今年のF1第4戦イギリスGPは、レース終盤に起きたタイヤトラブルによって、劇的な幕切れとなった。そのなかでも、手に汗握るファイナルラップとなったのが、トップを走行していたルイス・ハミルトン(メルセデス)のパンクだった。
ポールポジションからスタートしたハミルトンは一度もトップを譲ることなく、終始レースをコントロールし、終盤に突入した。今回はハミルトンとレースエンジニアのピーター・ボニントン(ボノ)との会話で、イギリスGPのラスト9周を振り返りたい。
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44周目、それまで2秒台だった2番手のバルテリ・ボッタス(メルセデス)との差が3秒台に広がったため、ハミルトンは無線で状況を確認する。
ハミルトン:バルテリはミスしたの? それとも、タイヤをいたわってバックオフしたの?
ボノ:スタンバイ
ボノ:なんか、バイブレーションが出ているみたいだ。ただ、深刻な問題じゃない。ラップタイムはバルテリとほとんど変わっていない
つまり、残り9周の段階で、メルセデスにはタイヤに関して、何らかの異常が発生していたことになる。しかし、この時点でメルセデスは、フロントタイヤがその後パンクするような状況になるとは想像していなかったようだ。ところが、ドライバーはボッタスだけでなく、ハミルトンも異変を感じ取っていた。
ハミルトン:じつは僕のほうにもバイブレーションが出てきたんだ
ボノ:残り9周で、3.4秒差だ
ハミルトン:彼(バルテリ)はバランスに苦しんでいる?
ボノ:バルテリのラップタイムは29.7秒。ギャップは4.0秒だ。低速コーナーでは君の方が速い
ボノからの無線を聞いて安心したのか、ハミルトンはバイブレーションのことは忘れ、残り5周となったところで、ファステストラップが気になり出した
ハミルトン:いまコース上で一番速いのはだれ?
ボノ:トップ10内ではマックスだ。29.2秒だ。アルボンが全体のファステストラップで、現時点で28.7秒がファステストラップだ
ハミルトン:(ボッタスとの)ギャップは?
ボノ:ギャップは7.5秒
そして、残り3周に入る。この段階になって、メルセデスはようやく、真剣にタイヤのことを考え始める
ハミルトン:どのストラト・モードを使える?
ボノ:ほかのマシンがパンクに見舞われている。だから、いまはタイヤを最大限いたわってくれ。ストラト・モードは11だ。ファステストラップのことは忘れろ。とにかく、無事にチェッカーフラッグを目指せ。タイヤがすべてだ
ハミルトン:了解
その直後、ボッタスの左フロントタイヤがパンクする。
ボノ:左フロントタイヤがパンクした。バルテリの左フロントタイヤがパンクした。たぶん、コースのどこかでデブリでも踏んだんだろう。マックスはまだ15秒後方にいる
そして、ファイナルラップに突入する。
ボノ:あと1周だ。ルイス、とにかく帰ってこい
ハミルトン:なんか、左フロントタイヤが変だ……
ファイナルラップの8コーナーで、ハミルトンもまたボッタスと同様、左フロントタイヤがパンクする。
ボノ:OK、でも、同じことを繰り返す(とにかく帰ってこい)。フェルスタッペンは30秒後方だ
ハミルトンがタイヤをパンクさせたのは8コーナー。チェッカーフラッグまではまだ半周あった。あと、10個のコーナーを通過しなければならない。左フロントタイヤが完全にパンクし、3輪状態で走り続けるハミルトンへ、ボニントンは冷静な声で、しかしフェルスタッペンとのギャップを伝え続けた。
ボノ:フェルスタッペンは25秒後方。これがファイナルラップだ。まだフェルスタッペンとの差は20秒ある
ボノ:17秒
ボノ:16秒、ストラト・モード5
なんとか、ハンガーストレートを通過したハミルトンは、ストウを右に曲がり、いよいよ残すはベイルからの最後の3つのコーナーだけとなった。そして、最終コーナーを回る直前にハミルトンはこんな確認をする。
ボノ:フェルスタッペンとの差は10秒
ボノ:9秒
ボノ:7秒
ハミルトン:これがファイナルラップだよね
ボノ:やった、やったぞ!!
ハミルトン:フラッグが見えなかったけど
ボノ:優勝だ。マシンを止めていい。迎えに行くから。ストップ、ストップ、ストップ
ハミルトン:本当に? でも、まだ走れるよ
ボノ:ノーノー。危ない。とにかく、マシンを止めろ。
ハミルトン:マシンは本当に大丈夫だって。でも、本当にギリギリの優勝だったね
ボノ:6秒差だった
ハミルトン:タイヤは平気だったのに。たぶん、コース上で何かを拾ったんだろう
レース後、ハミルトンは劇的な幕切れで飾った87勝目を次のように振り返った。
「こんなファイナルラップはいままで経験したことがない。本当に口から心臓が飛び出そうだった。観衆がいない中でレースするのは寂しかったけど、家のテレビで僕たちを応援してくれたみんなが、僕の走りに勇気づけられたのならうれしいね」