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電話の後ろで女性の歌声、轢き逃げ、捨てても戻ってくる絵……松原タニシ『恐い間取り2』のリアルな恐怖エピソード

2020年08月06日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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〈事故物件とは自殺、他殺、孤独死など何らかの理由でそこで人が亡くなった物件のこと。〉



 何年か前に事故物件公示サイト「大島てる」の存在を知ってから、事故物件というものが気になって仕方ない。人が亡くなった部屋には、何かがある。そんな気がして今日も事故物件情報を何とはなしに見てしまう。松原タニシの存在を初めて知ったのもちょうど同じ頃だったと思う。


 2012年にテレビ番組『北野誠のおまえら行くな。』の“事故物件で幽霊を撮影できたらギャラがもらえる”という企画がきっかけで事故物件に住み始めた松原。それ以降「事故物件住みます芸人」を名乗り、関西と関東で複数の事故物件を転々としながら生活している。



〈部屋に定点カメラを設置して毎日毎晩撮影をする。霊感があるわけではない僕は、ただただひたすらカメラで撮った映像にかすかでも違和感がないかチェックする。〉



 以前、松原が出演するイベントに参加したことがある。そのときに彼が言っていたことが今でも忘れられない。


「心霊スポットに一晩カメラを置いておいたら霊が映ったっていうの、テレビ番組なんかでよくありますけどほとんどヤラセだと思います。僕は毎日毎晩カメラを置いてますけど、霊が映ったことは一度もありません」


 聞いたときにぞくりと背中が粟立った。霊はそう簡単にカメラに映らない。その事実を語る彼の言葉がやけにリアリティを持って迫ってきたからだ。


 そんな彼が初めて住んだ事故物件は大阪の不動産界隈で“幽霊マンション”として有名な集合住宅だった。「大阪 殺人 事故物件」で検索して真っ先にヒットした物件だ。


「私がもし友人に部屋を紹介するなら、十人中十人にここじゃない別の物件を紹介しますよ」


 不動産屋がそう言って渋るほどの物件に住み始めた松原は、この部屋で様々な怪奇現象を経験する。あるとき、知人から電話がかかってきて出ると声がプツプツ途切れてしまう。会話にならないので電話を切り、後日話を聞くと松原の声の後ろで女性の歌声が何重にも聞こえていたという。またあるときはマンションの前で轢き逃げに遭ってしまう。松原が轢き逃げに遭ったのと同じ頃に引っ越しを手伝ってくれた後輩芸人2人も別の場所で事故に遭う。怪奇現象が続く中で、カメラにはオーブと呼ばれる丸い発光体や一反木綿のような白い布状のものが映ったりしていた。その後友人に除霊をお願いするが「この部屋は除霊できない」と断られてしまう。


 2018年に『恐い間取り』が刊行された時点で松原は5件の事故物件を経験していた。新刊『恐い間取り2』刊行時にはそこからさらに増えて合計10件の事故物件に住んでいる。この度発売された新刊では前作に出てきた5件の事故物件がその後どうなったかを追っている。新たにわかる事実、再訪した際に起こった不可解な現象。1冊目と合わせて読むとより楽しめる内容だ。


 『恐い間取り』『恐い間取り2』いずれも松原本人の体験と合わせて、いろんな人に聞かせてもらった事故物件の話や怪談が多数収録されている。刊行されたばかりの『恐い間取り2』で特に印象的なのは吉本興業所属の先輩芸人・石野桜子のエピソードだ。松原も参加していたネット番組で「タニシにいわくつきグッズをプレゼントしよう」という企画があり、石野はそこでピエロが描かれた絵を持参してきた。



〈その絵が何度か捨てたはずなのに戻ってくるという。〉



 石野は高校3年生で芸人になるためにNSCに入学。初めて一人暮らしをしたその部屋に、その絵はいつの間にかあったという。引っ越す際にも捨てようとしたが決心がつかなかった。そんな折に新居に友人が訪ねてくることになり、思い切って捨てることにした。呼び出し音が鳴り、友人を出迎える。「桜子ちゃん、プレゼント持ってきたよー」彼女が手に持っていたのは先ほど捨てたばかりのその絵だった。「この絵、桜子ちゃんに似合うと思って」その後友人の勧めでその絵は玄関に飾られることになる。なるべく見ないようにしようと努めていたが、心が弱ったときに見てしまうと、ピエロがうっすら笑っているように見えた。


 30代に差し掛かったころに石野は精神を患う。きっかけは先輩芸人からの言いがかりだった。病院を受診すると、躁鬱病と診断された。



〈躁状態で見るその絵は、吸い込まれそうになるほど暗い表情なのだが、鬱状態で見るその絵はやはり、笑っている――。〉



 番組放送後に松原はその絵を石野から譲り受けた。そのとき石野は語気を荒げて「絶対に返してな」と言った。石野自身はその言葉を吐いた理由を思い出せないという。本文にはこの絵を持った石野の写真が掲載されており、見たくないのに何度も見てしまう。自分も知らず知らずのうちにこの絵に取り込まれてしまったようで、俄かに恐怖が押し寄せてくる。



〈僕自身の経験上、人が死んだからといって怖いわけでもなく、人が死んでないからといって怖くないわけでもないんです。〉



 人はいつか必ず死ぬ。でも、誰かが亡くなった部屋は煙たがられる。人が住みたがらない部屋に住み続ける松原の言葉は、淡々としているようでしっかりとした重みがある。人の「死」が見えづらくなってしまった現代で、彼の言葉は私たちに向き合うきっかけを与えてくれる。



〈自分の死を考えることは、自分の人生を考えることです。〉



 もう一度最初から本を開いて、死ぬこと、そして生きることについて考える。もうすぐ、お盆がくる。


■ふじこ
兼業ライター。小説、ノンフィクション、サブカル本を中心に月に十数冊の本を読む。週末はもっぱら読書をするか芸人さんの配信アーカイブを見て過ごす。Twitter:@245pro


■書籍情報
『事故物件怪談 恐い間取り2』
著者:松原タニシ
出版社:二見書房
定価:本体1,400円+税
https://www.futami.co.jp/book/index.php?isbn=9784576200972