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16年前のラノベ『電波的な彼女』は現在の混沌を予言していた? “時代が追いついた”作風を考察

2020年08月07日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 平成まっただ中の2004年に刊行された片山憲太郎のライトノベル『電波的な彼女』シリーズ3冊が、令和と年号も替わった2020年7月にダッシュエックス文庫から新装版となって登場した。


 『ウルトラジャンプ』での平岡滉史作画、降矢大輔コンテ構成によるコミカライズ開始というタイミングに合わせたものだが、はやりの変化も激しいラノベにあって16年も昔の作品が呼び起こされた理由。それは、見えない未来に虚無的となった人間たちが引き起こしている混沌を、予言したかのような物語だったからだ。


 2002年刊行の高橋弥一郎『灼眼のシャナ』(電撃文庫)や、2003年刊行の谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』が人気となり始め、美少女や異能バトルやラブコメといったラノベが読者層を広げて急拡大を始めていた2004年。第3回スーパーダッシュ小説新人賞佳作受賞作として、『電波的な彼女』が刊行された。


 トップクラスの不良少年と目されている柔沢ジュウの前にある日、同じ高校に通っているらしい女子が現れ、「我が身はあなたの領土。我が心はあなたの奴隷。我が王、柔沢ジュウ様。あなたに永遠の忠誠を誓います」と言って彼のスニーカーにキスをした。理由は前世で主従関係にあったから。名を堕花雨という女子は学年でもトップクラスの成績優秀者だったが、その日からジュウにつきまとうようになる。


 行く先々に現れるだけでなく、9階にあるジュウのマンションに窓から侵入するという離れ業までやってのける。実に電波的。おまけに、雨にストーキングされ始めた前後から、街では連続通り魔事件が起こっていて、ジュウのクラスで学級委員を務めていた藤嶋香奈子も、激しく殴られ顔面をぐちゃぐちゃにされて殺されてしまう。ふだんからジュウの素行をうるさく言っていたから、雨が復讐したのだろうか。電波的な上に猟奇的な彼女だったのか。そんな想像が浮かんでジュウはおののく。


 幾ら不良でもジュウには人は殺せない。そんなジュウに雨は淡々と、警察に追われる面倒さを顧みないで殺人を行える人間には、殺人にストレスを感じないだけの使命感があるのだと解説する。だからこそ、雨が通り魔事件の犯人かもしれないという想像が浮かんだが、事態は意外な展開を見せて真相へとたどりつき、壊れてしまった人間の歪んだ使命感によって惨劇がもたらされる様を見せつける。


 生きることに誰もが精一杯だからなのか、他人への慈しみが薄れ生きることを第一とする意識が遠のき、簡単に人を死へと追いやる事件が相次いでいる。施設や企業へ乗り込んで惨殺する直接的な暴力もあれば、ネットを介して悪口雑言をぶつけて自死へと至らせる攻撃もある。身勝手な正義感や独りよがりの公徳心を理由に、命が奪われる状況は『電波的な彼女』の描写そのまま。時代が作品に追いついてしまった。


 シリーズ2作目となる『電波的な彼女~愚か者の選択~』。幸いにして犯罪者ではなかった雨と行動を共にするようになったジュウの周辺で、幼い子供たちから眼球が奪われる凶悪犯罪が横行する。”えぐり魔”と呼ばれる犯人は、雨と出かけた秋葉原でジュウが両親とはぐれたところを世話した少女にも手を伸ばし、眼球をえぐって最後まで面倒を見なかったジュウを後悔させる。


関連:【画像】シリーズ2作目『電波的な彼女~愚か者の選択~』書影


 落ち込むジュウは雨の友人で、ふだんは明るいがナイフを手にすると凶悪な性格になる斬島雪姫や、空手が得意な円堂円といった少女たちと”えぐり魔”探しを始める。その果てでジュウは、雨が探偵役のようにして解き明かした真実を知って激怒する。前作の殺人者とは違った理由での猟奇的犯行には、他人への慈しみや共感を覆って人間を平気で虐げる利己主義がのぞく。これもまた現代に通じるテーマだ。


 幸福の総量は決まっていて、自分が幸福になるためには他人を不幸にするしかないといった思想がはびこって、根も葉もない悪評を流し、痴漢の冤罪を被せ、猫を惨殺してポストに詰めるといった卑怯な事件が相次いで起こるシリーズ3作目『電波的な彼女~幸福ゲーム』。


 自分さえ良ければ他人は関係ないといった意識が立ちこめる。現在に通じる状況を改めてかみしめつつ、そうなってしまった心理を冷静に解説する雨の言葉を聞いて、事態の解消に向かうための道筋を探る。そんな狙いもあっての復活かもしれない。


 暴力と殺人の描写は壮絶で、命乞いをしようと切り刻まれ命を奪われる少女が描かれ、ジュウ自身もバットで手足を折られ頭を殴られナイフで腹をえぐられてと、読むだけで全身が痛くなる。眼球をえぐられた少女が、事態を受けとめられずに明るさを取り戻せる時を信じている姿には、動揺と落涙を誘われる。不幸な事故ではなく理不尽な事件によって起こされたからこそ怒りも浮かぶ。


 そうした衝動的な感情をいったん落ち着かせ、ジュウを助けて真相へと導く雨は最高の彼女なのかというと、言動は相変わらず電波的。どうしてそこまでといった執着の果てに、2人がたどりつく場所は平和な家庭なのかを見てみたくなる。今回の復活を機に続きを期待したいところだが、片山憲太郎は『電波的な彼女』と世界観が重なり、時間的には少し前となる『紅』というシリーズの最新刊『紅 ~歪空の姫~』を2014年に刊行して以降、活動の声が聞こえてこない。


 『紅』シリーズは、異能を持った紅真九郎という少年が、複雑な事情を持った九鳳院家の幼い娘・紫を守りながら殺し屋たちを相手に戦うといったラノベ的な内容で、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の松尾衡監督によってテレビアニメ化された。ジュウの母親で暴力的な柔沢紅香が揉め事処理屋として登場し、雪姫と同じ斬島の姓を持つ少女の殺し屋も出現。異能や武術がぶつかり合って繰り広げられるバトルの面白さでファンも多いだけに、こちらでも良いから続きをと言いたくなる。応えてくれるか?


(文=タニグチリウイチ)