管理職の責任です。長時間労働対策は業種や職種によってまったく異なってきますから、企業あるいは部署ごとに現場の実情に合わせたルールづくりが不可欠です。
その点、日本は昔から労働組合が企業ごとに設けられ、現場の仕事に応じたルールをつくるといったことはむしろ得意分野のはずです。あまり難しく考えすぎず、仕事内容にフィットするかたちでルールを作り、運用方法を工夫してみてはどうでしょうか。
ちなみにフランスの「つながらない権利」の議論は、次のステップに進んでいます。今度は勤務時間外でなく、勤務時間中に焦点を当て、メールやSNSなど膨大な情報と「つながりっぱなし」の状態で働くことが、本来やるべき仕事を滞らせ、生産性を下げているのではないかという考え方です。
そこで、自分がやろうとしている仕事以外の情報を一時的に遮断し、その仕事だけに集中できる環境を作る試みも一部ですでに始まっているそうです。「つながりっぱなし」のワークスタイルは日本もまったく同様ですから、共感する方も多いのではないでしょうか。
「労働者は自由を与えられると、むしろ働きすぎてしまう。労働者に自由を与えるということは、必ずしもハッピーなこととは言えない」。これはフランスのある労働法学者の言葉です。自由度の高いテレワークについても企業単位の工夫でルールづくりを進め、働く人にとってストレスや負荷が少ないワークスタイルを構築していただきたいですね。